第2話 大好きな長浜系のラーメンやん

 とにかく俺は、泣きじゃくる蜂楽屋ほうらくやさんを連れて学校を出ると、すぐ近くにあるファミレスに入った。

 校舎裏で泣いている女子生徒といっしょにいたら、それこそ先生に見つかったとき面倒なことになりそうだからだ。


 そんなわけで、成り行きとはいえ、俺は学校1の美少女とファミレスに入ってしまったわけだが、


「めんたいパスタがない」


 ようやく泣きやんだ蜂楽屋さんが、メニューを突然ディスりだした。


「このファミレス、カルボナーラやらペペロンチーノはあるとに、めんたいパスタがないんやけど」


「……仕方ないだろ。カルボナーラも美味いんだから、そっちを食べたらいいんじゃね?」


「はあ!? いやいや、ありえんやろ! 数あるパスタの中でいっちゃん美味いめんたいパスタが置いとらんとか! それで家族でニコニコファミリーレストランって言えるとね!? これやったらあたしはいっちょんニコニコできんよ!?」


「知らねえよ、そんなこと! ……って言うか……」


 店員さんからおひやを受け取りながら、俺は本題を切り出した。


「その喋り方はさ、……どこかの方言なの?」


「う」


 彼女は突然しゃべるのをやめた。

 かと思うと、白い頬をカーッと赤くさせてから、もじもじしつつ、


「……やっぱり、おかしか?」


「なにが」


「あたしのしゃべりかた」


 大きな碧眼を、落ち着きなくキョロキョロさせている。


「あたし、博多の出身なんよ。やけん、こう、博多弁が、抜けきらんで」


「博多弁。な、なるほど」


 言われて初めて気が付いた。

 博多――って九州にある、あの、とんこつラーメンが有名な町だよな。

 蜂楽屋さんはあそこの出身なのか。彼女が使っているのは、博多弁なのか。

 だからめんたいパスタとか好きなんだな。博多の名産品だもんな、めんたいこ。


「まあでも、理由が分かれば、別におかしくはないよ。いいじゃん、博多弁使っても」


「ほんと!? 本当にそげん思うとる!?」


「ああ」


 俺は本気でうなずいた。


「いや、正直最初は驚いたけどさ。『ツンツン姫』なんて言われてるほど無口な蜂楽屋さんが、いきなり方言全開でしゃべるから……。でも、理由さえ分かれば喋り方は人それぞれだし、故郷の言葉なんだからなかなか抜けない当然だと思うし、むしろ方言ってキャラが立つからいいと言うか――」


「キャラ?」


「すまん、いまのはナシだ。忘れてくれ」


 オタ友と、ラノベやゲームの話をしているように言ってしまった。いかん、いかん。

 いかに俺でも、オタ話をまったく知らない女の子にこの手のトークをするのがマズいことは理解していた。

 ここでしびれを切らした店員さんがやってきて「ご注文は」と尋ねてきた。とりあえず俺は、二人分だと思って大盛りのフライドポテトを頼む。


「あたし、中3の夏に東京こっちに引っ越して来たんよ。そしたら、博多弁、中学のみんなにめちゃくちゃ笑われて。……やけん高校は、中学のひとがひとりもおらんところにしようって。博多弁がバレんように、ずーっと無口でおろうって決めたんよ」


「だから誰ともしゃべらなかったんだ」


「孤独やったばい。誰とも友達になれんけん、高校の近くにどんな店があるかもよう分からん。本屋さんがどこにあるかとか、みんながどこで遊びよるかとか」


「確かに、学校近くの店の情報は大事だよな。俺もゲーセンとかゲームショップとかの位置は押さえたし――」


「あと、とんこつラーメン屋さんとか、とんこつラーメン屋さんとか、とんこつラーメン屋さんとかね! どこにどんな店があって、その店のスープは長浜系なのか久留米系なのかチェックせないかんし、紅ショウガはあるのか辛子高菜はあるのか、チャーシューはトロトロ系かバサバサ系かも確認しときたいし!」


 とんこつラーメン、そんなに大事なんだ……。

 双眸そうぼうを輝かせながら、ラーメンについて語る蜂楽屋さん。

 俺の中で『ツンツン姫』な彼女のイメージは、もはや完全に崩壊していた。


「そんなにこの辺りのとんこつラーメンについて知りたいなら、ネットで調べたらいいんじゃね? 検索したら、どこにどんな店があるかすぐに分かるだろ」


「ネット? んん……うち、親が『高校生にはまだ早い』って言ってネットさせてくれんし、携帯も持たせてくれんけん、よう分からんとよ」


 あー、なるほどね。

 ときどきあるよな、そういう教育方針の家。

 でもまあ、そんな事情なら――俺は着ていたブレザーのポケットからスマホを取り出すと、操作を繰り返す。すると、スマホの液晶に、学校の近所にあるとんこつラーメンの店がずらりと表示された。


「はい、これ」


 俺は画面を蜂楽屋さんに見せる。

 すると、彼女は大きく碧眼を見開いて、


「こ、こ、これ! とんこつラーメンのお店のリスト!? すごかっ! ものすごかっ! えっ、えっ、えっ、なんこれ、ばりすごかっ!! 山田くんがやったと!?」


「俺以外に誰がやるんだよ」


「あ、あんた、天才ばい! あっ、あっ、画面に触ったらなんか写真出てきたばい!? ……あーっ! これ、あたしの大好きな長浜系のラーメンやん! この町にもあったとね!! あははーっ!!」


 博多弁全開のせいで、ときどきなにを言っているのか分からなかったが――

 しかし彼女が喜んでいるのは、確かなようだ。彼女は瞳をキラキラさせながら、俺とスマホを交互に見比べる。


「山田くん」


「おう」


「あんた、最高ばい! なしてそげにすごかことばできるとね!? あたしきょうせからしかおとこにからまれてくさ、もーうしろしいやらこわいやらぐらぐらこいたりしとったけどくさ、もーう山田くんのおかげでほんなこつうれしか~~~~! ありがと~~~~!!」


 なにを言っているのか、やっぱりよく分からなかった。




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