第5話 町ねこ
行くあてもなくまた夜の町を歩き出す。
空腹だし疲れてもいるけれど、とにかく安心して休む場所を見つけたかった。
なるべく人の少ない暗い道を探して歩いているうちに、暗い路地にたどり着いた。
ビルの隙間に大きなゴミ箱が並べられ、何匹かの猫たちが食べ物を漁っているようだった。
「ゴミなんか食べてるのか。まるでカラスみたいな奴らだな。」
飼い猫のプライドで、そのまま通り過ぎようかと思ったが、空腹と寂しさに負け、キロは猫たちに近寄っていった。
あばらの浮き出た猫、耳の潰れた猫、鋭い目を持つ町猫たちは、キロなんか見向きもしなかった。
「あのう…。」
キロは声をかけてみたが、町猫たちは知らんぷりだ。
立ち去ってしまおうか。
でもどこへ?
行く場所なんかないのだ。
この路地裏は、少なくとも人は来ないし、暗くて安心できる。疲れたキロは猫たちから少し離れた場所で座り込んだ。一度休むと、もう起き上がれないくらいの疲れが襲ってきて、キロはそのまま目を閉じた。
目がさめるともう明け方だった。
昨日の町猫達はまだいた。
どうやらここは溜まり場らしい。
2、3匹の猫達がどこかへ向かう様子だった。
「食べ物を探しに行くのかもしれない。」
キロは、遠慮がちに距離を開けてついていった。
空腹と身体の痛みでヨロヨロする。
細い路地をしばらく進むと、古びた蛇口があり、ポタンポタンと垂れ続け、下には水が溜まっている。町猫達は水を飲みに来たらしい。
ピチャピチャと喉を鳴らす町猫たちの様子をキロは後ろでじっと見て、皆が飲み終わるのを待った。
仲間には入れてもらえそうにないが、水のありかを教えてもらえたのはありがたかった。
ゆっくり時間をかけて水を飲んだあと、猫たちは元いた場所に戻るようだ。最後の一匹が立ち去ってから、キロはそろそろと蛇口に近づいた。
すると大きなバサバサした羽音を立てながら一匹のカラスが舞い降りた。ギロリとにらまれ、水を飲もうとするキロを鋭いくちばしでつつこうとする。
カラスはキロよりずっと大きく、キロは怯えて後ずさりした。
そこに去っていったはずの町ネコの一匹が、足音も立てずに戻ってきて、フギャッと一声出したかと思うと、目にも留まらぬ速さでカラスに頭突きを食らわしたのだ。
不意をつかれたカラスは慌てたように飛び去っていった。
戻って来たのは、路地裏の町猫の中でも一番身体が大きく、眼光鋭い白黒のぶち猫だった。
驚いたキロは、
「あの…ありがとう。」
と小さな声で言うのが精一杯だった。
ぶち猫は返事もせずにまた引き返していった。
キロは慌てて水を飲み、飲み終わるとぶち猫の後をついていった。
路地裏に戻ると、ぶち猫はゴロンと寝そべった。
目も合わせてくれず、仕方なしにキロはまた離れた場所に座り込んだ。
だんだん明るくなり町がガヤガヤし始めると、猫たちはそれぞれ立ち去っていった。
「きっとここに戻ってくるに違いない。ここは餌場らしいから。」
キロはそう考え、やる事もないがここに残ることにした。長い長い1日が終わり、夜になると一匹また一匹と猫たちが戻って来た。
ゴミ箱の向こうの扉が突然バタンと開き、大きなビニール袋を持った白い服の男が、どさっと袋を投げ捨てていった。男はそれから何往復かして、沢山のゴミを捨てた。
男が扉の向こうに消えると、キロを助けてくれたぶち猫がまずビニール袋に頭を突っ込み、食べ物を物色した。他の猫たちは、ぶち猫が食べ終わるのを待っている。
ぶち猫の次は、耳の潰れたトラネコと目やにの出た黒猫が食べた。その後に4匹の猫が残ったものを食べる。
全員が食べ終わり、それぞれ毛づくろいや思い思いの姿勢でくつろいでいるところをキロはじっと見ていた。
自分も食べていいのだろうか。
町猫たちは何も言わず、勧めてくれる様子もない。
キロは、あきらめてまた丸くなった。
空腹は耐えがたいほどになっていた。
しばらくすると、キロの頭の上に、何かがポトンと落ちて来た。見ると、一切れのパンと海老の尻尾が数切れ転がっている。
慌てて周りを見るとぶち猫と目が合った。
ぶち猫が放り投げてくれたらしい。
キロはガツガツと食べた。
食べ終わると、ぶち猫に声をかけようかと思ったが、相変わらずそっぽを向き、話しかけることさえ許してくれない。
しかしその日から、一番最後の粗末なものではあったが、キロは食事をもらえるようになった。
そのまま2日間を町猫たちと過ごした。
3日目、食事を終えた後、ぶち猫がキロのそばにやって来て「ついて来い」とドスの効いた声で言った。
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