剣戟文庫『清楚でおしとやかな詩織お嬢様の必殺エナジードリン拳』

「必殺! バレンタインデー・キィーック!! ドゴォッッ」


「うるッせえよ」


「いや後輩君ガラ悪ィな今日。部室入るなり飛び膝蹴りかまそうとする私も私だけどさ。でもその気持ち、わかるよ。なにしろ今日は死のバレンタインデー。きみのような非モテ陰キャにはつらい日だからね」


「つらくはないですよ。先輩からだったらチョコレートもらえるだろうという期待がありましたから」


「え、あ、えっ…………、唐突にデレ期きた…………」


「あるならさっさと提出してください。徴収後、採点するんで」


「こいつマジか? まあでも照れ隠しで毒舌使っちゃうんだもんね~、しょうがないね~。んふふ~愛い奴よの~。私のことが大好きな後輩君かわい~。あ、なんか『後輩君はデレデレしたい』みたいなタイトルの漫画ありそうじゃね?」


「100点満点中マイナス5000点ですね」


「採点がはえーよ! はいはい渡しますよ。はいどーぞ。チョコ代わりの、剣戟文庫の新刊だぜ」


「は?」


「え?」


「は??」


「え??」




 剣戟文庫『清楚でおしとやかな詩織お嬢様の必殺エナジードリン拳』


 ~あらすじ~

「ぷっはァ~~!! やっっぱモンエナ飲まないとやってられませんわ~~!!」

 私立星蓮せいれん女学園一の清楚なお嬢様として名を馳せる樫宮かしみや詩織しおりの秘密、それは、なんか毎晩エナジードリンク飲んでハイになっていることだった。

 勉強中にエナドリで集中力を上げ、そのままハイテンションで夜の街を徘徊し、翌朝ひどく後悔する毎日。そんなある日の深夜徘徊中、詩織は少女を襲う変質者を目撃する。エナドリ効果で膨れ上がる全能感と正義感。気づけば変質者に立ち向かっていた詩織は、自分でも驚くほどの体さばきで相手を撃退していた。詩織の体内でエナドリが何らかの化学反応を起こし、超越的な身体能力を得るに至っていたのだ。

 覚醒した自らの秘めたる力に感動し、詩織は深夜テンションのままで決意する。

「わたくし、正義の味方になりますわ!! この、エナジードリン拳で!!!!!!!!!!!!!!!!」

 読んだあなたに、翼をさずける! 清楚なお嬢様の大失敗サクセスストーリー!




「このラノベ面白いし、チョコよりもお得ということでひとつ」


「先輩はいつ死ぬんですか?」


「何ならこの本をチョコだと思って舐め回してもいいよ」


「妹萌の三巻のランドセル女児が描かれた表紙を舐め回すのが趣味な先輩みたくはなりたくないですね」


「何で私が毎晩寝る前にレイちゃんprprしてること知ってんの?」


「マジでしてんのかよ」


「可愛いから仕方ないと思う。はい無罪。まあいいやとにかくこのラノベよ。ジャンルとしては格闘美少女熱血コメディなんだけどさ」


「お嬢様キャラなのに退勤後でビール飲んでるおっさんみたいなこと言ってましたね」


「主人公の詩織ちゃんは品行方正な模範生で、小さい頃から『優雅であれ』と育てられた正真正銘のお嬢様って感じの子なのよ。女学園には有志による親衛隊までできちゃってるし。あとカシミヤグループ会長のひとり娘として何でもできないといけないってことで、バイオリンも弾けるし、学力も全科目トップクラスだし、運動神経も抜群で……護身術も教え込まれてるんだよね。それが奏功したっつうか、仇になったっつうか……」


「もともと使えた護身術のせいでエナジードリン拳とかいうよくわからないものに目覚めたわけですか」


「酔拳って知ってる? お酒に酔ったらすごい強い拳法使えるようになるやつ。現実にあるのか知らんけど。あれのエナドリ版だね。普段は清楚で物静かだけど、エナドリ飲んだ途端に『きたきたきたきましたわーーーー!!!!』っつって竜巻みたいに敵を薙ぎ倒していき、疲れて寝るまで止まらないっていう。そして翌朝起きたら恥じらいで真っ赤な顔を覆って天蓋付きのベッドでじたばたする。で、エナドリなんてもう絶対に飲まない! って誓うんだよね、毎日のように」


「毎日飲んでんじゃねーか」


「そんな詩織ちゃんが正義の味方になっていく過程を描いた作品なんだけど、アツいんだよねえ。技の名前叫ぶし。私のお気に入りはモンスターエナジーとレッドブルを混ぜたものを過剰摂取オーバードーズした時だけ使える〝ケイオスエナジー・スカーレッドドライブ〟っていう自己強化技と、その状態での決め技〝アルギニン・バッド・タイム〟かな。かっけえんすわ……たまに私も一緒に叫びたくなる。てか今叫んでいい?」


「ダメです」


「コウハイクン・ダイスキ・チュッチュ!!!!!!!」


「あ、SSRみくにゃんきた」


「そっちのけでデレステのガチャ引いてんじゃねーよしゃぶるぞ!! でまあとにかくそんな感じの基本設定があって、そうなると当然、表の清楚な顔と裏のヤバイ顔とのギャップにフォーカスしていくことになるわけ。学園では清楚に振る舞うけど、夜の街では自称正義の格闘少女。んで、まあいつかはバレますよねと。ストーリーはバレそうでバレないみたいな絶妙なギリッギリのライン上を進んでいくんだ」


「僕知ってますよ。そういう作品は読者の『バレたらどうしよう』っていう気持ちをどんどん膨れ上がらせてくるんですよね」


「左様。最終章にその事件は起こる。詩織が親衛隊を自称するファンの女の子たちと一緒に付き合いでお買い物に出かけている時、突然、地下格闘界において名をとどろかせる強敵に勝負を挑まれるんだ。そいつはファンの子をひとりさらって、人質にしてしまうんだよね。しかも決戦の場に指定されたのは、多くの人が集まる駅前広場。さて、詩織はここで岐路に立たされる。戦うか、見捨てるか。戦えば、衆人環視の中、自分の正体がバレて、もちろん親衛隊の子たちにもきっと失望されてしまう。しかも、勝てるかどうかだってわからない。でも……それでも! 詩織は、敵と対峙して、エナドリの缶をカシュッと開けるんだよなあ~~」


「熱そうですね」


「熱いよ~。『きっとわたくしは、失墜する。親衛隊のみなさまには失望され、わたくしの醜態の噂が広まり、清楚な樫宮詩織の時代は終わる。……だけど、それでも。わたくしは、わたくしを愛してくれたあの子のために、この拳を振るわなくてはならない――――!』……ペロッ、これは名ゼリフ! ぜひ続刊を期待したいですね。現場からは以上です。……あ、もうこんな時間か。今日私早めに帰りたいんだよね。というわけで帰る」


「ちょっと待ってください」


「何ですかヒゲじい」


「ヒゲじいではない。いや、ガチで渡すものがないなら別にいいんですけど……」


「後輩君後輩君」


「何ですか」


「人に物をねだる時というのは……もっとこう、ふさわしいおねだりの仕方というものがあるのではないかね?」


「……先輩。僕にチョコをください」


「ん~~?? 足りませんなあ~。もっと、態度で示してもらいませんとねえ~~??」


「……先輩。先輩のツイッターのサブアカをクラスのグループLINEに放流されたくなければ僕にチョコをください」


「えっやめて。やめなさい」


「あの、先輩。人に物をねだる時というのは……もっとこう、ふさわしいおねだりの仕方というものがあるのではないかね?」


「申し訳ございませんでしたアアアアアアアアア」

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