記憶が揺らぎ、記憶で揺らぐボーイミーツガール

 弱い少年と強い少女(あるいは弱くもない少年と、強くはない少女)の物語を、「記憶を譲る魔法」というギミックが掻き回すのだ。

 たとえば、私達の記憶の中の景色や感情は、自分に何度も言い聞かせたり、他人に何度も言い聞かされたりすれば上書きされて歪んでしまうことはある。
 そうあれ、そうあらねばと思えば、信じ込むことはできる。

 しかし、魔法を使えば一瞬で、跡形もなく、記憶は消えてしまう。

 魔法で譲った記憶は、元の持ち主には忘れられて、別のそれらしい記憶に置き換えられてしまう。
 譲った者はどんな記憶を譲ったのかも忘れてしまうし、やりようによっては、忘れたことすら忘れてしまう。
 それどころか、この世界では「忘れたい」と思った記憶を知らない内に奪われることもある。

 誰がいつ、何を忘れたのかも判らなくなるし、今ある記憶も疑わしくなる。

 自己同一性や人格の土台になるはずの「記憶」、それが揺らぐ環境で、少年少女は何を信じ、軸にするのか。
 そんなことを考えさせるファンタジー。

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