第6話 ぶちお

連れていかれたのは、いつもの水飲み場だった。


ぶち猫はピチャピチャと水を飲んでいる。


「あの…いつもありがとう。」


キロは思い切って話しかけた。


「ぼく、キロって言います。」


「お前はここを出て行かないといけない。」


ぶち猫は突然そう言った。

キロは、胸がきゅっとなるのを感じた。


「この餌場に、これ以上猫を増やすわけにはいかない。俺はこのシマのボスだ。猫の数を管理する必要がある。お前はもともと飼い猫じゃないのか。迷い猫か?」


「はい…。帰り道が分からないんです。」


キロはすがる気持ちで言った。

ここを追い出されたら、ひとりぼっちで生きていけそうもなかった。


「そうか。家は二度と見つからないと思え。飼い猫が考えなしに家を出たら、帰るのは容易ではない。」


「そんな…。」


「俺も昔は飼い猫だったこともあるのだ。」


ぶち猫は目を細め遠くを見るような表情で言った。


「俺の飼い主は大家族で、貧乏だったが仲は良かった。俺はその頃まだ若く、近所の女猫に夢中で、毎日のように家を抜け出し会いに行っていた。俺の飼い主は外に出て行くことには寛容だったからな。」


ぶち猫は続けた。


「だがある日、俺は今日は出かけてはいけないと言われたんだ。窓も全部閉められてしまった。俺はそんな馬鹿なと思った。トイレの窓からコッソリ家を抜け出したんだ。


いつものように女猫の家で過ごし、夜中に家に帰ると家は真っ暗で誰もいなかった。もぬけの殻だ。


後で分かったんだが、飼い主は借金取りに追われ夜逃げしたんだ。そんな中、俺を一緒に連れていってくれようとしたんだ。


最後の最後まで、子どもが俺を探していた。

俺はそのことを隣の犬から聞いた。


飼い猫が飼い主に背き、馬鹿な行動をとれば家には帰れなくなるのだ。」


キロは何と言えばいいのか分からなかった。

沈黙が二匹を包んだ。


「飼われていたとき、名前はあったんですか?」


唐突にキロは聞いた。


ぶち猫はちょっと驚いだようだが、


「ぶちお、と言うのが俺の名だった。だが、今その名で俺を呼ぶものはいない。俺はただのボスだ。」

と言った。


「キロ、お前は町猫には向いていない。家に帰れないとなった今、お前は別の道を探さないといけない。俺はお前を公園猫の所に連れて行く。」


「公園ですか?」


「公園は町より安全だし、餌やりの人が回っているから、食事もまともだ。新しい飼い主に巡り合うチャンスも多い。」


「なら、ぶちおさんたちも一緒に。」


キロは、何日か過ごすうちに町猫たちに親しみを覚えるようになっていた。


「だめだ。俺たちみたいな見てくれの悪い奴は公園には住めない。」


「そんな、どうして。公園のボスが意地悪なんですか?ぼくはそんなとこ行きたくない。」


「お前は馬鹿だな。」


ぶちおは厳しい顔になった。


「いいか。公園へ来る人はきれいなものを見て、良い気持ちになりたいのだ。そういう場所だから、見栄えの良い猫を引き取ることも多いのだ。そこに耳の潰れた、あばらの浮いた、年取った猫がウジャウジャいたらどうなる。


人々は通報して猫取りが来るだろう。


公園に猫は住めなくなり、飼い猫になりたい猫が、引き取り手と出会うチャンスもなくなる。


それぞれ、猫のボスと言うのは、自分のシマのことだけ考えているのではない。この町の猫全体のことを考えなければならんのだ。」


キロは、外猫の厳しい生き方にハッとした。


「ついてこい。」


ぶちおは、そう言って路地裏を歩き始めた。

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