魔王と五十路勇者の笑えない戦い

ばびぶ

第1話 笑えない冒険譚

 魔王城の王の間は真っ暗だ。暗闇の中、魔王は静かに玉座に座り勇者がやって来るのを待っていた。

 王の間の重い扉がゆっくりと開く。勇者がやって来たに違いない!


「ぐわーはっはっはっはっはーッ! よくぞ参った! 伝説の勇者よ!」


 魔王らしい笑い声を心がけながらそう言うと、魔王は玉座から立ち上がった。

 立ち上がるのと同時に、魔王は魔法でかがり火に火をともす。ボッという音とともに室内が明るくなる。

 かがり火のおかげでお互いの姿がはっきりと見えるようになる。

 がっしりとした体格とオオカミの様な風貌を持つ獣人じゅうじん。彼が魔物の国の魔王だ。

 魔王は金色の瞳で睨むような視線を勇者に送る。


「ん? おぬし、けっこう年を食っとるように見えるな……。勇者よ。お主、いくつなんじゃ?」


 若くてイケメンでいけ好かない見た目の勇者が来ると思っていた魔王は、勇者の姿を上から下へ、下から上へと観察し、思ったことをつい口にする。

 勇者もつられて思わず答えた。


「なんと! 50歳じゃと!? 一体、いくつから勇者をやってるんじゃ?」


 勇者の答えに魔王は驚き、質問を続ける。


「ふむふむ。16歳……、中等学校を卒業してすぐかッ!」


 魔王は自分が同じ歳ごろの頃を思い出す。


 働くどころか大そうな悪ガキで、盗んだ馬で近所を走り回っていた。……あ、それは15歳の夏だった……。


「え? 母子家庭で、母親を助けようと高等学校にも行かずに勇者の職に就いただと? なんと親孝行なッ!」


 魔王は感嘆の声を上げる。そして腕組みをして天井を見上げると、何やら計算を始めた。


「……それにしても16歳から冒険を始めて、50歳でこの魔王のもとにたどり着くとは……。ちょっと時間がかかりすぎておらんか? 34年じゃぞ? お前はこの魔王の父の代には勇者をやっておったことになる。お前が勇者になった頃、われはまだ愛らしい稚児ちごだ」


 そこまで言うと、魔王は意地悪な顔をして勇者に向き直った。この勇者、途中で冒険を放り投げていた期間でもあるのではないか? 魔王はそう勘ぐったのだ。

 そんなことを知る由もない勇者は、また魔王の疑問に素直に答える。


「何? 母の借金の肩代わりをして、ろくな装備も買えず、レベルアップに苦労しただと? ……なるほどのう。お主、なかなかの苦労人なのだな」


 魔王の顔に同情の色が一瞬浮かぶ。だが魔王はその同情心を振り払い、言葉を続ける。


 勇者は情けを掛ける相手ではない。敵なのだッ!


「だがな、勇者よ。それなりにクエストをこなせば、助けた村や街、国から相当の報酬が出るであろう。いくら母親の借金の肩代わりをしているとはいえ、34年間も装備も買えぬほど貧しいなどということがあろうか!」


 魔王が非難がましく怒鳴る。

 勇者はその言葉にたじろぎもせず、言い返す。


「え? ここ数十年、魔王軍の呪詛じゅそ所為せいで飢饉が続いとる……じゃと? それで、どこの国も大した報酬が払えないほど疲弊している……と……」


 自分たちの作戦が予想以上の効果を上げていることに魔王は驚いた。それと同時に『そこまでするつもりじゃなかったのにッ!』と軽くショックも受ける。

 そんなショック状態の魔王に今度は勇者が訊ねた。


「え? われの父上はどうしておるかじゃと? 父上は数年前に病で亡くなっておるよ。父上は若くしてわれの父となった。生きておればお主と大して変わらぬ歳かのう」


 魔王がしんみりと答えると、勇者はニッと笑って軽口を言う。


「むむ。お主が冒険に時間をかけたから、魔王が勝手に死んだとな? 上手いことを言うではないか! ここに来るのに時間がかかりすぎただけではあるがな!」


 話に水を差され少しムッとした魔王が、勇者の軽口にツッコミをいれる。

 勇者は魔王のその言葉を聞くと、照れ臭そうに頭をいた。


「それで? 勇者よ、お主を女手一つで育ててくれたという母親はどうしておる?」


 今度は魔王が訊ねる。どんどん井戸端会議のような状況になってきた。


「何? 先日、老衰で亡くなっただと? お主が世界を救うところを見ることなくか……。それは、お主も辛かったのう……」


 魔王が憂いを帯びた声でそう言うと、勇者はポロポロと涙をこぼし始めた。


「おい! 泣くでない! こちらまで、悲しくなるではないか……」


 魔王もつられて涙目になる。

 2人して目を真っ赤にして黙り込み、鼻をすする音だけが辺りに響く。


 先に沈黙を破ったのは勇者だった。


「雰囲気を悪くして申し訳ないと言うのか。いや、構わんよ。人間、泣きたいときもあるだろうよ」


 魔王が慰めの言葉を言う。

 勇者はその言葉に礼を言うと、魔王に提案を持ちかける。


「え? 気を取り直して、もう一度最初からやり直そうじゃと!? ぐわーはっはっはっはっはっと笑っとるところからか?」


 魔王はそう訊き返して、困った顔になる。


「……お主の苦労話を聞いた後では、あんな風には笑えんよ……」


 魔王の気持ちは落ち込んでいた。今はあんな高笑いをする気分ではない。


「え? そこを何とか、助けると思って……とな?」


 勇者が拝み倒しにかかった。


「……仕方ないのう。では、最初からやり直すか!」


 不運な勇者の頼みに魔王が折れる。勇者の目からまた涙があふれる。


「こらこら、今度は嬉し泣きか? 勇者よ。お主、今日は泣いてばかりだな。ほら、涙を拭って! 泣きやまぬと、戦いをやり直せぬぞ?」


 魔王が励ますと、勇者は頷いて涙を拭う。


「よしよし、良い顔になったではないか! では、参るぞ!」


 魔王はそう言うと、大きく腕を広げる。


「ぐわーはっはっはっはっはーッ! よくぞ参った! 伝説の勇者よ! いざ、勝負といこうぞッ!」


 魔王が威厳のある声で先ほど言ったばかりのセリフを再度叫んだ。

 その言葉で勇者は腰を低くし身構えると、おもむろに武器を構える。


 勇者の構えた武器が魔王の目に飛び込む。







「勇者よ……。お……前……、その武器……」


 魔王の瞳に驚愕の色が浮かぶ。


ではないかああああああッ!! どんだけ、ど貧乏なんじゃああああああああああッ!!!!」


 魔王の悲鳴にも似たその声は、魔王城中にこだました。

 魔王はしばらくの間、あまりのことに涙が止まらなかった。

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