【幕間】影山時雨 × 朝霧リタ


 時雨の自室。決戦を前に時雨とリタはのんびりとしたひと時を過ごしていた。

 時雨の部屋はあまり無駄なものがなく、女子大学生の部屋という観点で言えば閑散としているのだろう。物が少ない机の脇のコルクボードには、数枚の写真が飾られており、リタやクラスメイトと一緒に笑う時雨の姿が写りこんでいた。


リタ:出されたシュガーラスクを食べている。

時雨:「それ口に会うかな? ちょっと甘すぎるってお母さんはいつも言っているけど、私は好きなんですよ」

リタ:「うん、おいしいよ」と言いながら頬張る。

時雨:「ガーリック味も美味しいですよ」

リタ:ふとコルクボードの写真を見て言う。「時雨、いい表情してるね」

時雨:「うん、リタのおかげで自然に笑えるようになった……かな。お気に入りの写真なんです」

リタ:「そっか」と言ってほほ笑む。


 その笑顔はリタと出会うまでの時雨では考えられない、自然で柔らかな表情であった。

 リタはふと最初に時雨に声をかけたときのことを思い出す。教室に一人残る時雨を見て、特に接点らしい接点はなかったが、なんとなくここで声をかけないといけないような気がしたのだ。美空を失ったことで他人との積極的なかかわりを閉ざしてしまっていたあのときの時雨は、目を離したとたんに消えてしまいそうだったと思う。


時雨:「もうステラバトルまであまり時間がないですね。リタは緊張したりしてます?」

リタ:「そうでもないかなあ」とぼんやり。

時雨:「始めてのステラバトルなんでしたよね? 意外と実感ない感じでしょうか」

リタ:「自分が戦うならまだ想像できそうなんだけどね」と言って笑う。「どっちかというと、変身するところが想像できないな」

時雨:「変身ですか……まあ不思議な感じですよ、一緒にいるのに私一人しかいないっていう。でもブリンガー側の感覚なので、シースだとまた感じ方は違うのかもしれませんが」

リタ:「武器になるのは初めてだから、楽しみにしてる」ちょっとニヤッとする。

時雨:「少なくとも私は、美空と一緒になって戦っているっていうのを強く感じましたよ」

リタ:「そう、ならなおさら楽しみだな」

時雨:「ふふっ、そうそうできる経験じゃないですもんね。私も一回武器になってみたいかも、なんて」

リタ:「そうそう。やっぱりたまには冒険がないとね……」ちょっと大掛かりな冒険だが、とは思いつつ。


 決戦の直前だというのに、二人の間には緊張感はなかった。あるのはお互いへの信頼だけだ。


リタ:「願い事、なんか考えとかなきゃなあ」ラスクをかじりながら。

時雨:「私はこんな今が続いてくれるだけでいいんですけどね」と自分でもラスクをほおばっていう。

リタ:「ふふ、よくステラバトルを受ける気になったね」

時雨:「こんな私でも世界を救えるんだ、って嬉しかったのが一番最初だったかもしれません。それから、今を守るために努力できることはする、っていう思いが強くなったのかも」

リタ:「前向きだなあ」と感心して。

時雨:「言われてみると不思議ですね。平凡な今を守るために非日常に足を踏み入れる。漫画の主人公みたいで少しワクワクしちゃいます」

リタ:「たまには誰よりも前に出てみないとね」

時雨:「そういう特別な体験が、今をより大切なものにしてくれる気がします」

リタ:「世界を守った後のクレープはおいしいだろうね」

時雨:「今から楽しみですね! あ、そろそろ時間かしら」と時計を見て、そう答える。

リタ:「よし、行こうか」

時雨:「ええ」


時雨×リタ:「さあ、『今』を守りに行きましょう」


 2人のやり取りが終わると周囲は光に包まれ、リタの姿が消えるとともに時雨の衣装が変化する。時雨の着ていた普段着は、紫を基調とした豪奢なドレスに変わっており、その手には背丈ほどもある大きな杖が握られていた。先端部には菫色で透き通った宝玉があしらわれている。それはまさしく、夜の庭園に咲き誇る一輪の花のようだった。

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