第9話 寺ねこ
15分ほど歩いて、さびれた寺に案内された。
本堂の軒先に古びたクッションが置かれ、その上にこれまた古びた猫が座っていた。
もとは白であったであろう、今は灰色になった長い毛におおわれ、目なんかほとんど見えていないのではないかと思われる、年寄り猫だった。
寺の境内にはあと2、3匹の猫がいるようだった。
「キロ。この方は仙人と呼ばれるここの主です。
仙人は哲学者であり、思想家であり、歴史家でもあります。
生き方に迷う猫に救いの手を差し伸べてくれます。
あなたの助けになるでしょう。
しっかりやるのですよ。」
サーシャはそう言って公園へ帰って行った。
後に残されたキロは、仙人に挨拶した。
「よろしくお願いします。」
「お前さんは迷い猫かい。」
仙人は穏やかな声で聞いた。
「はい。ぼく、新しい飼い主は欲しくないのです。でも帰る道も分からないし、外猫としてやって行くことも出来そうにありません。それで、ここに連れて来られたんだと思います。」
「やれやれ。困ったのう。」
仙人は笑顔になって言った。
「良いか。我々猫にはもともと備わった能力がある。崇高な力だ。お前さんは飼われてるうちにその力をなくしてしまったのだろう。
でなければ、猫が、生きる道を失うなんてことはないはずだ。
お前さんはここで修行すればよい。」
それから、キロの修行が始まった。
修行とはつまり、寺の境内の好きなところで香箱座りをして、一日中じっとしている、ということだった。
「心を空っぽにするのだ。うちなる声に耳をすますのだ。猫の本来の力を思い出すのだ。」
仙人にそう言われたが、キロは退屈でならない。
境内に咲くさるすべりの花がはらはら舞い落ちるのをただ見守るだけの毎日だ。居眠りしてしまうこともしょっちゅうあった。
修行の合間に仙人と話すこともあった。
それによると、仙人も昔は飼い猫だったらしい。
「わしが飼われていたのは大金持ちの家だった。
立派な屋敷で、猫専用の部屋があり、フカフカのベットや立派な爪とぎや、餌も毎日高価なものをガラスの食器で与えられた。
しかし飼い主も家族も滅多に部屋に来なかった。
わしはただ、一人でじっと座っている毎日だった。
そんな生活の中で、わしは猫の真理について考えるようになった。猫とは何なのか、何のために存在しているのか、正しい生き方があるのか。
そんな事を毎日考えておった。
ある日、お手伝いが部屋に入った瞬間、わしは部屋を飛び出し、野良になった。
自分が考えた事をもっと広い世界で知るべきだと思ったのだ。あちこちを旅し、いろんな猫と話した。
答えが見つかったように思ったこともあるが、今だに真理を追い続けておる。そのうちにこの寺の住職と知り合い、お互い一目で似た者同士だと気づいた。
それ以来、わしが今までに得たものを、他の猫に少しでも分け与えたいとこの寺で過ごしておる。
サーシャもここで修行し、彼女の道に目覚めたのだ。サーシャは、交通事故にあい、頭を打ってそれまでの記憶を失った。生きる道を失い、ここに連れて来られたのだ。
お前もきっと、自分の道が見つかる時が来るに違いない。」
そう励まされ、キロは他の猫たちとともに、修行に励んだ。しかし一向に生きる道なんか思いつかないのだった。
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