【第2章】ミリア・デルティア × ナツミ・イワナミ
シトラ女学院の女子寮。晩御飯を終えて、淑女たちの大部分は各々の部屋に戻っていた。一部は談話室でおしゃべりなどをしている。
「ねえミリア、今日の先生ったら最悪じゃない? わざわざ人に恥をかかせなくてもさあ」デーニャが顔をもたげてミリアに言う。
「そうだねえ。デーニャは見た目が目立つから……つい、先生も注目しちゃうのかも」
「いやーミリアぐらいなんでもできたら怒られないんだけどなあ。てか、ミリアって怒られたことあるの? 今まで」
「うーん……」とちょっと考え込むミリア。その様子を見てデーニャは納得のいかない顔をする。
「……。フツーなんか思いつくもんじゃない!? あたしなんかあまりにも怒られた記憶がありすぎて思い出せないけどさあ」
「なんか、起伏のない人生を送ってきたのかも」
「確かに! ミリアは達観しすぎている! 若さがない!」身を乗り出して畳みかけるデーニャ。
「そうだねえ……」とちょっと困り顔。「デーニャがうらやましいな」
「ふーん。なら私と入れ替わってほしいな~。怒られない生活をエンジョイしたーい」
他愛無い話を続けているとパタパタとほかの生徒が駆け寄ってくる。どうやらデーニャに用があるらしい。デーニャは二言三言友人らしきその生徒と言葉を交わして「ミリアごめん! あたしが盛り上げなきゃいけない場所があるらしいから、ちょっと行ってくるわ!」と言って走り出す。ミリアが「はーい」とだけ返事をしたころにはデーニャの背中はだいぶ遠くにあった。談話室に残っても仕方がないので部屋に戻る。「やっぱり、ちょっと穏やかすぎかなあ……」と日頃の生活に思いを馳せてため息をつく。机に向かいながら、ナツミがお土産に持ってきてくれた写真を眺める。
ナツミ:コンコンと控えめなノックが窓のほうからする。ミリアにとってはすでに聞き慣れた音だ。
ミリア:はあい、と言いながら窓を開ける。
ナツミ:「やあやあ、お邪魔するよ」帽子を脱ぎながら、こちらも慣れた様子で窓枠をくぐって室内に足を踏み入れる。
ミリア:「今日来るなんて、ちょっとびっくりしちゃった」と嬉しそうに笑う。「待ってて、いまお茶を用意するから」ティーカップと茶葉を持ってくる。
ナツミ:「ああ、今日はお湯だけ沸かしてもらっていいだろうか」
ミリア:「もう仕事は片付いたの?」薬缶に水を淹れながら聞く。
ナツミ:「うん。大きなやつはちょうど片づけてきたところさ」ナツミはいつも大きな肩さげカバンを持っているが、今日はいつもよりいろいろなものが入っているらしく、入りきらなかったものがはみ出している。
ミリア:「また……なんか今日は大荷物で」薬缶を火にかける。
ナツミ:「いろいろ準備が必要だったもんでね……ふふふ」とすこし上機嫌な様子だ。
ミリア:「ふうん。そんなにいっぱいものがあっても怪しまれないものなのね」
ナツミ:「ちょっとまってよ―――!」と廊下の外をばたばたと走る女子生徒の楽しそうなが聞こえる。なかにはデーニャの声も混ざっているようだ。
ミリア:「……騒がしいなあ」と言いながらちょっと慌てる。うっかり部屋に入ってこないように施錠する。
ナツミ:「しかたがないさ。今日は彼女たちが夢中な大スターがラジオに登場するんだから」と外の音を聞きながら、懐から取り出した懐中時計を眺めている。
ミリア:「へえ……?」と頷くけど、あまり芸能に明るくないのでよくわかっていない。
ナツミ:夢中になれるものがあるっていうのはいいことだね。と他人事のように話す。
薬缶がピ―――ッと音を立てて、お湯が沸いたことを知らせる。
ナツミ:「さて、時間のようだ」パチンと懐中時計の蓋をしめて、かばんの中から水筒を取り出した。そしてお湯を水筒に注ぎ入れ、しっかり蓋が閉まっていることを確認して鞄の中にしまってしまう。「前回、僕が言ったことを覚えているかい? ミリア」
ミリア:「ええ、もちろん」
ナツミ:帽子をかぶり直しながら「それはよかった。今から君にプレゼントをするよ」と窓に向かって歩みを進める。「さあ、行こう!」窓の外に出て、ミリアを誘う。
ミリア:「行こうって……外に?」かつかつと靴音が廊下に響いている。この時間帯だと見回りの先生だろう。
ナツミ:「大丈夫大丈夫」
ミリア:コンコンとノックの音が部屋に響く、ドアの方を何度か振り返るが、ノックには答えないまま、窓から外へ身を乗り出す。
ナツミ:開かれた窓から、冬の初めの涼しい風が入ってくる。普段なら一声かけてくる見回りの先生だが、今日に限っては急いでいるのか確認の声を発することもなく去っていったようだ。「彼女は入ってこないよ。今日は急いでいるからね」確信を持った様子で、ナツミはミリアの手を引く。いつのまにか簡易なはしごが手すりにかけられている。「さすがに君に木登りをさせるわけにはいかないからね」
ミリア:色々と状況をつかめていないけど、とりあえずはしごで降りるね。
ナツミ:「さ、時間が惜しい。こっちだ」とナツミはミリアの手を引いて、迷うことなく歩き出す。
2人は女子寮の外に向かって歩き出す。木々に遮られ、空はあまり見えないが、どうやら今日は快晴らしい。一等星が木々の隙間から美しく輝いていることが分かる。
ミリア:ナツミに手を引かれながら暗い校内を歩く。
ナツミ:裏門と思しき場所にくると、普段は鍵がかかっているであろう扉が開いている。ナツミは当然のように門をくぐり、シトラ女学院の敷地を出る。
ナツミ:「そんなに遠くないから心配しないで。ほんの5分程度の道のりさ」
ミリア:「そういえば、どうして先生が声をかけないってわかったの?」
ナツミ:「簡単なことさ。彼女は今日、彼女の人生においてとても重要な用事があるからさ」
ミリア:「ふうん……?」と聞きながら先生の顔を思い浮かべます。ラジオを聴くような人だったかと。
ナツミ:「リーヴェルト氏のことを覚えているかい? ほら、前回ストーカーされていたオペラ歌手のことさ」
ミリア:「ああ、でっち上げで困ってた人」
ナツミ:「彼女はリーヴェルト氏の熱狂的なファンの一人でね。今日は20時からリーヴェルト氏の第百回記念公演があるのさ。チケットの抽選に外れてしまい、残念ながら彼女は公演に行くことができない予定だった。しかし、友人のつてでその幻のチケットが手に入ってしまったというわけさ。点呼を早めに済ませて、急げば十分に間に合う時間だ。というわけで今日に限って彼女は生徒のことは二の次になってしまうのは仕方がないね」
ミリア:「なるほどね。てっきり大スターのファンなのかと思っちゃった。でも、よく先生がファンだって知ってたね」
ナツミ:「ふふ、僕は一応探偵だからね。ま、たまたまリーヴェルト氏のチケットを入手できたというのもあるがね」
ミリア:「ええ? それじゃあ、友人のつてって……」
ナツミ:「ふふ、ご想像の通りじゃないかな。たまにはこの仕事も役に立つこともあるね」ナツミは急に足を止める。目の前には教会があった。「さあ、ついた」
ミリア:「ああ、ここは……」と独り言。よく近くを通るけど、実際に入ったことがない場所。
教会の建物の横に非常階段がついており、屋上まで続いている。鍵は開いており、2人は屋上にたどり着いたのだった。屋上は小さな空間になっており、街に時刻を知らせるための大きな鐘がついている。
ナツミ:「そして、だ」ナツミはかばんをごそごそと漁ると、まずは敷物を取り出して、空が見えるところに敷く。水筒、簡易なカップ、紅茶のポット、茶葉の入った缶、かわいらしいお菓子を次々と取り出し、敷物の上に広げたところで、自身もその敷物の上に座る。
ナツミ:「ミリアもこっちにおいでよ」
ミリア:「すごい! まさか、これでカバンがいっぱいだったなんて。私のために、ありがとね」といいながらシートの上に座る。
ナツミ:「いろいろ準備したって言っただろう?」慣れた手つきで、先ほど沸かしたお湯を注ぎ、紅茶を淹れる。紅茶の良い香りがあたりに漂う。
ミリア:「こっちのことだとは全然思わなかったから」と笑います。
ナツミ:懐から懐中時計を取り出して、時間を確認する。「さあ、温かいうちにどうぞ」と紅茶のカップをミリアに渡す。
ミリア:「ありがとう」と言いながら手に取って、いい匂い、と言います。ひとくち飲んでから空を見上げます。
ナツミ:懐中時計を眺めながら「そろそろかな……」と言った矢先、一筋の光が空から零れ落ちる。
ミリア:「あ……」と流れ星を目で追う。
ナツミ:それに呼応するように、複数の光が空を駆ける。
ミリア:すごい! と珍しく大きな声を上げて目を輝かせる。
ナツミ:「これを君に見せたかったんだ」ミリアの輝いた瞳を見て、満足げに笑う。
ミリア:「……すごい。すてきなプレゼントだった。ありがとう、ナツミ」ティーカップをおいて、ナツミの手を取ります。
ナツミ:流星は次から次へと流れている。「そう言ってもらえると光栄だね」照れくさそうに、ははとナツミは笑う。
ミリア:ちょっと目を閉じて神妙な面持ちになる。「よし、お願い事もできた」
ナツミ:「ああ、そんなジンクスもあるんだったね」そういうのは疎くて忘れがちだな。とぼやく。「何を願ったんだい?」
ミリア:「ふふ、秘密。私たちが——うまくステラバトルをやりおおせたら、教えてあげる」
ナツミ:「それはいい。僕もなにかしようかな」
ミリア:「大丈夫。私、要領はいいから。きっとうまくやれる」
ナツミ:「うん。僕たちならきっとやれるさ」
ミリア:降り注ぐ流星を見ながらステラバトルのことを考える。初めてのことだが不安はなかった。きっとなんとかできる。ふたりならどこへだって駆けてゆける。
ナツミ:ミリアの手が暖かくて、何があってもこの手を放すまいとナツミは星に誓う。
ミリア:「ナツミも何かお願い事したの?」
ナツミ:「うーん、恥ずかしいから秘密だ」
ミリア:「そう言うと思った」と笑う。でもね、きっとふたりで同じことを思ってるって——私は信じてるんだ。
ナツミ:星の雨の中二人はいつまでも夜空を見上げていたのだた。
✿ ✿ ✿
観客2:エモいです! ブーケ40個!
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