超絶クールな金髪美少女が底辺オタクの俺にだけは『好いとうよ(はぁと)』って博多弁でぐいぐい迫ってくるんだが?

須崎正太郎

第1話 『ツンツン姫』と呼ばれている女子

 俺こと山田俊明やまだとしあきが、放課後になると高校の図書室に入りびたる理由は単純である。

 ライトノベルが、やたら豊富に置いてあるからだ。


 そんなわけで、今日も閉館時間の午後5時半まで学園ラブコメの世界に入り込んでは、読んだ作品のヒロインの可愛さにニヤニヤニマニマ、ニッタラニッタラ萌え狂っていたのだが、


「ん? あれは……」


 図書室を出てから、校舎裏を通りがかると、反吐へどが出そうな現実世界を目の当たりにした。




「好きだ! オレと付き合ってくれ!」




 告白である。




 リア充。

 イケメン。

 さわやか。

 カースト上位。


 そんな連中だけが独占している唾棄すべき行為、異性交遊。

 その始まりを、俺はもろに目撃してしまったのだ。


「ちっ!!」


 激しく舌打ちした。

 ええい、クソが、クソが、ビチグソが!


 告白した男のほうは、見覚えがあった。同じ1年A組の佐藤さとうだ。

 整った顔立ちに、日焼けした素肌、さらに1年生でありながらすでにサッカー部のレギュラーとなっていて、Jリーグからも目をつけられているという噂の、すなわち人生の勝ち組だ。ちくしょう、サッカーゴールに間違ってヘディングして頭ぶつけて死ね。


 で、告白された女は誰だ?

 リア充野郎とこれから乳繰り合うであろう糞ビッチめ、どんなツラをしてるんだ?

 ここからは木が邪魔になってよく見えない。もうちょい顔を出してみよう。よいしょ、こらしょ――




「って、あれは――蜂楽屋ほうらくや神奈かんな……?」




 驚いた。

 佐藤に告白されていた女子。


 それは、やはり俺と同じA組の蜂楽屋ほうらくや神奈かんな――

『ツンツン姫』と呼ばれている女子生徒だったのだ。


 日英ハーフであることを示すかのように、腰まで伸びた麗しい金髪。

 ミルクを溶かし込んだかのような白くきめ細やかな素肌に、切れ長の大きな碧眼へきがんと整った目鼻立ち。

 その上、抱きしめたら折れてしまいそうなほど細い腰回りと、それに反比例して豊かなバストは、まるでモデルか芸能人のようである。




 要するに掛け値なしの美少女である蜂楽屋神奈。

 彼女はその外見ゆえに、入学早々に全校の話題となり、男子生徒たちから次々と声をかけられる事態となった。

 しかし蜂楽屋さんは、どんなに軟派な声をかけられても、連絡先を交換しようとか言われても、付き合ってくれと言われても、




「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」




 無視。

 無口。

 無反応。


 このありさまであった。


 授業で先生に当てられたときは、答えを口にしたりするので、しゃべれないわけでもないらしい。

 が、とにかくプライベートでは誰とも交流しない。教師や先輩から声をかけられても基本「はい」と「いいえ」しか口にしない。お前はレトロゲームの主人公か。


 そんな蜂楽屋ほうらくやさんだが、やはり美少女は得だと思う。

 無口でも、別にいじめられたりすることはなく、『ツンツン姫』なんてあだ名をつけられて、姫様として周囲に扱われているんだからな。まったく、これだから顔がいいやつは……。


 俺なんか、「家でメガネかけてラノベ読んでそう」なんて理由で『メガネ』ってあだ名つけられたんだぞ。生まれてこの方ずっと裸眼だっつーのに。




 ――とにかく、その蜂楽屋さんが佐藤に告白されている。

 佐藤のやつ、確か先週まで隣のクラスの女子と付き合ってたってうわさだぞ?


 それを今日にはもう、ツンツン姫に告白だと?

 チャラいぜ、チャラすぎる。腹を切れ。ハラワタさらけ出して、のたうち回ってくたばりやがれ。




「………………」




 ところで蜂楽屋さんは、虫を見るようなまなざしで佐藤を見ている。

 そして、小さくため息をつくと、その場できびすを返して立ち去ろうとする。

 って、つええなオイ。ガン無視かい。


「ちょ、ちょっと待てよ、蜂楽屋!」


 佐藤は、蜂楽屋さんを追いかける。


「な、オレと付き合ってくれって。絶対、損はさせねーから」


「…………」


「オレ、中学のころからモテてるからさ。女の子の扱い、うまいつもりよ?」


「…………」


「ね、じゃあお試しでいいから一か月付き合ってくれよ。……なあ、オレがこんなに頼んでんだぞ? おい……」


 空気が悪くなってきた。

 ひたすら無視を続ける蜂楽屋さんに、佐藤は怖い顔で迫っていく。――そして、


「なあ、とにかく付き合えよ。……よし、いまから遊びにでも行くべ! ボーリング? カラオケ? まあなんでもいいから付き合えよ、蜂楽屋。……ほらっ!」


「ちょ、ちょっと……」


 蜂楽屋さんが、うろたえるような声音をあげた。

 初めて聞いたぜ、蜂楽屋さんのこんな声。わりと可愛い、いわゆるアニメ声だ。

 けっこう俺好み。くそっ、三次元リアルのくせに、しゃらくさいマネを……!


 ……って、そうじゃなくて。

 眼前で起きている事態を改めて眺めると、さすがに笑えないな。

 蜂楽屋さんのピンチだ。まあ俺としては、これに介入するような義理も理由もないのだが――


「おーい」


 しかし俺は、すいっと木の陰から登場した。

 すると、蜂楽屋も佐藤も、驚いた顔を俺へと向ける。


「よう、蜂楽屋さん、佐藤くん。なにやってんの?」


 俺は蜂楽屋さんを助けると決めた。

 どうして? ふふん、理由は簡単だ。


 なぜなら、ついさっき読んでいたラノベでも、主人公は女の子を意味もなく助けていたからだ!

 要するにちょっとテンションがハイになっていたのだ。調子こいていたのだ。だから俺は、佐藤がこちらを睨みつけてきて、


「なんだ、メガネかよ。いたのかよ。……お呼びじゃねえよ。ほら、家帰ってラノベでも読んでな」


 なんて凄まれてきても、まるで慌てず、


「そうしたいのは山々なんだけどさあ。じつは先生から校舎裏の草むしり頼まれちゃって。もうすぐ先生もここに来るんだけど、ふたりもやる?」


 などと、冷静沈着にウソをついて事態の収拾を図ったのだ。

 計算通り、先生が来るという話は、佐藤にとって都合が悪かったらしく、


「先生が? ……ちっ、面倒な……」


 露骨に舌打ちすると、


「あー、なんか冷めたわ。……帰るか。――おい蜂楽屋、また明日な。メガネ、せいぜい草むしり頑張れよ」


 なんて捨て台詞を残してその場を走り去っていく。だからメガネじゃねえってのに。

 とはいえ、戦いは終わった。我ながらクールに対処できたと思う。俺はかたわらで呆然としていた蜂楽屋さんに声をかける。


「……蜂楽屋さん、大丈夫だった?」


「…………」


「無理やり連れていかれそうだったから、助けたつもりだったけど」


「…………」


 やっぱり蜂楽屋さんは、まるっきりしゃべらなかった。

 ううむ、やりづらい。……別に涙を流して喜べとは言わないが、もう少しなにか反応してくれてもいいのに。

 ゲームだったらフラグくらい立つところだぞ。これだから三次元リアルは。


 ま、いいか。

 主人公っぽいことができて俺は満足だ。

 とにかく蜂楽屋さんは助かったんだ。もう帰ろう――




 そう思ったときだった。




「うあああああああああああああああああん!」




 蜂楽屋さんが、




 突然、泣き叫びながら、




 俺に抱きついて、




 きた。




 そして、




「山田くん! 山田くん!


 山田くううううううううううん!!


 あたし、あたし――ばり怖かったっちゃけど!? 怖かったっちゃけど!?


 くらされるかと思うたけん! なしてあのひと、あげんことあたしにしたっちゃろ!?


 うわあああああああああああああああああんん!!」




「は、は、は、は――はい?」




 相手がなにを言っているのか、比喩でなく、本当に分からなかった。


 いま、蜂楽屋さん、なんて言った? ……ばり? くらされる? ……なんて?




 目の前で、学校1の美少女にして『ツンツン姫』と呼ばれている金髪美少女が、俺に抱きつきながら泣き崩れている。


 それも、謎の言語を口にしながら。……金髪から漂うふんわりとした良い匂いと、胸元にぐいぐいと押し付けられるふたつのたわわな感触を受けながら――俺は次の行動をどうするべきか、悩んだ。




 それはもう、先日クリアしたギャルゲーの最終選択肢よりも、悩みまくったのだ。




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