第2話 冒険の始まり
ある日の午後、いつものように窓ぎわでひなたぼっこしながら桜の木を眺めていたキロは、窓が少し開いていることに気がついた。
ももかさんが朝、洗濯物を干した時に閉め忘れたに違いない。試しに爪を引っ掛けてみると、網戸は簡単に開いた。狭いすき間に身体を押し込むと、ベランダに出ることができた。
一人で過ごすベランダはいつもより大きく感じられ、ヒゲの隙間を通っていく風は新鮮で気持ちよく、太陽の光は窓越しに当たるより暖かい。
「今日は、ここで過ごそう。こんなに気持ちが良いのだから。」
キロは、そう考えた。
目を細めて透き通る青い空を見上げると、東の方にウロコのような光る雲がたくさん並んでいた。
「いわし雲だ。」
キロはつぶやいた。前に、ももかさんがそう言っていたのだ。確かに魚のような形に見える。太陽の光を浴びて輝くばかりの魚達はいかにも新鮮そうだ。
キロは、昨日一切れ頂いたマグロの刺身を思い出して舌舐めずりした。(ももかさんは、いつも一切れしかくれない。)
「いわしは美味しいのかな。ぼくは、食べたことないや。」
空を見上げながら物思いにふけっていると、桜の木からスズメ達のお喋りが聞こえた。顔を向けると目があって、スズメ達はキロの金色の目におびえたのか、慌てて飛び立っていった。
「馬鹿なやつらだ、まったく。」
キロはそう言いながら、桜の木の枝がずいぶん伸びて、キロのいるベランダから1.5メートルほどのところまできていることに気がついた。
「ここから飛べるだろうか。」
キロは自分の丸い前足を見て、じっと考えた。
もちろん、飛べるだろう。キロは、ベットから食卓まで2メートルほどの距離も飛ぶことが出来るのだ。その後で必ずももかさんに叱られるのだが。
「ほんの少し、外に行っても問題はないだろう。ももかさんが帰る夜までに戻ればいいんだし。
ぼくは、あのいわし雲があるところに行ってみたい。しばらく待っていれば、一匹や二匹、落ちてくるかもしれない。
あんなにたくさんあるんだもの。」
キロは決心して、ベランダの手すりの下から這い出ると、両足を踏ん張って低い姿勢で力をたくわえ、目を開くと同時に渾身の力で桜の枝めがけてジャンプした。
枝は大きく揺れたが、しっかりキロを受け止めてくれた。爪を立て、太い幹に向かって慎重に進んでいく。うまくいった喜びで、キロの全身は震えるようだ。幹を滑り降りると低い枝からジャンプして地面についた。
「外の世界だ!」
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