もうすぐ文化祭

 水曜日の放課後。部室の窓の外から、各団体が文化祭準備に駆け回っているにぎやかな物音が聞こえてくる。


 わたしの手元には、ついさっき無事に完遂した「四十四のミッション」を物語る、膨大なデータがある。各部長のインタビュー音声データ。さまざまなシーンを映した画像データ。わたしの走り書きによる、汚いメモの数々。あさひ部長が、PCを駆使して黙々と「一部長につき一ページ」の原稿にまとめあげていく。


 この数日の間に、たくさんのドラマに触れることができた。


 野球部部長は、幼少の頃からどれだけ真摯しんしに野球に取り組んできたか、毎日の練習メニューやなにげない日課まで含めて教えてくれた。

 茶道部部長は、親に言われて仕方なく入部したいきさつから、今では部活がどんなに自分の人生に役立っているか、おまけに推しのアイドルグループの話までしてくれてとても盛り上がった。

 鉄研部部長は、部活での交通費や宿泊費がバカにならなくて、そのために総菜屋のバイトを続けているのだという。


「大切なものを守りたい」と言った、あの人の記事は載せられなかったけど。あの人だけではなく、きっとみんながそれぞれの「守りたいもの」のために、部活に、バイトに、趣味に、学業に励んでいる。生徒の数だけ、高校にいる今だからできる、自分で脚本を書くことができる「高校生の物語」がある。


 ――そういえば。わたしはまだ、旭部長のページを見ていない。


 どうせすぐ見るんだから、いいよね。部長がトイレに行っている間、「失礼します」と言いながら、そっとマウスを動かしてみた。


「…………」


 ――そこには、わたしへの感謝の言葉があふれていた。


 春、わたしが入部してどんなに嬉しかったか。部長ひとりしか残らず廃部寸前だった新聞部が、わたしの入部でどんなに有意義な活動を続けてこられたか。


「……部長……泣かせる系……?」


 終わりに、気になる文があった。来年春、必ず新入部員を引き入れる。決して、新聞部をわたしひとりにはさせないと。


「――まあ、そのための企画だったわけだ」


 気がつくと、背後に部長が立っていた。


「先週、とある知人に相談された。そいつはたまたま見かけたこの高校の生徒のことを知りたくなった。聞こえてきた会話から、どこかの部の部長だということしかわからなかった。だから、どこの部の部長なのか突き止めてほしい、突き止められたら来年必ずこの高校に入学し、新聞部に入ると」


「それで写真付きの全部長取材部誌、ですか。気になる部長がいるなら、絶対その人の部活に入ると思いますけど」


「兼部でもするんじゃないか? ある程度の機器があれば、ここの活動はそれなりに参加できるからな」


「部長が急にこの企画を始めた理由は、よくわかりました」


 わたしはそばにあった印刷ミスの紙を丸め、部長に向かって突き出した。


「新聞部部長、旭先輩に突撃インタビュー! その知人とは男性ですか女性ですか? 部長とのご関係は?」


「あー、まあ……変に勘繰らないんでほしいんだが、近所に住む中三女子だ」


「幼なじみってことですね!? 来年その子が入部してきたら、お目当てのどこぞの部長も交えて三角関係ありきのラブコメに発展する可能性は!」


「……原稿の続きやっていいか?」


「あ、はい。わたしもやります」


 着席し、部長が次々に印刷していく原稿をチェックする。明日には部長宅の印刷機と製本機が唸りを上げることだろう。


 幼なじみ、か……。自然にタクを思い出す。


 あいつもバカだよね。普通にサッカー部で模擬店やる方が、絶対女の子にモテるのに。


 ほっとけなかったんだろうな。がんばってるのに、文化祭準備がうまく進められずに悶々としていた、五つの部の部活生たちを。


 甲斐かいセンパイはそんなタクをほっとけないんだろうし、旭部長は幼なじみの女の子をほっとけない。


 みんな、誰かのためにがんばってる。それは、なんだかとても素敵なことのように思える。



  ◇ ◇ ◇



 部室を出ると、廊下にタクがいた。


「なんか早夜さよ、わりーな。あんま役に立たなくて」


「えー? 大丈夫だよ、ちゃんと全部長終了したし」


「マジ!?」


「映研部員たちが斥候せっこう役やってくれてさ。各部長の居場所を次々に調べて説得までしてくれたから、取材がスムーズに進んだんだ。お礼に、あの人たちが作る作品に口出しするのはやめとくね」


「そっかー。よかった!」


 屈託なく笑うタクを見てると、ふっ……と、張り詰めた糸が緩んだような気がした。


 今までがむしゃらにがんばりすぎてたのかな、わたし。


「早夜、さあ」


 タクの視線が、そわそわとあらぬ方向へさまよい始めた。


「なに?」


「文化祭の当日、のことだけどさあ……ちょっとくらい、自由時間とかある?」


 え、なに、急に。


「ちょっとくらいならあると思うけど……当日は展示と部誌配布だけだし」


「あの、だったらさあ……」


 しかめっつらでモゴモゴと何かを言いたそうにしつつも、次の言葉が全然出てこない。


「……やっぱごめん! 明日話す!」


 そう言って、さっさと去ってしまった。少し離れたところで待ってた甲斐センパイが、不服そうに何か言ってる。


 軽くどつきあいながら、そのまま歩いていく二人。いいコンビだと思う。


「言いたいことあるんなら、ちゃんと最後まで言えばいいのに。バカだねー」


 わたしは笑いながら、新聞部部室へ戻っていった。




 当日、旭部長の幼なじみは来るのかな。お目当ての部長、見つかるといいね。


 高校で初めて経験する文化祭。楽しみでしょうがない。


 わたしの胸は、きらきらと光り輝く期待と希望でいっぱいだった。





「女子高生がクリアすべき四十四のミッション」・<完>

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女子高生がクリアすべき四十四のミッション 黒須友香 @kurosutomoka

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