ハイパードライブ文庫『きみは風前の灯火』

「うわああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


「……」


「え、ちょ、マ? これ魔剤? 信じていいのか? 私はもう一度……この世界を信じていいの?」


「……」


「待って待って無理……また言言先生のラノベが読める……嘘でしょ……生きてて良かった……」


「……」


「うん、やっぱり公式サイトを見ても発売予定新刊リストに載ってるわ……えーまじか……ふぇぇ~……」


「……」


「これは……これはマジで都内まで行って発売日にフラゲしたいまである……んおおお……」


「……」


「やばい……」


「……」


「……」


「……」


「…………てかさっきからよく無反応でいられるよな後輩君!?」


「え? 誰ですかあなた」


「辛辣なんだよなあ。いや私もFGOに励んでる後輩君の邪魔をするのは忍びないという気持ちも1ミクロンあるけどさ、ちょっと聞いてよ。断筆したと思ってたラノベ作家が! 再来月に復活するんだよ! ほらほらほら見て、これラノベのニュースサイトの記事。『グッドナイト・エメラルド・ナイト』とか『きみは風前の灯火』とかの単巻完結ラノベで知られる言言ごんとら先生の六年ぶりの最新作が五月に発売!!」


「知りませんよ……」


「あっこれは割とけっこう嫌がってるトーン。先輩、反省。はい反省したので逆転無罪~! 今日も私のラノベ語りに付き合ってくれ、な? 後でおっぱい揉ませてやっからさ」


「や、それだったら自分で自分の耳たぶ揉むんで」


「耳たぶ以下だと思われてんの?」





 ハイパードライブ文庫『きみは風前ふうぜん灯火ともしび


 ~あらすじ~

 高校生の僕が早朝の空き教室で出会ったのは、白い少女・風前かざまえ灯火とうかさんだった。髪色は白く、肌の色素も薄く、全身包帯だらけという特異な外見をしているというのに、存在感は限りなく弱い風前さん。彼女は虚弱体質ではあるけれど、心に芯が通っていて、一緒にいると安心する。だから僕は願った。風前さんが世界から消えないことを――――

 存在ごと消えそうな少女・風前灯火をこの世界に留めようとひとりの少年が奔走する表題作や、女子高生が友達を水族館に誘う『ペンギンナ』、廃校が決定した高校の最後の一日『スパンコールの砂』など六作を収録。これは、風前灯火という名の少女をあなたが忘れ去るまでの物語だ。





「それでは紹介させていただきます。言言著『きみは風前の灯火』でございます」


「お上品な喋り方してる割には根暗眼鏡なんですよね」


「何食ったらそんな酷い毒舌振るえんの? トリカブト?」


「へえ、このラノベの表紙、デザインいいですね。目を引くというか」


「クックック……理解るかい後輩君。昼休みの教室で生徒たちが友達と駄弁ったり追いかけっこしてみたり、思い思いの振る舞いをしている様子を描いた実写寄りのイラストの中で……中央にシャーペンで線を引いたような真っ白い少女が立ち、じっとこちらを見ている。これを当時のハイパードライブ文庫が出した時は驚かれたよね」


「どっちかっていうとライト文芸ぽいですもんね」


「私も昔これが出た時、ハイドラ文庫、挑戦してきたな~! って思ったよ。この路線を貫いてほしくもあったけどね……今はちょっとね……まあその話はいいや長くなるから。それとも聞きたい? ラノベレーベルディープオタクトークしていい?」


「してもいいですよ、壁に向かって」


「オイオイ、それで私が壁に話しかけ続けて、いちいち癪に障る後輩君より壁君の方が黙って聞いてくれるからしゅきぃ……ってなったらどうすんの?」


「祝杯を挙げますね」


「陽気なんだよなあ。話戻していい? 『きみは風前の灯火』の作者である言言先生は長編も短編もおかしみがありつつ切ないみたいなの書く人で、この短編集でもその切なさの魅力は存分に発揮されてるんだ。作品順はこんな感じ。『きみは風前の灯火』『なにもないカーテン』『水色なんだと思うよ』『スパンコールの砂』『ペンギンナ』『きみは晴天の霹靂』」


「タイトルだけでもちょっとだけ気になる」


「まずイカレた表題作を紹介するぜ。登場するヒロインの風前灯火さんは、白い肌・白いショートヘア・白い制服・白い包帯ぐるぐる巻きの女子高生で、とにかく白い。で、その存在は世界から消えかかってるんだ。少しずつ人々の記憶からも抜け落ちていっている。やがては不思議な力によって、世界のすべての記録からも消えてしまうらしい」


「文章とかに残してもだめなんですか?」


「うん。世界の修正力なるものにより、風前さんにまつわる記録は最初からなかったことにされるんだ。風前さんが、人々へ、ひいては世界へ与えた影響は、別の人がやったことにされたり、別の現象が起こしたことにされたりする」


「そのヒロインはどういう気持ちでいるんだろう」


「『べつに……受けいれるよ。そういうものだから』……というのは風前さんのセリフ。つまりはそういう、達観というか、諦観のような境地にいる子なんだよね。でも、そんな彼女を世界に繋ぎ留めたいと思った奴がいた。それが、表題作の語り手である〝僕〟なんだ」


「どんな奴なんですか?」


「普通の奴だよ。普通に高校生活して、普通に友達がいて、普通に恋をした、その恋の相手が風前灯火だっただけの、普通の奴。〝僕〟は、風前さんを世界の修正力から守るためにあらゆることを試すんだけど、最後には諦めるんだよね、普通だから」


「諦めちゃうんですか。ということは、風前さんは」


「うん。短編の終盤、風前さんは世界から消えてしまう。当然〝僕〟の記憶からも消える。〝僕〟が風前さんを記録するために描いた風前さんのスケッチも、録音した風前さんの声も、記した風前さんの伝記も、歩いた後の風前さんの足跡も、すべてが、消えてなくなっちゃうんだ。屋上で風前さんを見送った後の〝僕〟は『あれ? どうして僕、屋上にいるんだろ』とか言って、すっかり忘れて日常に戻っていく」


「それは、悲しいですね」


「でもね。ラストシーン、マジで泣くから。風前さんが戻ってくるとか、風前さんを思い出すとか、そういう奇跡は起こらないけど、マ~ジで泣くから。言言先生の文章はホントに綺麗で、こういう切ない話にすごいマッチしてるから、もう文章だけで涙腺にくるし、ストーリーテリングも最高なので鼻腺にもくるし、挿絵効果もあって耳腺にもきちゃう」


「耳腺」


「残りの五作も、それぞれ少しずつテイストは違えど心にくるんす。私が一番好きなのは、う~ん僅差で『きみは青天の霹靂』かな。でも『ペンギンナ』も二番手か、下手すりゃ一番好き。『ペンギンナ』は、高校を卒業した後の帰り道で、ふたりのJKが水族館行こっかみたいな話をきゃあきゃあするっていう短編。会話の中でいろんな濃密な情報の塊をズシンズシンぶつけられて、エモエモになってしまうんだよ。リアリティある女子高生描写も巧いんだよねこの作家。実はJKなのでは? JK美少女作家なのでは?」


「オタク特有の都合の良い妄想やめましょう」


「あと『きみは青天の霹靂』あるじゃん? 一番好きって言ったんだけど、この短編集の中でって意味じゃないからね。私が読んだことのある短編小説でトップクラスなレベル」


「最後に収録されたやつですよね。どんななんですか?」


「これは何を言ってもネタバレになるんだけどね……まあ後輩君はネタバレ気にしないタイプの人だから言っていいですよと言うかもしれんが、こればっかりは教えられないな。でも、そうだなあ。ひとつだけ言えるとしたら、この最後の短編を読めば、短編集のあらすじが言ってることの意味がわかるってことかな」


「〝これは、風前灯火という名の少女をあなたが忘れ去るまでの物語だ〟でしたっけ。気になってはいた」


「表題作で、世界は風前灯火を忘れてしまったけれど……読者である私たちは、憶えているんだよねえ……いや~切ねえ話だよ。全人類に読んでほしいね。全人類にラノベを読ませるためにも、後輩君にはぜひ世界征服をしてもらって全人類に日本語を強制習得させてほしいね」


「あ、がんばりあ~す」


「絶対頑張らねえぞこいつ。もう興味失ったようにFGO始めてるしよぉ。私と推しサーヴァントのどっちが大切なんだよ、ああ?」


「先輩は所詮レア度ノーマルなので……」


「酷くね? 高レアのレベル上げ素材とかに使われる運命じゃん」


「いや、最低レアのサーヴァントは経験値にもならないんで売りますね」


「先輩様に体を売れってのか!!              興奮してきた」


「えっキモ」

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