東の空にいわし雲

ひまわり

第1話 ねこのキロ

小さな町の高台にある白いマンションの一室で、キロは今日も鏡を見ていた。


午前の明るい日差しの中で光る、茶色いつややかなしま模様の身体と長いしっぽにウットリ見とれて、満足して顔を洗う。


キロは小さな猫で、飼い主のももかさんと2人でこのマンションの2階の一室で暮らしている。


まだもっと小さな子猫の頃、お母さんや兄弟猫達と一緒にいた時の記憶が、うっすらキロに残っている。


お母さんのザラザラした熱い舌や匂い、くっついて眠る兄弟猫達の呼吸なんかだ。


みんなでどこかへ歩いて休み、歩いて寝る、そんな毎日だった。小さなキロはついていくのに必死だったものだ。


ある日の移動中、建物の機械式駐車場の深い穴にキロは落ちてしまった。ニャーニャー泣いて必死に登ろうとしたけど、爪を立てる場所もなく、上がる事は出来なかった。


お母さん猫や兄弟達が心配して近くにいてくれる事は分かったけど、不安でたまらなく、キロは泣き続けた。


しばらくして、ガヤガヤと人の声がして、見上げると小太りの男の人が駐車場に降りて来たのだ。


暴れるキロをしっかり抱きとめ、その男の人は上にいる人たちにキロを手渡してくれた。


2、3人の人たちに囲まれ、キロはいい匂いのする女の人の腕の中にいた。それが、ももかさんだ。


「元気でね。幸せになって。」そんなお母さん猫の想いが伝わって来て、気づくと家族の猫たちは皆いなくなっていた。


ももかさんは小さな箱にキロを入れ、どこかに行っては様子を見に来てくれた。そして夜になってももかさんのマンションへキロを連れて来てくれたのだ。(そして、お風呂でムチャクチャに洗われた。)


それ以来、ここがキロの家になり、ももかさんがキロの家族になった。


キロという名前は、ももかさんがつけてくれた。

目が黄色だから、というのが名前の由来だそうだ。

黄色じゃなくて金色だと思う、とキロは考えたが、初めてもらった自分の名前は好きになった。


特に、キロ、とももかさんが呼ぶ時、その響きはまぶしい金粉があたりに舞うような、美しいものだったからだ。


朝、ももかさんは起きてすぐキロにご飯をくれる。

キロがカリポリやっている間に、ももかさんは朝ごはんを食べ、支度をしてキロを撫でてからどこかへ出かけていく。


昼間の間、キロは鏡を見たり、テレビを見たり、昼寝したり、ひなたぼっこしたりする。


ベランダの外には大きな桜の木があって、窓から桜の木に集まる虫や鳥を観察するのも大好きだ。


夜になると、ももかさんが帰ってきて、またご飯をくれる。それをまたカリポリやって、一緒にテレビを見たり、ももかさんが浸かるお風呂の蓋に乗ってお湯を舐めたりする。


ももかさんの食事のお相伴に預かることもある。マグロの刺身は2人の大好物だ。ベットでくっついて眠ったり、別々の場所で眠ったりする。


時々お風呂に入れられたり病院に連れて行かれたりと嫌なこともあるけれど、おおむね、静かな、楽しい暮らしだった。

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