説得力ある時代描写のなかで紐とかれる、ういういしい成長物語

「朝ドラのような小説です」と、あとがきで、そう作者さんは書かれています。そのとおりだなあ、とわたしは思うのでした。とてもいい意味で、ご自分の作品を客観的にとらえていらっしゃると思う。

舞台が維新前後の日本ときくと、多くの人は波乱万丈、世直し思想と英雄達の漢気うずまく歴史ロマンを思い浮かべるんじゃないでしょうか。そのころを舞台とする歴史ドラマのほとんどが、そうだから。
でもこの作品は違います。焦点があてられているのは、ミドルティーンのお嬢様とその従者の少年の、出会いと日常、そしてひとときの成長の過程。
野望うずまくサスペンスで「つづきはどうなる」とハラハラさせてくる作品ではない。でもそれだけが小説ではない、とわたしは思います。かわりに読者が毎日あるいは毎週、安心して会いにくることのできる主人公たちがここにいます。主人公たちのやりとりは、ういういしく、ちょっと滑稽で、読んでいて頰がゆるみます。

このけっして派手ではない「日常」のデッサンを可能にしているのは、しかし、綿密な時代考証です。派手なドタバタがないからこそ、風景、当時の風習、衣装その他の小道具、そして人と人との上下関係やコミュニケーションのあり方を、「背景」としてしっかり固めなくてはいけません。それができているすごさ。
とはいえすいません、わたし日本史ぜんぜん知らなくて、この考証のすごさがちゃんとわかっていない。でもすくなくともわたしのような素人を圧倒してしまうような、「あの時代」の空気感を醸し出すことに成功していると思います。

しだいに変化していく時代。しだいに変化していく二人の関係。
ぜひぜひお楽しみください。

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