【第1章】影山時雨 × 朝霧リタ
時雨:私の名前は影山時雨です。アーセルトレイ公立大学に通っているごくごく普通の大学生。ステラナイツ歴はそれなりに長くて、かれこれ10年くらいになるのかな? でもパートナーはずっと一緒じゃなかった。前のパートナーは、幼馴染だった白崎美空。彼女は不治の病に侵されていて、もともと10歳まで生きられるかどうかわからないってお医者さんに言われていたの。でも15歳の彼女の誕生日、その時その事実を知らされるまで、私はそのことにまったく気が付かなかった。美空、全然そんなことを感じさせずに元気に振る舞っていたんだもの。私はすごく後悔した。美空の命が長くないなら、それをもっと早く知っていれば、もっともっといろいろなことができたし、してあげられたはず。それなのにこの関係がずっと続くだろうと勝手に思い込んで、なんて怠惰で陳腐な生活をしていたんだろうって……。美空が亡くなって、抜け殻のようになった私を支えてくれたのが今のパートナーのリタ。大学からの付き合いで、誰にでも優しくとても面倒見のいい彼女だけど、当時の私のことを人一倍気をかけてくれたっけ。お蔭で私も以前のように普通の生活を送れるようになったし、新しくリタがパートナーになったと女神様から聞いたときには、自分で言うのも恥ずかしいけど運命ってあるんだなって思ったの。でも美空みたいにリタも私のもとから離れてしまうんじゃないかって心配なのも本音かな。もうパートナーを失うなんて絶対に嫌だけど、リタは皆に等しく優しいから、こんな私で愛想付かされないか不安だなっていうのもあって……。だけどそんなことばかり考えていてもダメだよね。今という時間が永遠に続けばいい、だけどそれは永遠ではない、だからこそ大切にしなければならない、っていう美空が教えてくれたことを胸に、リタとこの世界を守るため頑張る。それが一番私らしい、"今"の過ごし方だと思ってるから。
リタ:私は朝霧リタ。時雨とは大学でたまたま同じクラスになって、それからずっと一緒にいる。私のことでそんなに語るべきことはない。どこにでもいる学生の一人だ。別に将来に大きな夢があるわけでもないし、ステラナイツだったこともない。時雨は優しい子だけど、時々思い詰めてしまうところがあるからちょっと心配で、だから目が離せない。でもたぶん、単に心配しているだけって訳じゃない。時雨が悲しそうな顔をしなくて済むように、私じゃ力不足かもしれないけど、いつか2人で歩き出せたらいいなって、思う。
✿ ✿ ✿
時雨:舞台はモノレール。今日はリタとお出かけの日。天気は晴天で絶好の行楽日和です。
リタ:「このモノレール、いっつも空いてるのよねえ。採算取れてんのかな?」
時雨:「うーん、どうなんでしょう? 普段あまり使ってないからよくわからないですね」
リタ:「ああ、時雨はあんま出かけないんだっけ? 人が多いところは好きじゃないかもしれないけど、結構面白いよ」
時雨:「そうですねぇ、私は引き籠っている方が多いし……。あ、でも今日は誘ってくれてうれしいんですよ?」
リタ:「まあ、時雨は私の誘い断らないからな~」とちょっといじわるそうに笑います。
時雨:「だ、だって、リタと一緒にいるのはすごく楽しいですし……それにリタさえよければ今のこの時間を無駄にせず存分に楽しみたいんですもの」
リタ:「そんなに予防線張らなくてもいいのに。いまさら」と外を見ながら。「心配しなくても、私だって楽しんでるよ」
時雨:「ふふっ、ありがとう。そう言ってもらえると私もうれしいです」
リタ:モノレールから外を見て、「あ、あそこ今イベントやってんだ。屋台出てら」とコメント。わりと落ち着きがない。
時雨:「なんでしょう、音楽関係のイベントでしょうか? 大きなステージ!」
リタ:「ああいうのもいいね。時雨、あんまりロックとか好きじゃないかもしれないけどさ」
時雨:「ジャズとかは結構好きなんですよ。心地よいブラスが利いているのが好きですね」
リタ:「ふうん? 時雨がノリノリになってるの、全然想像できないな」と笑う。
時雨:「普段があまり活発じゃないからですね……でもスウィングっていうんですか? ああいうのってなんかいいですよね」
各駅停車のモノレールは数分おきに駅に停まっていく。ちょうどモノレールの車内アナウンスが響いた。
時雨:「あ、ここは……」とリタとの会話の途中で窓の外の景色を眺めながら呟き、そのまま黙り込んでしまう。
リタ:ちょっと時雨の様子を見てから「ん、なんかここにあんの?」
時雨:「あ、えっと……」と暫し逡巡した後、少しうつむいてこう述べる。「ここは……昔、高等部に通ってた時に乗ってた路線の乗継駅なの……」
リタ:へえ、と頷いて「ここから通ってたんだ」とだけコメント。すぐには掘り下げない。
時雨:リタが気を遣ってくれたことに気付き、「ご、ごめんなさい、なんか変に気を使わせてしまって」
リタ:「いや、思いだしてんのかなーって思っただけ」
時雨:「やっぱり多少は思い出してしまいますよね……あの頃のことを全てなかったことになんてできませんから」
リタ:「そりゃそうだ。別に、なかったことにしたいわけじゃないんだろ」
時雨:「ええ、もちろんです。あの頃があったお蔭で今がある。そしてリタにも出会えた。それは紛れもない事実なんですけど、でも……」
リタ:頷きながらちょっと黙っておく。次の言葉を待つ感じ。
時雨:「なんなんでしょうね、整理がつかないってこういう感じ、なのかなって。後ろ髪引かれているだけなのかもしれません。独りよがりなのかもしれませんが……こんなことでは天国の美空に笑われてしまいますね」と少々無理してはにかむ。
リタ:「整理ってつくもんなのかなあ……」と独り言のように。
時雨:「そう、ですね。整理できてしまう方が、かえって失礼にあたるような気がします」
リタ:「多分、ずっと思い出し続けるものなんだと思う。それだけ大切な人だったんだから。時雨が私のことを大切にしてくれてるのはわかる。けど、だからって無理して美空さんから離れなくたっていいんじゃない?」
時雨:「離れたいわけではないんです、この気持ちはうまく説明できないんですけど……。でもそれはそれでリタに申し訳ないというか、後ろめたさみたいなものもあって。今を大切にしないと、リタにも、昔の美空にも、すごく悪いことしている気がするんです」
リタ:「うーん、焦るねえ」と笑う。
時雨:「私、リタに色々と気遣ってもらえて、いつも一緒にいてもらえて本当に本当に感謝しているんですよ。そんなリタには申し訳ないのかもしれませんが、美空のこともまた、リタと同じくらいに大切なのは事実なんですよね」
リタ:「でもまあ、せっかく遊びに来たんだし、たまにはのんびり遊ぼうよ。今を大切にするっていうのは、たぶん、何も考えずに幸せでいられるってことかもよ。ま、それが一番難しいのかもしれないけど」
時雨:「リタ……うん、そうですね。昔のことをいつまでも考えていては、今を大切にするなんて無理な話ですよね」
リタ:「いやいや、たまには考えてあげるのも大切だけどね」と苦笑い。
時雨:「それはその通りですね。何も考えないってことが難しいっていうのもまさしくその通りなんですけど、リタが言った『何も考えないことが幸せ』っていうのは、今の私にとってすごく支えになる優しい言葉だと思います」
リタ:うんうんと頷く。
時雨:「なんか自然と納得……できたのかな、これもリタが助けてくれたからですね」
リタ:いい方向で饒舌になったので満足している。「美空さん、何が好きだったのかな」とショッピングモールの方を見やりながら言う。
時雨:「あ、このショッピングモールはフードコートのクレープがすごく美味しいんですよ! 美空ともよく食べに行きました」
リタ:「なるほどね……、じゃあ、それ以外を食べよっかな」
時雨:「え、それ以外? リタはクレープ嫌いだったんですか?」
リタ:「うーん、なんとなく、かな」
時雨:「なんとなく、ですか?」
リタ:「時雨には、美空さんとの思い出を大切にしてほしくてさ。私がヘンにダブらせたら、なんか時雨を取っちゃったみたいでやだなーって。私は私で、美空さんは美空さんで思い出があったら楽しいかなあ、とか」
時雨:「リタ……。リタのそういうところが大好きですし、尊敬しています。うん、そうですね、じゃあアイス入りのあま~いクレープなんてどうですか? 美空はいつもおかずクレープっていうんです? そういう甘くないものしか食べていなかったので」
リタ:「ほほう」とやや仰々しく頷く。
時雨:「久しぶりにクレープも食べてみたくなりましたし、ね」
リタ:「じゃ、そうしよっかな」と笑う。
時雨:「ええ! チョコレートのアイスがとても美味しくて……」と話が弾む2人。
リタ:ショッピングモールの最寄に着いた。「よーしよし、とりあえず、どっから行くか決めなきゃな……」と言いながらさっと時雨の手を取って降りる。ずんずん進んでいますが方向が間違っています。
時雨:リタの手を握り返しながら「ふふっ、たっぷり遊んで楽しい一日にしましょうね……ってそっちは反対方向ですよ~」
年相応にはしゃぐふたりの背中に初夏の日差しが注がれる。時間はまだたっぷりある。きっと今日は幸せな一日になるだろう、声には出さなかったがふたりともそう思いながら走り出していた。
✿ ✿ ✿
リタ:次回・フードコートでクレープ食べる編!!
観客3:尊みからブーケ30個とさせていただきます。
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