第2話 笑えない食客

 ひのきの棒で戦いを挑んできた勇者。その姿は魔王の戦う意欲を一気いっきいだ。


「……もうやめよう。そんな姿を見せられて、戦えるわけがないッ! 許してくれッ!」


 涙を拭いかぶりを振って、魔王が懇願こんがんする。

 その言葉を聞いて勇者は慌てる。


「何? 戦いもせずに自国に帰れぬだと? ふむ。確かに、このままでは帰りにくいだろうのう」


 勇者の言い分は至極しごく当然とうぜんだ。戦いもせずに自国に帰ってくる勇者を、人間の国の人々が温かく迎えてくれるとは考えにくい。

 魔王は勇者の心中をおもんばかる。


「では、おぬしわれが治める魔物の国の食客しょっかくとなれ!」


 勇者の事情を汲んで、魔王はそう提案した。

 勇者は驚くと魔王の提案を丁寧に断る。


「人間の国の勇者が食客など、われの国の国民が許さぬだろうだと?」


 魔王は勇者の断りの言葉を反芻はんすうすると、愉快そうに笑い出した。


「ぐわーはっはっはっはっはーッ! 勇者よ、見くびるでないぞ! 我の決めたことに異議を唱える国民ものなど、この魔物の国には一人もおらぬわッ!」


 そう言うと、魔王は強引に勇者を食客として魔物の国へ迎え入れたのだった。


 ◆


 勇者が食客となって1週間ほど経った。


 魔王の言う通り、勇者が食客となったことを非難する者は一人もいない。

 ただ魔王以外の者たちは、よそよそしかったり、遠巻きに陰口を叩いたりするなど、勇者を受け入れているとは言えない態度を取っていた。


「人間の国の勇者を食客に迎えるなど、笑えない冗談だ」


 魔物の国の人々、それに魔王直属の部下たちまでもが、魔王に隠れてコソコソとそんな話をしていた。

 そして、そのような状況に魔王も気づいていた。


われみずら招いたのだから、もう少し勇者が生きやすいようにしてやらねば……。これでは人間の国に居るのと変わらぬ……』


 そう思った魔王は、勇者を城下町見物に誘うことにした。


 城下町へ行けば、魔王以外にも勇者と気の合う者がいるかもしれない。それに勇者の気分転換にもなるだろうと魔王は考えたのだ。

 そして魔王は『我ながら良い考えだ』と、意気揚々と約束を取り付けに勇者のもとへ向かった。


 ◆


 気持ちよく晴れたある日。

 魔物の国最大の朝市を見物するため、魔王と勇者は数名の護衛を連れて、城下町で一番大きな公園にやって来た。


 魔王は自ら案内役を買って出た。そして露店を次々にゆびさしては、勇者に売られている品物の説明をする。

 このように魔王が甲斐甲斐しく勇者の面倒を見るのは、先代魔王と同じ年頃の勇者に父親の面影を重ねているからだ。魔王は先代魔王に親孝行らしいことを何一つ出来ていないと常々つねづね悔やんでいた。その思いをこの五十路いそじ勇者の世話を焼くことで満たせないかと思っているのだ。


 そんな魔王の気持ちなど知る由もない勇者は、魔王の説明を聞きながら物珍しそうに露店を見て回る。


 しかし物珍しそうに見物をしているのは勇者だけではなかった。

 朝市に来ている民衆も魔王と勇者の登場に驚き、遠巻きに彼らを見てくる。


『もっと一般客にまぎれる様な服装で来るべきだった。それに大臣に言われるがまま、護衛を連れて来てしまったのもまずかった』


 魔王は人々の視線を感じながら、自分の無策を悔いた。

 その時だ、ある露店の前で勇者の足が止まった。


「ん? どうした、勇者よ」


 そう言って魔王も足を止め、勇者の視線の先を見る。


「ああ、果物飴か」


 魔王は勇者の視線の先にある露店を見ながら言う。

 そこには苺や林檎、葡萄を飴でコーティングした菓子の露店があった。

 勇者がその露店に近づきながら魔王に話す。


「何? 果物飴を食べたことがないだと? お主を育てるために苦労して働いている母親に、強請ねだることが出来なかったと言うのか……」


 しんみりとした空気がその場を満たす。


「……実は我も食べたことがないのだ。父上に『果物飴など女子供の食べ物だ! いずれ魔王になる者が食べる様なものではない!』と言われての……」


 勇者の打ち明け話を聞いて、魔王は自分も似たような体験をしていることを打ち明けた。

 そんな会話を魔王と勇者がしていると、果物飴の露店の店主らしい豚のような風貌のおばさんが「お代は要らないよ。食べてみな」と言って、そっと2人に苺の果物飴を差し出した。二人が礼を言うと、おばさんは目頭をハンカチで押さえながら「いいの、いいの……」と言って鼻をすする。


 2人はもらった飴を舐めつつ露店を見物しながら、また歩き出す。


「どうだ? 朝市はなかなか面白い場所であろう?」


 もらった飴を食べ終え、魔王は勇者に訊ねる。

 魔王の隣を歩きながら、勇者は魔王の問いかけに頷くと、朝市見学の感想を身振り手振りを駆使して楽し気に語る。


『我が気にしているほど、勇者は周りの目を気にしていなかったようだ』


 魔王は勇者の様子からそう読み取ると、楽しんでもらえているようだと安堵する。そして勇者の言葉を受けて話し出した。


「ほう! お主、糸の店が気に入ったか! 様々な色彩の物があって、どれも美しかったであろう! あの糸はこの国の特産品なのだ……」


 魔王はそこまで言うと、城を出る前に大臣に頼まれていたことがあったのをハタと思い出した。


「お主の言葉で思い出した! 朝市の見学が終わったら、製糸工場の視察に行って欲しいと、大臣に頼まれておったのだ!」


 魔王がそう言うと、製糸工場で作られている糸は露店で売られている物かと勇者が魔王に訊ねる。


「ああ、その通りだ。露店で売っている糸を作っておる工場だ」


 魔王はそう言うと、何か思いついたらしく「そうだ!」と叫ぶと、「お主も視察についてくるか?」と勇者に訊ねた。

 勇者は魔王の提案に目を輝かせる。そして工場視察への同行を快く承諾した。


 その後、二人はパンを売る露店で軽い食事を摂り、仲良く連れ立って製糸工場へと向かったのだった。

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