【第2章】影山時雨 × 朝霧リタ
ショッピングモール内のクレープ屋でクレープを食べているふたり。休日ということもあり、ショッピングモール内は人でごった返している。
時雨:チョコレートアイスにイチゴにカスタードたっぷりのクレープをほおばる。
リタ:バナナアイスと生クリームをふんだんに詰め込まれたクレープを食べている。
時雨:「あまいクレープっていいですね、これだけですごく幸せな気分になれますから」
リタ:「だねえ。たまにしか食べないから、なんとなく特別な感じ」
時雨:「それですね、いつもだとありがたみも薄れてしまうのかも」
リタ:人の波を目で追っている。
時雨:「今日はお休みですし、三連休の初日だからか人がたくさんいますねぇ。ここに来るまでのモノレールは空いていたんですけど」
リタ:「あのモノレール、なんか呪われてるのかね」と言って笑う。
時雨:「平日はこの辺の人たちの通勤の足に便利だって話ですけど、休日となるとそこまで沿線にレジャー施設ないですし」
リタ:「みんな、なんだか忙しそうだな」モール内の人々を見やりながら。
時雨:「ふと考えることがあるんですけど、忙しいっていうのは充実した『今』を送れているのか、そうでないのか、リタはどっちだと思います?」
リタ:「そうだなあ……」と目を伏せます。「充実してたか、ってのはみんな後からわかるんだろうね」
時雨:「忙しいってことはやらなければならないことがたくさんあるってことですよね。ってことは、今この瞬間がすごくその人にとって重要なんだと思うんですよ。でも、今に追われているっているのは、今を満喫できていないってことだとも思うんですよね。忙しい方が素敵な今なのか、忙しくない方が素敵な今なのか、つい考えてしまうんですよ」
リタ:「そういう意味では、『今』のことはわかっていないのかもしれない。でも、過去を振り返る人たちはみんな満足そうな顔をする」
時雨:「……リタの素直な意見はいつも私に感銘を与えてくれます。そうですね、今のことは、この瞬間にはわからないし、判断できないのかもしれないですね」
リタ:「とはいえ」口の周りを拭いて「アイスをゆっくり溶かして食べるような日は、たとえ思い返すことがなかったとしても、いいものだと思う」
時雨:「わざわざ思い返さないくらいの普通な毎日も、それはそれでいいのかもしれないです」
リタ:「人生が一つの旅路だとすれば、歩く速度もまた旅人に委ねられる……って、こないだ先生が言ってたなあ。まあ、私はあんまり難しく考えて生きるのは得意じゃないんだけどね」
時雨:「その人たちそれぞれ、ってことです? それぞれの今があって、他の人からとやかく言われるものではない」
リタ:「クレープをどう食べても自由、ってことかな。一番納得のいく食べ方であることが大切なんじゃないかって。正解がないって厄介だけど、逆に自分に自信さえあればなんでもいいのかもしれないね」
時雨:「忙しい中で食べるクレープも、ゆっくりアイスを溶かしながら食べるクレープも、どっちも正解で、ただその人にとってどっちがより価値があるか、っていうこと? なんですかね」
リタ:「そうそう。もちろん、時雨みたいに『本当の』正解を探すのも正解だと思う。そうだねえ。ずっと続くようであっという間だから、なかなか『今』のかたちが掴めないのかも。ただひとまず……クレープがおいしくて、私たちが幸せなら、それはいいこと」
時雨:「ふふ、そうですね。それは間違いないと思います。今のことは分からない。だからこそ、今は尊いと、そう思っているのかもしれません。抽象的なものの方が価値を感じられるっていうことでしょう。いつも一緒にいるのによくわからない『今』、ってなんか哲学っぽくてよくないですか?」
しばし、手元のクレープを見つめながらその甘さを味わう。
時雨:「こうして話してて、少しずつ自分の考えが分かってきた気がします、私。美空が私のもとを去って行ったとき、その直前まで彼女、私に何も言ってくれなかったんです。それがなんというかすごくショックで……そのことを知っていればもう少し違った……充実したという感じでしょうか、そんな毎日が遅れたのかなって思ってしまって」
リタ:「ふうむ」とちょっと腕を組んで考える。
時雨:「彼女の価値観での『今』の重みと、その当時の私の『今』の重みが不釣り合いだったんだと思います。だから、一緒に過ごしていた日々が何だか納得づくでないような気がしてしまった」
リタ:「でも、美空さんは、死ぬ直前まで『今』を大切にしたかったんじゃないかなあ」
時雨:「……そう、でしょうか」
リタ:「ほら、時雨があれこれ気を回したり悩んだり泣いたりしたら、最後の思い出が悲しくなっちゃうでしょ。もしかしたら彼女のわがままだったのかもしれないけど———最後まで、時雨と楽しい『今』を過ごしたかったんじゃないかなって」
時雨:「……それは」
リタ:「もちろん、時雨を心配させたくなかったってのが一番だと思うけどね」
時雨:「そう思うと、美空らしかった、のかもしれないです。私はもっと早く話してほしかったと思ったけれど、それは後から過去を振り返った結果ですもんね」
リタ:「時雨がずっと美空さんと過ごしてて幸せだったと思うなら、美空さんもしてやったり、なんて思ってるかもね」
時雨:「うん、美空にはすごく感謝しています」
リタ:「多分さ、特別なことがあると思うと逆に普通のことしたくなったりするのかも」と言ってクレープを頬張ります。
時雨:「ええ、美空との別れは、ずっと普通の毎日を送りたかったっていう私の願いを強くしたんだと思うんです。普通だけど大切な、大切な人とのひと時」
リタ:「ステラバトルに参加できて、私は結構ラッキーだったな」と独り言ちる。
時雨:「ラッキーってどういうことです?」
リタ:「いや、ぱぱーっとみんなの役に立てるしさ。大規模な人助けができると思うと嬉しいよ」
時雨:「人助け、ですか」
リタ:「それに……、時雨が特別だって、証明できたし。口で言うより確実かなって」
時雨:「わ、私が特別!? 特に何の取り柄もない私が……?」
リタ:「時雨は私のこと疑ってないかなーって」
時雨:「……え、っとそれはどういうこと?」
リタ:「私がふらふらと消えていかないかとか」
時雨:「あっ、え、えーっと、気づいてたんです……か」
リタ:結構ばればれだけどね、という目線。
時雨:「リタは誰にでも優しくて誰にでも親身になっているし、私なんかといるよりもっと別の舞台で輝いている人なのかなって思ってて」
リタ:「でも、私たちの舞台が用意されたってことはさ」
時雨:「……私たちしか立てない、他に代わりのいない舞台、だからですか。そうか、そうですよね、私はここにいていいんだ、リタの隣に」
リタ:「むしろ、私が時雨の隣にいるんだよ」
時雨:「あ、ありがとう! 改めてよろしくお願いしますね、ふふ。なんか、美空が『今』を大切にしなきゃっていうのを身を持って教えてくれたような気がして、そこがしこりみたいになっていたのは事実だったんですけど、リタと一緒に世界のために戦う『今』を生きる、それが『今』の私らしい過ごし方なんでしょう、きっと」
リタ:「そうそう。自分を信じることについては、私がカバーできないからね」と言って笑う。
時雨:「自分を信じられないと、世界も護れませんよね」最初にショッピングモールに来た時よりも、どこか自信がありげに語る時雨。
リタ:「なんか、ちょっと元気になったね」
時雨:「リタが一緒にいてくれたからですかね。あとはクレープが美味しかったから、かな?」と言って微笑む。
リタ:「私と組むのは初めてだから、ちょっと不安なのかなって思ってた」
時雨:「そんなことないです! リタがいなくなったらどうしようって不安だったのは本当ですけど、リタと組むことに不安は全然ありませんよ」
リタ:「なるほどね。じゃあよろしく頼みますね、先輩」と言って頭を下げます。「正直私はちょっと怖いけど、時雨が大丈夫って言うなら、大丈夫」
時雨:「先輩だなんてそんな、少しステラバトルをやったことがあるだけですって」
リタ:「少したって生死がかかってるからなあ……。時雨、結構神経太いのかもね」と笑う。
時雨:「でも大丈夫です! リタと一緒ならなんとななる気がするんです。まあ、私もブリンガーは初めてなので説得力はないですね、へへ」
リタ:「まあ……なんとかやってみようかね」ちょっと怪しい笑み。またこの人に悲しい顔をさせたくないな、と改めて思い直す。
時雨:「ええ、初陣を勝利で飾れたら、またクレープ食べに来ましょうね!」
リタ:「そうだね。それを仮のお願いにしよっかな」冗談めかして。
時雨:「なんかいいですね、それ。究極の日常を願う、って感じですごく素敵です」
リタ:「さて……じゃ、そろそろ次に行きましょうか」と椅子をがたがた言わせながら立ち上がる。「どこに行くか、時雨が決めていいよ」と言って手を差し出す。
時雨:「そうですねぇ……あ、それじゃあちょっとCDショップに行きたいです! さあさあ、こっちですよ」と差し出されたリタの手を取って、その手を引きながら前を歩いていく。
リタ:オッケー、と言いながら時雨に付いていく。私は多分、この人にどこかへ連れて行ってほしかったんだな、と独り言ちて、うれしそうに笑って歩き出します。
✿ ✿ ✿
観客3:ブーケ25個!!
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