イデアワークス文庫『東京都千代田区冥王星4丁目4番4号棟404号室』

「後輩君」


「……」


「後輩くぅ~ん」


「……」


「こ~う~は~い~くぅ~~ん」


「あ、寝てました。すみません。これからも寝てるので話しかけても無駄です」


「いやさっきからずっと現在進行形で目ん玉かっ開いてFGOやってるよね!?」


「ぐーぐーすやすや」


「思いっきり起きてるんだよなあ。寝るならせめて可愛い寝顔見せろや。寝てる間にいたずらさせろや」


「いや、天敵の前で寝るなんて愚行は自然界では命取りなので……」


「私、後輩君の天敵だったの? 心外だなあ。進路希望調査の紙に『後輩君のおよめさんになりたい♡』って書くくらいには後輩君の味方なのに」


「先生に対してそんなボケかます度胸あったんですか?」


「いや……ないけど……。クラスじゃほとんど喋らない暗い女って思われてるから……」


「……あ……すみません……」


「…………や、うん……」


「…………」


「…………………………………………さあ今回も私の推しラノベを紹介していこう!!!!!!」





 イデアワークス文庫『東京都千代田区冥王星4丁目4番4号棟404号室』


 ~あらすじ~

 あの世省に勤める死神、サカグチ・ユウノ。彼女には出世して月に移住し悠々自適の生活を送る夢があったのだが、ある日、上司から面倒を押しつけられて冥王星に左遷されてしまう。そこで出会ったのは――――①ふさふさした黒い毛玉の姿をしていて、②独自の言語で喋り、③嬉しくなると体が物理的に軽くなって宇宙まで浮かんでいってしまう――――冥王星人たちだった。知能が幼稚園児レベルな彼らの世話をやらされるわ、冥王星の宿舎には変人しかいないわで、遠ざかっていく憂ノの夢。そんな中、巨大隕石が太陽系へと迫り来て……!?





「じゃじゃん。今回はライト文芸と呼ばれるレーベルからの参戦だ」


「お仕事ものですか」


「そ。つってもSF要素が強いし、最初見た時びっくりしちゃったけどね。イデワ文庫、こういうのも出すのかあ~って。私の主食はライト文芸じゃないんだけど久しぶりに食指が動いたよ。ちなみに私の本来の主食はラノベと後輩君ね」


「僕を食べた人間は臓腑を内側から食い破られて死にますけどいいですか?」


「私のお腹を食い破って後輩君が出てくるってことは、私、後輩君のママ……?」


「おぞましすぎる」


「ママだから一緒にお風呂入ってもいい! おっぱい飲ませても合法!」


「先輩が母親だったら僕は生まれた瞬間に絶望して舌を噛み切りますけどね」


「もうちょっと歓喜しても良くない? てか話戻すね? まずタイトルが楽しいんだよこの作品。『東京都千代田区』からの『冥王星』の異質感がシュール。物語の内容も、おかしみがあって、脱力系の笑いがあったりする。あと冥王星人の冥たんが癒やし」


「黒い毛玉で、言葉が独特で……嬉しくなると宇宙へ飛んでいくんでしたっけ」


「表紙イラストには、もさもさの黒毛玉に白い目がふたつ付いた姿の冥王星人が描かれてた。そんな奴らが大量に集まって、『めおめお~』『めおめおめお~』ってな感じに喋る。可愛くね? ぬいぐるみグッズ化してほしい。あとなんか、冥たんたちは心と体が密接に連動してて、嬉しくなったり心が軽くなったりすると身体も軽くなっちゃうんだよね。で、冥王星は重力が弱いっていうのもあって、軽くなるとふわーって浮かんで宇宙に飛んでって弾けて消える」


「消えるんだ」


「冥たんたちが宇宙に行くとダークマターになって消えちゃうんだよね。それを未然に防ぐのが死神の役割であり、主人公の憂ノの腕の見せ所ってわけ。死神には『死の執行』とか『魂の浄化』とかいろいろな職務があるんだけど、憂ノの場合は『死の監視』。神によって運命づけられた死ではない、予定外の死が起きそうな場合、それを報告したり、時には防いだりする……っていうのが仕事。憂ノはお酒に逃げがちな怠け者だけど、思わぬところで仕事が発生することもある職業だから、悪態をつきつつも頑張るしかないのよね」


「大変そうですね」


「冥たんあいつらすぐ嬉しくなって宇宙まで飛んでってダークマターに還るからな。まあ無限湧きするんだけど。冥王星人の生態は謎に包まれていて、憂ノが使ってる宿舎にはその調査に来た学者とかも住んでる。他にも、メンヘラ女子な同僚の死神とか、無許可で住んでる自称宇宙海賊のキャプテンとか、そういう変人がお隣さんだったりするから、憂ノの気苦労は絶えないっていう」


「変人が近くにいると苦労するんですよね……」


「実感のこもった言い方だな。確かに私は変人だけどむしろおっぱいとかふともも触っていーよっ! はぁと! っつってんだから女神枠でしょ。んで、そう、そういう変人な隣人たちの悩みとかを地味に解決したりしていく中で、憂ノは冥王星の人々の信頼を少しずつ得ていくんだよね。冥たんたちにもすごく懐かれて、毛玉にリボン付けてあげたりして、いいお姉さんみたいになるんよ」


「でも、物語では、順調に物事が進んでいたらどこかで事件が起きてどん底に落とされたりすること多いですよね」


「おっ後輩君もわかってきたね。ご明察。ちょうど、ほんわかして良い雰囲気になっているところに、ニュースが飛びこんでくる。小惑星が太陽系へとすごい速さで飛んできているっていう速報がね。そして地球の各国は、このままでは小惑星が地球に衝突し、人類が滅亡することを予測してしまう。そこで解決法として挙がったのが、冥王星の軌道を変えて小惑星にぶつけるっていうアイデア。これなら地球は守られる。冥王星から離れられない冥王星人たちが、犠牲になる代わりに……」


「やばいじゃないですか」


「沈鬱な雰囲気になる宿舎の住人たち。憂ノにはどうすることもできないし、それは他の住人も同じ。あの世省から帰還命令が来て、憂ノは荷造りを始める。その間、憂ノは自分を納得させようとしていた。そもそも憂ノの夢は、勝ち組になって月世界で悠々自適に暮らすこと。冥王星に馴染んでいても、どこかで『こんな星、さっさとおさらばしたい』と思ってたのは事実じゃないかって。それに、冥王星人は知能が低い。冥王星が誕生してからずっとあのままの姿で生きてきたし、きっとこれからも進化しない。つまり、彼らには先がないんだ。だったら滅亡しようが同じじゃないか――――っていう……そんな理由にすがりつこうとしていたんだよね。

 憂ノは省から支給されていた小型航宙艇に乗り込み、動力を作動させる。ワープ航法で地球へ帰るために。でもその駆動音が思ったよりも大きくて、聞きつけた冥王星人たちがひょこひょこと集まってきてしまうんだ。

 相変わらず『めお?』『めおめおめお!』としか喋らないし、何を言ってるかもわからない。

 でもそんな中で、憂ノは見つける。

 リボンの付いた黒い毛玉の姿――――」


「ああ~……」


「先がないから滅亡しようが同じ、なんていう考えがバカだってことに憂ノは気づくんだよね。冥王星人たちには今がある。地球人たちと同じように、今を楽しむことができる。その時、憂ノは思いつく! 小惑星衝突による地球滅亡を回避し、冥王星も犠牲にならない、荒唐無稽で画期的な方法を! ここからのカタルシスがやべーんすわ。死神、学者、宇宙海賊、メイド、占い師、木星人……そして、冥王星人たち。東京都千代田区冥王星の住民たちの力を結集し、太陽系を救う! 冥たんたちが合体・巨大化して宇宙へと飛んでいくのを憂ノが眺めているシーン、あそこの彼女の独白は泣けたね。たとえ社会の勝ち組になれずとも、心が豊かなら、それでいいのかもしれない。……まあ、とか言いつつ、憂ノの夢は依然として月世界に行くことだ! みたいなオチで終わるんだけどね。いや~面白かった。星四つです!」


「五つじゃないんですね」


「まあロリショタが出てこなかったからね」


「そんな理由?」


「冥たんたちはロリショタ感あったけど、やっぱ人間の方がシコりやすいんだよな~」


「先輩のレビュー直後のキモい言動のせいで購買意欲をなくしました」


「何で!? 私の品性は疑ってもいいけどラノベだけは嫌いにならないで!!」


「わかりました。先輩はドブ川のような品性ですがラノベだけは嫌いにならないでおきます」


「そうそう、それでいいんだよ」


「ですね」


「うん……」


「…………」


「………………………………いやドブ川のような品性は言いすぎだろ!?」


「何ですかドブ川先輩」


「ちんちんの骨折るぞテメー!!」

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