第3話 笑えない操業状況

 ◆


 魔王と勇者は製糸工場に到着した。


 ワニ顔の門番たちに「工場長に取り次いでくれ」と魔王が言うと、ほどなくして工場長がやって来た。工場長はニワトリのような風貌で前後に頭を揺らしている。


「魔王さま! このような所へ足を運んでいただき、ありがとうございます!」


 製糸工場の工場長は肩で息をしながら、満面の笑みで魔王を迎える。前後に揺れる頭は、まるでペコペコ頭を下げているようだ。

 そんな工場長の目に魔王の斜め後ろに控える勇者が映る。勇者の姿を確認するやいなや、工場長はギョッとした顔になった。彼もまた『笑えない食客しょっかく』の噂を耳にしていたのだ。

 しかし、そこは腐っても経営者。工場長はすぐに営業スマイルを顔に貼り付かせると、言葉を続ける。

 

「では魔王さま、お連れの皆さま。まずは製造ラインをご覧に入れましょう!」


 工場長は頭を前後に揺らしながらそう言うと、先頭に立って案内しようと工場施設の方を向く。

 その時だ。今度は魔王と勇者が工場長の後頭部の景色にギョッとした。


「工場長! その頭、どうしたんじゃ? ハゲが出来ておるぞ!」


 驚いた魔王が思わず口走くちばしる。

 工場長の後頭部に10円玉大のハゲが出来ており、薄ピンクの肌が露出しているのが見えたのだ。


「お、お恥ずかしい……。最近、色々悩ましいことが多くありまして」


 工場長は魔王たちを振り返ると、恥ずかしそうに後頭部を手羽で隠すようなしぐさをしながら、頭を前後に揺らす。手羽が触れた為か、頭の細かい羽毛が少量、ハラハラと舞う。


「むむ。悩ましいことと言うのが、そのハゲの原因か? 話してみるが良い」


 こういったたぐいのハゲを初めて見た魔王は、その原因に俄然がぜん興味が湧いた。勇者も隣で激しく頷く。勇者もハゲの原因が気になるようだ。

 工場長は「そうですか?」と深刻そうな表情で言うと、増々深刻そうな表情を作って言葉を続けた。


「……ドワーフの国で、この国の糸で織った織物が大変な人気なのです」


 工場長は重々しくそう言った。


 一瞬の沈黙が3人の間を流れる。

 その間も工場長の頭は前後に揺れている。


「……それは、良いことではないのか?」


 沈黙を破って、笑いながら魔王が言う。魔王の言葉に、勇者も同意の意を込めて大きく頷く。


「笑い事じゃないですよ! 人手が全く足りず、注文に答えきれない状況が続いているのです! 企業としての信用を失いかねない!」


 工場長は首を横に振りながら語気ごきを強めて主張する。

 魔王と勇者は、工場長の剣幕にではなく、工場長の首が横にも振れることに驚いた。


「では人手を増やせば良い」


 魔王がきっぱりと言う。勇者も隣でやはり頷く。


「求人をしてもなかなか人が集まりません。この国は慢性的に人手不足なのです! 特に物資の運搬を担当する男手が全く足りない!」


 工場長は首を前後に揺らしながら、沈んだ声で言った。

 工場長の様子から、かなり深刻な問題であることが魔王と勇者にも読み取れた。


「……ふむ。人手がいないのは、どうしてりようもないな」


 魔王はかける言葉も対応策も思い浮かばず、黙り込む。

 魔王のその様子に、首を前後に揺らす工場長の表情に失望の色が浮かぶ。重苦しい空気だ。

 すると、勇者が魔王の肩をポンポンと叩いた。


「ん? 勇者よ、言いたいことがあるのか?」


 魔王がそう問いかけると、勇者が頷いて話し出す。


「……魔王軍の兵士を減らして、工場の人手に回せば良いだと?」


 魔王が勇者の言葉を反芻はんすうする。


「バカを言うな! 兵士を減らすという事は、この国の戦闘力を弱めるということだぞ!」


 今度は魔王が語気を強めて、勇者の提案を否定する。だが勇者は全くひるまず言葉を続ける。


「何? われなにと戦っているかだと? それは……人間……」


 魔王が言いかけると、勇者がかさず口を挟んだ。


「……むむ。人間はおぬしの様な年季の入った勇者を送る事しか出来ないくらい弱体化しているのに、本当に人間の国に対して現状の戦力が必要なのか? と言うのか」


 それもそうかもしれないと、魔王の気持ちが揺らぐ。勇者が食客しょっかくになってしばらく経つが、あれ以来人間の国から軍隊が送られて来るような様子は全く無い。

 実際、兵士たちは訓練ばかりの日々を送り、実践配備は久しく無いのが現状だ。

 そんな兵士たちを製糸工場へ融通するというのは、出来ない話ではない。それに屈強な魔王軍の兵士たちなら、運搬作業など容易たやすくこなしてしまうだろう。

 そんな事を魔王が思っているところに、勇者がとどめの一言を発した。


「兵士にはが、製糸工場の従業員は……だと?」


 魔王は目を見開く。

 確かにそうだ。国民が兵士ならば、国は彼らに給料を払う。国民が製糸工場の従業員ならば、国は彼らから税金として金を得る。


「工場長。この件、持ちかえって検討してみようぞ!」


 魔王は勇者に向けていた視線をおもむろに工場長に移すと、力強くそう言った。


「ほ、本当ですか? 宜しくお願いします!」


 工場長は首を前後に揺らしながら、期待と喜びの表情を魔王に向ける。

 魔王は「任せておけ!」と胸を叩いてみせた。


 そして製糸工場の見学を終えると、すぐさま城へ戻り、魔王は製糸工場へ人手を融通する案を内政会議の議題に取り上げたのだった。

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