厭世の音色

作者 若狭トモ菌

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★★★ Excellent!!!


人との軋轢を厭いながら、どうにも軋轢がついて回る人間関係への憧憬を捨てきれずにいる唯。いまいち嵌らない歪なパズルのピース然とした己の価値観と、大衆文化の支柱として迎合されるような他者の価値観との齟齬を恐れて孤高を装いながら孤独でいるのも、数少ない救いとして機能するベースに精神の安寧を委ねるのも、その都度、かつて耳にし、今では自らの手で反芻を試みているほどに胸を打ったあの音色は他者との協合によって初めて人々の元に届きうる代物になれたんだという事実に、或いは懊悩し、或いは急き、或いは気づかないフリをして、時間だけが進んでいくような負の泥沼に人知れず疲弊しながら日々を歩んでいたのだろう唯は、少なからず、誰かがまたこの最悪な場所から掬い取ってくれることを望んでいた。
その望みは、軋轢を軋轢とも思っていないような他者からの心ない一言によって、多数派の定めた追放という、まさに願ってもない形式によって叶った。独りよがりな負の泥沼から猥雑な外界に放り出された唯が聴いたのは、蠱惑的な囁きを内側に響かせる厭世の音色。

20歳という、許されることと許されないこととの線引きが明確にされていく絶妙な年齢と、誰もが目を見張るほどの美人ではないが誰からも相手にされないほどの醜女でもないという容貌の設定が、唯の屈折したアンビバレントな人格の強度をより確固たるものにしていると思います。これだけ緻密で濃密な相互関係のそれぞれを、一つの、それも7000字弱の物語としてまとめ上げているのに驚嘆しました。
唯のその後について、あくまで個人的にですが、厭世を抱えた人間は襤褸布のように擦り切れまくる覚悟を持って声を上げさえすれば、たくさんの人間の琴線の共鳴を成し遂げられる、それだけの力を有しているのだと思います。唯があの後、呪いのようなよすがのような、すべての負の根源でもある己が自己矛盾の象徴を、噎せ返るくらいの… 続きを読む

★★★ Excellent!!!

あまり日常では使わないある種、堅苦しい語句や文体、そしてそれにリンクするかのような主人公の性格。
いかにも思春期的であるのに、「中二病」とはまた異なった独自の孤独な世界を形成している。
独特な言い回しが非常に面白いです。

厭世的だから独りなのか、独りだから厭世的なのか。

まるで自分を見ているかのような気分になってゆき、ただ唯一の理解者として読み進めていく。
されど、読者が唯一の理解者だったとて、彼女がこちらを理解する姿勢をみせるかは分からない点にこそ、本作一番の厭世観が貫かれているように感じました。

★★ Very Good!!

頑なで捻くれているように見えてしまう、本質的かもしれない女子大学生が主人公。

彼女の生きづらさと素直さに称賛を送ることもありかとは思いましたが、それはそれでまた違うように感じる。

自身の生き方を貫くということは、茨の道であるなあと思う。

まあでも、素直に生きることって、上手く生きることよりも難しいように思う。

誰が悪いとかは思わなかったけれど、彼女が彼女のままでいて欲しいなと、そう思わされる良いお話だと思いました。

★★★ Excellent!!!

 いつもなら難しい文体は敬遠してしまうのですが、「厭世の音色」の文章のリズムは心地よく、途中で挟まれる言葉遊びにも親近感が持て、楽しく読み進めることができました。そして読み終わる頃には唯のことが好きになっていました。
 唯のような素敵な人に出会えないのは、ある意味では必然なのかもしれません。彼女の強さと愚直さは大変魅力的ですが、その魅力が故、登場した軽薄な者たちのように簡単に出会ったり人間関係を構築(本人たちはしたつもりでも)したりできないでしょうし、彼女の魅力に気付く人たちもまた、他に迎合することを嫌うような人が多いのではないでしょうか。
 ですから、こんな形でも唯のような女性に出会えて、うれしく思います。とても面白かったです。

★★★ Excellent!!!

のっけから引き込まれたしまった。
“こちら側”の代弁者として、彼女以上に適した者はいないだろう。
私は自分が決して猿側ではないという自負を持つが、彼女の“芯”を前にすると、自らの創作・思想を始めとした諸々の姿勢の甘さを嫌というほど思い知らされ、激しく打ちのめされる心地がする。
こんなに深く柔らかく、そして哀しく響く小説は久しぶりだ。
本当に響くべきは“こちら側”の人間ではないのだけれど。