第10話 仙人と虹
キロは段々と修行に飽きてきた。
5日目、誰も見ていないと足を伸ばし姿勢を崩し、ダランと寝そべっていると、仙人がやってきた。
キロはあわてて姿勢を正し、香箱を組んだ。
「どうじゃ、キロ。」
「はい…何も分かりません。」
「そうかそうか。必要な時間はそれぞれじゃ。その時がくるまで焦らずノンビリやればよい。」
仙人はキロの横に座り、二匹は黙って空を見上げ、流れる雲を見つめた。
そのうちにキロはふと思いついた事を話し始めた。
「そういえば…ぼく、いわし雲を追っていたんだった。」
「ほう。いわし雲。」
「そうです。たまたま見かけて、あのう、下に行けば一つくらい落ちてくるかと思って、それで外に出たんです。」
また二匹は沈黙に包まれた。
しばらくして仙人が口を開いた。
「いわし雲の言い伝えを知っておるかね。」
「いえ、知りません。」
「ほうか。わしが若い時にじいさん猫から聞いた言い伝えだがな。
あれは、野良ねこが死んで、その死を悼むものが誰1人としていない場合に、ねこ神様がそのねこを哀れに思い、供養するため、空にあげるんだそうだ。
その時に、夕方の空が真っ赤に染まるのは、あれは死んだねこの血が流れているんだそうだ。」
「野良ねこの血…。」
「外猫の生活は厳しい。時には仲間にさえ見放され、誰の記憶にも残らず死んでいくものもいるからな。しかしそんなものでもねこ神様は見守ってくださっているという話だ。」
しばらくすると仙人は去って行った。
キロは今聞いた話と出会ったねこ達のことを、思い出していた。
飼われていた時は、外の暮らしがこんなに厳しいものだとは知らず、自由な外猫を羨んだことはなかったか。
刺身をもらえる生活をしていたのに、たった一切れと不満を感じていなかったか。いわしも食べてみたいなどと馬鹿な欲にかられたのではなかったか。
急に、今までの自分の愚かさが身にしみて、キロは打ちのめされ、動けなくなった。空が灰色の雲に覆われ、ポツリポツリと雨が降り始めたが、キロは香箱座りしたまま動くこともせず、雨に濡れるに任せていた。湧いてくる考えを止めることができなかった。
迷い猫になってからというもの、考えるのは自分のことばかり。帰りたい、帰りたいと思っていたが、ただ自分の不安ばかりだった。
キロは、大切な事を忘れていたことに気づいた。
今ごろももかさんはどうしているだろうか。
雨に混じって、熱いものがキロの目を濡らした。
ももかさん。心配しているだろう。
今ごろ泣いているかもしれない。
1人でちゃんと暮らせているだろうか。
ごはんを食べているだろうか。
着替えもせずに風呂も入らずに寝てしまったりしていないか。
キロの目から流れる熱いものは、雨と一緒に次から次へと頬を伝っていく。
「ぼくは…ぼくは、絶対帰らないと行けない。
ももかさんのために。」
キロはそう呟いた。
雨が止み、空にはうっすら虹がかかった。
びしょ濡れのキロは、虹をじっと見つめた。
「ももかさん…。
ぼくは、きっと帰る。待っていて。」
その時、虹の下にあるもの、何かが気になり、キロはじっと目を凝らした。
それは町の中心のオレンジ色のビルだった。
この角度からあのビルを見たことがある…。
じっと考える。
「そうだ…!動物病院!」
キロは、すっくと立ち上がった。
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