相田早夜、疾駆する!

 新聞部室へ戻り、全校生徒名簿(超部外秘)をめくる。


 二年一組、折賀おりが――

 

 タク甲斐かいコンビと同クラ! しかも出席番号、甲斐センパイの一コ前。


 自宅は学校のすぐ近く。近いって理由だけで学校選んだんじゃないだろうか。自宅と学校の往復だけで脚力が鍛えられるわけがない。バイトと言いながら、実はどこかのアスリート系クラブかなんかに通っているのでは……。


 わたしは女子部長取材を続けながら、それとなく折賀先輩に関する情報を集めることにした。


「確かに、HRが終わると同時にすごい速さで駆け出してくねー」


「クラブへ行ってるってことはないんじゃない? 大会実績とかで目立つはずだし、陸上部が知らないわけはないでしょ」


「いろんな部が何度も追いかけては撃沈してるって」


「クラスであんまり喋んないらしいけど、ちょっとカッコいいよね」


 去年の校内マラソン大会、ぶっちぎりの第一位――(新聞部発行校内紙より)。


 運動部が欲しがるわけだ。さすがに今日はとっくに帰ってるだろうから、狙うとしたら週明け、各休み時間。タクに足止めを頼んでおこう。


 奇跡的にも、今日のうちに十一部長の記録を録ることができた。あさひ部長にメッセージを送ると、数分経ってから返事が来た。


『今、囲碁部部長と対局中』


 何やっとんだこの人。


『何人クリアしました?』


『無限の可能性を秘めた数と言っておこう』


 ゼロかい。言い出しっぺのくせにタク以下かい。


『もう、インタビューはわたしの方で何とかしますんで。部長は会場展示準備と印刷・製本担当ってことでお願いします。それと、部長リストに「帰宅部部長」を追加したいのでよろしくー』


 送信し、時刻を確認する。下校までに、あと一・二部長くらいいけるかもしれない。まだ活動してるその辺の部室をあたってみるか――


「あいつはダメだーーーーッ!!」


 かつてないスピードで部室ドアが悲鳴をあげる!


「ちょ、部長! ドア壊す気!?」


「あの男に新聞部がどれほどの損害を受けたか知らんのか! かつて度重なる取材を試みるも、ある者は全治一週間の身体ダメージを負い、ある者は懲罰を受ける事態となって精神ダメージを負い――ひとり、またひとりと部を去っていった――」


「筋肉痛と、学校の備品壊して反省文書かされたって話ですよね? 二人とも普通に引退したし。三年の先輩に聞いたし」


「とにかく、あいつは危険すぎる! まず捕まらない。やめた方がいい」


「理由はそれだけですか? 週明け、タク甲斐コンビと連携して包囲網を張ります。他の部長先輩方への取材も続けます。やらせてください」


 心血注いで作り上げた部誌が読まれるか読まれないか、これにかかっていると言ってもいいかもしれない。企画がヘボいまま終わったら、協力してくれた数多くの部長先輩方や甲斐センパイに申し訳ない。思いを込めて願い出ると、旭部長はふーっと小さく息を吐いて答えた。


「今日の取材分、データをすべて送ってくれ。月曜までに原稿を作っておく。表紙やレイアウトもこっちで考えるから、相田あいだ部員は明日体を休めて、月曜から取材一本に集中してくれればいい。方法は任せる」


「やっと有能司令官っぽいこと言いましたね、部長」


「俺に司令官は向かないよ。まあ、せいぜい後方支援部長ってとこだな」


 たった二人の新聞部。ここに来て、やっと役割分担が決定したのだった。



  ◇ ◇ ◇



「悪い、早夜さよ。俺は力になれそうにない……」


 月曜朝。早めに登校して部室で取材準備を始めていると、心底悔しそうな様子のタクが顔を見せた。


「折賀は文実(文化祭実行委員)やってんだ。放課後早く帰るために、朝も休み時間もめいっぱい仕事したいと言われた。そう言われちまったら引き止められねえ。文実に睨まれたら、俺が抱える五部活の危機だ」


「なんとか、一日一分でもいいから時間とってもらえない? 文実の仕事少し手伝ってもいい、ってことで」


「俺もお前も、どこにそんな時間あんだよ。それにやつの周りはクラス女子ががっちり囲んでて、うかつに近づけねえ」


「……ハーレム?」


「クラスの文化祭準備を仕切ってる女子集団。仕事ができるからって、そいつら折賀を頼みにしてんだよ。そこへお前が乗り込んでったりしたら、ちょっとした騒ぎになんぞ」


「ハーレムじゃないんなら、その人たちも企画に賛同してくれるはず。昼休みにダッシュで会いに行くから! タクはそれまで先輩を見張ってて!」


 昼休み前。終了チャイムと同時に、文字どおりダッシュで二年一組へ!


「折賀先輩失礼します! わたし、新聞」


 逃げられた。


 脱兎のごとく逃げられた。


「新聞」で逃げられるなんて、わたしは新聞の押し売り販売員かー!!



  ◇ ◇ ◇



 本当は教室前で張ってたかったけど、まだ二十人以上の部長インタビューを抱えている以上、そうもいかない。


 昼休みはインタビューに走る! 活動場所がはっきりしてる部から順番に、徹底的に。「失礼します!」


 タクは各部のラノベ推し部誌やラノベ風ポスターなど、あらゆるラノベ的活動に口を出す(口を出すだけ)。


 甲斐センパイは土曜にこさえた筋肉痛でヨロヨロしてる。「すまん、戦力外で……」


 旭部長は展示用の新聞を次々に作成している。部誌に合わせて、各部の過去のニュースをピックアップすることにしたらしい。


 映研は、まあ、相変わらずのバレバレ盗撮。かまってるヒマもないんでほっとく。


 放課後。折賀先輩は軽やかに身をひるがえし、先生が注意する間もないほどの神速で帰宅する(タク談)。


 甲斐センパイはまだヨロヨロしてる。「なんか、手伝う……」


 部長インタビュー。囲碁部部長と対局しながら話を聞き出し、バレー部にトスを上げながら話を聞き出し、合唱部で一曲歌いながら話を聞き出し、生物部でヘビを愛でながら話を聞き出す。……気がつくと旭部長と同じことやってる。


 そして――翌日・火曜日の、昼休み前。



  ◇ ◇ ◇



「タクッ!」「おう!」


 タクが両手を広げて立ちはだかるも、あっさりと身を捻りながらかわされる。


「甲斐ー! 行ったぞ!」「え、なに??」


 甲斐センパイ、ヨロけた瞬間肩に手をつかれて馬跳びの要領でかわされる。


「くそーダメか!」「あ! 部長!」


 そこに現れたのは旭部長!


「今こそ先輩方が成しえなかった貴様の取材を――ギャフッ!!」


 部長、勝手に足を滑らせてコケる。折賀先輩、ようやく足を止める。


「ったく……なんなんだ、あんたら」


 部長に手を差し出し、起き上がらせる。紳士。


 そのスキに、わたしは大急ぎで距離を詰めた。


「折賀先輩! どうかわたしたちの取材を受けてください!」


「断る」「なぜ!」


「部長じゃないから。それに忙しい」


 ぐぅの音も出ない……。


「そっ、それじゃあ、ひとつだけ! ひとつだけ、教えてください!」


 立ち去ろうとする背中を、必死に呼び止める。先輩が、少しだけ振り返ってわたしを見た。


「なぜ、いつもそんなに急いでいるんですか?」


 一呼吸分の間を置いたあとで、静かな答えが返ってきた。


「大切なものを、守りたいから。じゃあな」


 ……なにそれ……。


 全然わかんないんですけど……。なのに、なのにカッコいい……!


 小さくなっていく背中を見送るわたしの背後から、それぞれの思いが聞こえてくる。


「くそー、イケメンめ……」「えー、今の、結局なんだったの?」「眼鏡壊れた……」


「い、今の撮った!?」「撮った! バッチリ!」「で、でも相田さんけっこう動いたし、下手するとスカート……」


「――あんたたち」「わふッ!」「相田さん!」


「折賀先輩を映した部分は、決して作品として使わないこと。あとわたしのスカートの中映ってたらレコーダーごと破壊しに行くから。――じゃ、次、行くよ」


 わたしは次の取材に向けて走り出した。なぜだか、ほんの少しすがすがしい気持ちだった。


 JK新聞部員・相田早夜の戦いはまだまだ続く!

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