第4話 本当に笑えない手記

 勇者が亡くなって、3年の月日が経った。

 勇者は亡くなった時、よわい80歳。この世界の人間としては長生きで、大往生と言って良い。


『勇者がこの魔物の国でおこなってきたことを、余すところなく書き記しておきたい』


 そう思った魔王は今、執務室で筆をっている。

 以下は魔王の手記である。



 我は33年前、勇者を魔物の国に食客しょっかくとして招いた。


 招いてすぐ製糸工場の窮地において、勇者は的確な助言をし、そのおかげで製糸工場は莫大な利益を得た。


 その後も工場長は経営について、勇者に助言を求めた。

 勇者は生産能力向上のため、工場増設を提案する。そして増設資金を得るため、製糸工場に株式を発行させ、出資者をつのった。

 製糸工場は勇者の助言通り株式化することで、名産品の糸の生産能力を格段に上げた。製糸工場は以前の倍以上に収益を伸ばし、従業員数も倍に増やした。


 そのおかげもあって、国は前年を大きく上回る税収を得ることになる。


 勇者のおかげで国も国民も大いに潤い始めたという話は、瞬く間に国中を駆け巡った。

 そしてこの功績を国中の人々が称え、勇者は国一番の人気者になった。


 金に苦労して来た勇者の経験が、彼の金融関係の才能を呼び覚ましたようだった。


 皆が勇者の有能さに気づき始めた。

 そしてその有能さを一番強く感じていたのは、間近で勇者を見ていたわれであった。


 製糸工場への人材融通が内政会議で決まるや否や、勇者がわれに工場周辺の土地を可能な限り買い占めるようにと言ってきた。

 工場周辺には工場関係の建物以外、ほとんど何もない。

 こんな土地を買ってどうするのかと我は思った。だが、必ず価値が上がる、保証すると勇者が必死に訴えるので、次の内政会議で土地購入の件を議題に挙げた。

 我は部下たちをなだめすかし、渋々ではあったが勇者の提案を了承させた。

 そして我は国費で工場周辺の土地を可能な限り買い上げた。


 程なくして国が買い上げた土地が、倍以上の価値になるのを我は目の当たりにすることになる。


 工場周辺に住みたいという、工場で働く人々の需要が生まれたのだ。


「借家として集合住宅を建てたい。つきましては国の土地を売ってほしい」


 そんな話が多く舞い込むようになった。

 この出来事のおかげで、国庫は増々潤った。


 勇者はこうなることを予測していたのだ! なんという才覚か!


 われが勇者の慧眼に舌を巻いたのは、言うまでもない。


 その後、製糸工場株式化の一件にヒントを得た勇者は、資金の流動性をより良くするために、この国初の銀行業を立ち上げ、増々国に繁栄をもたらした。


 そして我はこれらの功績を称え、勇者に国家経済顧問の役職を与えた。

 勇者はこれにより、名実ともに国の経済情勢に口を出す権利を得たのだった。


 もちろんその事を非難する者など一人もいない。

 国民は皆、勇者のおかげで経済的に潤っていたのだ。


 その後も勇者は国家経済顧問として手腕を発揮する。


 裕福になった国民は、自分の家を持ちたいという希望を持つようになった。

 だが金をしっかり稼いでいるとは言っても、まだ家を買えるほどではない。

 ただ、この状況が続けば、いずれ家を買う金額を貯めることは不可能ではなかった。

 とはいえ、国は個人に資金を貸すことは出来ない。

 そこに目を付けた勇者は、人間の国の知人だという資本家を連れて来て、家の購入資金を貸す貸金業を行わせ始めた。


 国民は喜んでその資本家から金を借り、家を建てる。


 だが、中には慎重な人がいて「何かあって、借金があるうちに働けなくなったらどうするのか?」と不安がった。

 しかし、そんな人々を勇者はさとす。


 家を建てたい人、買いたい人はいくらでもいる。何かあって借りた金が返せなくなれば、家と土地を売れば良いのだ。もしかしたら今より地価が上がっていて、家を売る際には儲けさえ出るかもしれない。


 彼はそう助言し、不安がる人々をなだめるのだった。

 勇者のおかげで裕福な生活を送っていると考えていた国民は、勇者の言葉に納得した。


 勇者が招いた資本家の貸金業も順調だった。

 さらなる儲けを求めた資本家は、返済の見込みがない国民にまで、家を買うための資金を融通し始める。もちろん、そういう人は借金を返せない可能性が高い。そのため借金の金利は高くなる。

 それでも人々は高い金利で金を借り、家を建てた。

 何故なら家を持ちたい人はまだまだ沢山いて、土地はまだまだ高騰するからだ。


 国も順調に税収を伸ばした。

 そして有り余るほどの資金を湯水のごとく大規模な公共事業へ投資した。資金はいくらあっても困らないと、我も部下たちも思っていた。


 そんな折、資本家が良い話があると言い、我に謁見を求めて来た。


 資本家は証券を買わないかと言うのだ。

 家を建てるために借金した国民と資本家が交わした借金の債権、製糸工場の株式、その他諸々の金融資産をまとめて証券化することでリスクを分散しつつ、高い利益が見込める商品だという。

 公共事業にもっと資金が必要だと考えていた我と部下たちは、その申し出に飛びついた。

 土地の価値はまだまだ上がっていくし、製糸工場など企業も成長し続けると考えていたからだ。


 だがわれはこの申し出を受けた事を、のちに後悔することとなる。


 勇者が人間の国の資本家を紹介してきた際、我はもっと疑うべきであったのだ。 と。

 

 我を後悔させる出来事は、勇者が惜しまれつつも亡くなった翌年、ある日突然訪れた。


 人々が『土地にこれ以上の資金をつぎ込むことは流石に出来ない』と感じ始めたのだ。


 以前のように人々をなだめてくれた勇者はもういない。不安は一気に高まり、国中がパニックになった。


 土地や家を欲しがる人はもう無く、地価は一気に下がっていく。

 借金の返済に困っても土地と家を売れば何とかなるという状況では無くなり、国民の財布の紐は固くなる。

 商店は物が売れずにバタバタと廃業していった。


 企業の発展、国民の豊かな暮らしと共に成長してきた銀行業も貸し倒れのリスクを恐れ、企業への融資に慎重になった。

 その為、製糸工場をはじめ多くの企業が資金繰りに困り、倒産していった。もちろんそんな企業で働いていた従業員たちは職を失うこととなる。


 職を失った国民に残されたのは、家と土地だけだ。


 しかしその家と土地も、借金の抵当に入っている。そして家と土地を売っても、借金を払いきることは出来ない。


 そして、その負の連鎖の火の粉は国家財政にも燃え移った。


 国が管理していた土地の値段は大きく下がり、収入を失ってしまった国民からの税収は見込めない。そしてとどめは資本家から大量に購入していた証券の暴落だ。

 証券に含まれていた債券も株式も、貸し倒れや倒産で紙くずとなってしまったのだ。

 問いただそうと資本家を探すが、危機をいち早く察知した資本家は国外逃亡を図った後だった。


 ゴオオオーン……、ゴオオオーン……という鐘のにも似た音が聞こえてくる。


 まるで世界の終わりを知らせてでもいるような音だ。

 我がこの手記を書き進めているまさに今も、全てを無くした民衆が、国を見限り城に攻め込もうと、怒号を上げ、武器を手に近づいて来ている。


 この音は、国民が城門を破壊している音なのだ!


 さて、手記もそろそろ書き終わる。

 これからわれが魔王として出来ることは、王の間で魔王らしく威厳のある姿を見せ、国民の怒りを自ら受け止める事のみだ。


 覚悟は出来ている。


 だが人生の終わりに際し、いくつか疑問が残っている。


 勇者はことを予見していたのだろうか?

 食客として我に笑いかけながら、この国を亡ぼすために孤独な戦いを続けていたのだろうか?

 そして……


 そもそもものは本当に


 今ではそれすら怪しく思うのだ。

 残念だが勇者が亡くなった今となっては、知るすべは無い。


 われと勇者の戦い……

 勝ったのは……


(了)

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魔王と五十路勇者の笑えない戦い ばびぶ @babibu

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