【第2章】御剣透 × 御剣イツキ


 チャイムが鳴り、昼休みが来たことを告げる。


透:「さて、お昼はイツキと約束しているから、早めに向かわないとな」


 聖アージェティア学園の高等部と中等部はフェンスを挟んで隣同士にあるため、フェンス越しに会話することが可能な構造となっている。手早く次の授業の準備をして、お弁当の入った包みを持って立ち上がる。


イツキ:透のクラスメイトの女生徒Aが「あ、透様! 今日はお弁当なんですのね? もしよろしければ私たちと昼食ご一緒にいかがかしら……?」と少し緊張した面持ちで透に話しかける。その女子の後ろには、2~3人の女子生徒がいるが、いずれも透に目を合わせられないでいるようだ。また、別のグループが先を越されて悔しそうに遠巻きに見ている。男子生徒たちも、自分には手の届かない存在と思いつつも、どこか目線で透を追ってしまうのだ。

透:「ああ、ありがとう。でも、すまない。今日は先約があるんだ」

イツキ:(クラスメイトの女生徒A)「あ……そ、そうですの、それは残念……。また今度ご一緒してくださいましね?」

透:「うん。そうさせてもらうよ」と柔らかく微笑む。

イツキ:女生徒たちはその微笑みに頬を赤らめ、そのまま何も言えなくなってしまうのだった。

透:「失礼する」そうして、颯爽とクラスを後にするのであった。

イツキ:(クラスメイトB)「……はあ、今日もご一緒できなかったわね……がっかり」

透:(クラスメイトC)「いったい誰と食事を共にするのでしょうか」

イツキ:(クラスメイトD)「透様が通ったあと、すごくいい香りがするわ……」

透:(クラスメイトB)「まさか……聖アージェティアの王子様がどなたかをお見初めになられたのでは……!?!?」

イツキ:(クラスメイトD)「そ、そんなまさか……!?」

透:(クラスメイトC)「そ、そんな……そんなのって、この世の終わりじゃない……」

イツキ:(クラスメイトA)「皆様、憶測で悲観的になってはいけませんよ! 本日の透様のお相手を探しにまいりましょう!!」そうですわ!! とミーハーなクラスメイト達がお昼ご飯もそこそこに立ち上がり、クラスを出て行った。


 中等部と高等部の境界にあるフェンスの一角。そこは普段あまり人が近づかない場所で、樹木のせいもあってかやや陽の光も遮られがちであるのだが、イツキは妙にその場所が気に入っていた。今日は透とお昼ご飯を食べる約束をしている。気が急いてしまい、急いでやってきたのだが、透の姿はまだそこにはなかった。


イツキ:「早く来すぎちゃったかな……まだかな、透さん……」しばしの沈黙のあと、ふと感情が口をついて出てしまう。「……はぁ、ついに今日か。今日が……俺の……初めてのステラバトル……。はぁぁぁ……」


 校庭では生徒たちがサッカーに興じており、楽しそうな声が遠くで通り過ぎていく。弁当箱を持つ手も、どこか震えてしまっているように自分でも感じられる。逃げてしまいたい思いもないといえば嘘になるのだが、逃げてはいけないことも当然わかっている。幼いイツキの胸は締め付けられる。


イツキ:「ステラバトルってどんな感じなんだろ……。怖いのかな……痛いのかな……。透さんは僕を守ってくれるのかな……」

透:「イツキ! すまない、待たせた!」と突然背後から声がかかる。

イツキ:「あ、透さん! 遅いよっ!」とフェンスにもたれかかっていた体を反転させ、透に向き直る。

透:近くの石の塀に飛び乗り、なかなかの高さがあるフェンスを一足飛びに飛び越える。キャア! と遠くで小さく女性の驚いた声が聞こえる。振り向くととクラスの女子生徒たちが透の様子を見ていたようだ。

イツキ:「か、カッコいい……」と自分の背丈の倍以上あるフェンスを飛び越えた透を尊敬の眼差しで見つめる。

透:着地後、声を上げた女子生徒たちに小さく手を振りながら笑顔を向ける。お昼を共にするのがイツキだと知って安心したのか、彼女たちはクラスに戻っていくのだった。

イツキ:(クラスメイトA)「イツキ様とお食事でしたのね。ホッ」

透:(クラスメイトD)「オネショタ尊い……はぁ……」

イツキ:(クラスメイトB)「ご家族との団らんのお時間を邪魔してはいけませんわ。みなさん、参りましょ」

透:(クラスメイトC)「ええ。そうですわね」女子生徒たちはキャッキャと楽しそうに戻っていくのだった。

イツキ:「学校でお昼いっしょって、結構久しぶりだね」

透:「ふふ、そうだな」

イツキ:「天気もよくてよかったね。さ、さっそく食べよ」

透:二人はベンチに並んで座り、それぞれのお弁当に手をかける。「今日は私がお弁当の中身を考えてみたんだ。作ってくれたのは、アザミさん(メイドの一人)だけどね」

イツキ:「え! そうなの! 俺の好きなモノ入れてくれた?」

透:「それは、開けてからのお楽しみだ」

イツキ:早速お弁当箱を開ける。そこには卵焼きや唐揚げ、そしてイツキの大好物であるエビフライが、所せましと詰め込まれていた。「わあ、エビフライ! それに卵焼きや唐揚げもこんなにたくさん入ってる!」目をキラキラさせて、年相応を表情を見せる。

透:「ふふ、喜んでもらえてうれしいよ。私もそれなりにイツキのことを理解できるようになってきたかな」透のお弁当は、市のゆるキャラを模した色とりどりのかわいらしいお弁当だ。「おお、さすがアザミさん。すばらしい再現度だ。そしておいしそう」

イツキ:「うん、ありがとう! それじゃいただきまーす!!」

透:「いただきます」

イツキ:「う、うま―――い! いつも家で食べてる豪華な食事もいいけど、俺はこういう普通のお弁当大好き!」

透:ニコニコと満足そうにイツキのことを眺めている。「(ステラバトル前で不安になっていないか心配していたが、少しは紛らわせることができたかな)」

イツキ:もぐもぐおかずを食べていたが、ふと箸を止める。「あの……さ、今日ってその……ステラバトルの日じゃん?」

透:「ああ、そうだな」

イツキ:「ステラバトルってさ、その……やっぱり……痛くて怖い?」

透:「心配することはない。共に戦うとはいえ、実際に戦うのは私だ。何があってもイツキのことは護るよ」

イツキ:「うん……そうだよね、助けてもらえるのはわかってるんだけど」

透:「痛いとかそういうのは、ハルカから聞いたことはないな」

イツキ:「ハルカ姉さんからは全然そういう話してもらったことないんだ。姉さんがステラナイツだったってことも、どっちかっていうと信じられないなあって思うし。その、あんまり戦いとかそういう感じの人じゃないでしょ?」

透:「そうだな。確かにハルカは戦いに向くタイプではなかったな。しかし、女神に選ばれた以上その責務は果たさねばならないのも事実。そこに向くか向かないかというのは関係がないな。戦うか、戦わないかの二択しか与えられていないのだから。最初こそハルカは不安がっていたが、彼女はむしろ、世界の命運をかけた戦いに自分自身が関われることがうれしいと言っていた。だれから与えられた未来でなく、自身で未来をつかむことができるのだから……と」

イツキ:「ハルカ姉さんすごい……そうか世界を守るために戦えることは名誉あることなんだ。そう思えると少し勇気が湧いてくる気がする」

透:「世界の命運を託されて、責任に押しつぶされそうだった私は、どれだけその言葉に救われたかわからないな」

イツキ:「透さんも昔は不安だったんだね……それを救ったのがハルカ姉さんだなんて意外だったな。逆かと思ってたよ」

透:「ステラバトル前に弱気になった私をよく叱咤してくれていたよ」


 空になったお弁当箱の底をじっと見つめて、ハルカの笑顔を思い出す。あの笑顔の裏にどれだけの苦しみや不安があったのかいまとなってはわからないが、少なくとも自分の記憶の中の彼女はいつでも笑っている。


イツキ:「そうだったんだ。透さんも今の俺と同じような気持ちになってたんだね。なんか少し安心しちゃった。透さんもハルカ姉さんも、最初は今の俺みたいに不安だったんだなあ」

透:「初めては誰でもこわいものさ。私とイツキはよいパートナーだと思っているし、きっとうまくいくさ」と言いながら、イツキの頭を撫でる。

イツキ:少し表情もやわらかくなる。「うん、ちょっと落ち着いた。ありがとう透さん。初めてでも、怖くても、それでも二人は世界の為に戦った。俺も二人みたいにカッコよく世界を守れるヒーローにならなきゃいけないんだよね」

透:「ふふ、ヒーローか。それはかっこいい響きだな」

イツキ:「うん、ヒーロー! 今の俺にとってのヒーローは透さんだけど、いつかは護られるだけじゃなくて俺が透さんも世界も護れるようにならないといけないんだ」

透:自分が護られるということは考えたことがなかったので、少し意外に、そしてくすぐったい気持ちになります。

イツキ:「俺、今日のバトル頑張るよ! これからもステラナイツとしてよろしくお願いします」

透:「ああ、楽しみにしている。必ず勝利して帰って来よう」

イツキ:「だね! あ、そうだ、また明日もお昼一緒に食べない?」

透:「そうだな。そうしよう」

イツキ:「今度は俺がお弁当の中身考えるよ! そのためにもバトルはぱぱーっと勝利しちゃわないとね!」

透:「ふふふ、それは楽しみだな」


 キーンコーンカーンコーンと予鈴の音が鳴り響いて、お昼休みの終わりを告げる。


透:「おっと、もうこんな時間か」

イツキ:「あ、次移動教室だ! もう戻らなきゃ」

透:「じゃあ、また、夜に」

イツキ:「うん、またね!」

透:そう声をかけて、またフェンスを乗り越えます。

イツキ:透がフェンスを乗り越えたのを見届けて、教室に急ぐイツキ。その表情は昼休みが始まる前と比べて、どこか自信と誇りが感じられるものだった。


✿ ✿ ✿


観客1:うーんブーケ35個!!

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