ヴァヴァヴァ文庫『穿ちのヨギラ、月を射よ』

「…………」


「…………」


「…………ねえ……」


「…………」


「ねえ……後輩君」


「……なんですか先輩。アンニュイだな」


「きみは……信じられるものを持っているかい?」


「宗教勧誘はやめてください」


「私は……今、見つけたよ。心から信じられるものを、ひとつね……」


「幸運を呼ぶ壺でしたら買わないので大丈夫です」


「私が心から信じられるもの、それは……ヴァヴァヴァ文庫のラノベ『穿ちのヨギラ、月を射よ』だ」





 ヴァヴァヴァ文庫『穿ちのヨギラ、月を射よ』


 ~あらすじ~

 世界の空に暗幕がかかり、永劫の夜が訪れた。星は暗幕に開いた小さな穴であり、月は暗幕を留める大きなボタン。太陽のない世界では、あらゆる生命が衰弱し、緩やかに滅びの時を迎えつつある。

 月果ての一族の弓使い・ヨギラは、夜をもたらした月を破壊し、世界に太陽を取り戻すために旅をしていた。相棒の獣・ヒノと共に空を目指すその道中には、不思議な風景が広がっている。虹色に光るエルデ平原、星の炎を汲み取る巨大井戸、スケールが違いすぎる巨人族たち……。

 世界の神秘を踏破する時、ヨギラの一矢が夜を穿つ。これは生命が光を知るまでの物語。





「このラノベを読み、このラノベを信じた者は、必ずや救われるでしょう……」


「先輩の性格は救いようがないのに?」


「あ、私は教祖様の代理人なので侮辱してくる相手に神罰を与えるね。パンツを脱ぎなさい」


「神罰が低俗すぎる」


「あっやべ……今日はこの神ラノベに敬意を表して、卑しい話はしないって決めたんだった。ごめんね後輩君いまのなし。これからはきれいな先輩をお見せしたいと思います」


「先輩。僕、先輩のこと好きなんです」


「んほっ!? え、あ、あ、デ、デレ期!? そ、そっか、そっかあ、ふへへ……後輩君私のこと好きかあ、デュフッ、いやわかってたでござるけどね? じゃ、じゃあ、服脱ごっか……だ、大丈夫だよ、わ、私も初めてだから……ハァ、ハァ、ハァハァハァハァハァ」


「嘘ですけどね」


「はいクソ~」


「ヴァヴァヴァ文庫の新刊ですか。骨太ファンタジーな感ありますね」


「あ、ラノベの話に戻っちゃう感じ? この胸のときめきを返して?」


「あらすじだけ聞くとなんかおとぎ話っぽいですよね」


「後で絶対押し倒してやる。んで、はいそうそう、そうなのよ。寓話的要素がある深いお話なのよね。世界に太陽を取り戻すためにヨギラっていう青年が旅をする話なんだけど、『月を壊すためには月に近づかなければ』っていう理屈でとにかく高いところを目指すんだ。大陸一高い山の上、巨人族の肩の上、雲上帝国……」


「月に近づいて、どうやって壊すんですか?」


「ヨギラは旅の始めに〝太陽の弓矢〟っていう不思議なアイテムを手に入れるんだよ。ヨギラの里の言い伝えでは、その弓矢で月を撃てば、月は壊れて朝が来るらしい。でも射程がすごい長いわけじゃないから、月に近づくために高いところに行く必要があるわけ。このラノベはヨギラがとにかく高いところを目指すっていう、そういう意味ではシンプルな作品なんすわ」


「わかりやすそうでいいですね」


「わかりやすさは面白さに直結する要素だからね。ストーリーもだけど、情景描写に関しても、見たこともない景色を描写しているのにそれが直観的に想像できるから、どんどん読み進められちゃう。でも中盤あたりまでずっと謎な部分もあるんだ。それが、ヨギラ自身と、相棒の小動物・ヒノきゅん」


「主人公なのに?」


「月果ての一族・ヨギラは、銀髪ロングの、たまに女性に間違えられる美男。十七歳で、性格は温厚、それから弓矢がめちゃくちゃに巧い。っていう設定がまずあるんだけど、たまに不可解な行動を見せるんだよね。道中で助けた奴隷の少女の髪が焚き火の炎に照らされているのを見て、唐突に涙を流したり。一時的に行動をともにした仲間と雑談中、お互いの故郷の話になりかけた時に、『故郷の話はできない』と言ったきりその日はずっと黙り込んだり。好きな人が部室を離れた時に、その人の座ってたパイプイスの座面の匂いをドキドキしながら嗅いでみたり」


「最後の何? もしかして先輩ですか? 先輩そんなことしてるんですか? キモいんですけど……」


「(恍惚)」


「こいつにダメージ与えようとしても回復されるのどうしたらいいんだよ」


「ヒノきゅんもヒノきゅんで『ヒノー!』としか喋らんし、謎がけっこうあるんだけど、中盤になるとその一端が明らかになるんだ。ストーリーの進み具合としては、巨人族の大陸に来た頃だね。この巨人族ってのがやべーんすわ。身長六千メートル」


「やばいですね」


「その肩に乗せてもらうあたりで回想があって、ヨギラのショタ時代が明らかになるんす。おねショタエピソードがね。ヨギラにはヨルアという名の姉がいた。ヨルアは里一番の弓使いで、岩をも通す弓の冴えから〝穿ちのヨルア〟と呼ばれていた。ヨルアは弟思いで、ヨギラはそんなお姉ちゃんが大好きだった。けれどもヨルアは流行り病に伏せてしまう。彼女の最期の言葉は、『ヨギラと一緒に太陽が見たい』だった……」


「穿ちの……タイトル回収? ですね」


「ヨルアは本気で矢を撃つ時には全身が仄かに光り、長い銀髪が金髪にきらめくという体質を持っていたんだけど、これは〝太陽の弓矢〟の正統な後継者である証なんだ。でも、今、太陽の弓矢を使っているヨギラにはそんな体質はない。ヨギラは自分が選ばれなかった存在だという思いに苛まれてて……お姉さんにずっと追いつこうとしていたんだ。っていう思いを、肩に乗せてくれた巨人に吐露するシーンがまた名シーンでさ~! 後輩君と私とのキスシーン並みに名シーンなのよ~」


「捏造するな」


「で、終盤に差しかかるんだけど、一旦奈落の底まで物理的に落ちちゃったり、月を信仰する〝泥闇の一族〟の襲撃を退けたりといろいろあった後に、ヨギラは遂にこの世の一番高いところまで来るんだ。この世といっても、ほとんどあの世みたいな感じなんだけどね」


「まさか天国とかです?」


「ザァッツライト」


「できないなら無理して指パッチンしようとしなくていいですよ」


「ヨギラの旅は月を壊す旅だった。でもそれは同時に、遥か遠ざかってしまったお姉ちゃんの背中を追い続ける旅でもあったんだ。そして、詳細は省くけど、ヨギラの思いは天国にて報われる。ゆっくりと弓に矢をつがえ、月に狙いを定めるシーンは、ホンットに神々しかったよ。穿ちのヨギラ、月を射よ。なんだよな……」


「面白そうですね。読もうかな」


「はいご新規一名様ごあんなーい! はいどーぞ、貸したげる」


「いや先輩の手垢まみれの本はちょっと……」


「は? 私の手垢は付加価値なんだが?」


「じゃあお金払ってくれるなら貸されてあげますよ」


「何で私が払うんだよ。そろそろこいつに先輩様のが上なんだってことをわからせてえな……あっそういえば押し倒そうと思ってたんだった。セックスなら勝てる!」


「さっきまでの良い感じのラノベ紹介が全部台無しになっていることについて一言」


「後輩君の乳首を開発してやるぜヒャッホオオオウ!!」


「死ね豚」


「あふん(恍惚)」


「(その隙に逃走)」


「(四つん這いで追跡)」

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