現の悪魔(うつつのあくま)

猫犬鼠子

第一部 現の悪魔 上

第一章 異質な少年

第1話 魔法さえ使えれば

 魔法まほうを使うのは簡単かんたんだ。


 なん資格しかく免許めんきょらない。


 生まれてまだもないあかぼうのうちに、

 

 国のまつりごとである収穫祭しゅうかくさいの日に、


 王都おうとにある神殿しんでん洗礼せんれいけるだけ。


 それだけで、使 えるようになる。


 だれでも使える。

 

  のに、


  れなのに、


 少年 は魔法が使えなかった。


 理由 は一つ。


 両親りょうしんが王都にれて行ってくれなかったから。



 ―――――――――――――――――――



 一粒ひとつぶ二粒ふたつぶと、大玉おおだまあせが少年の手からこぼれ落ち、たったいまったばかりのまき らした。水滴すいてきはすぐに薪にまれ、そのあとのこらない。少年は、ひたいのあたりに手を持っていくと、あせでへばりついた木くずをはがした。

 十……二十……三十。もう何度、かえしたろうか。少年は、このわりえのない作業さぎょうきしていた。カコン、というかわいた音があたりにひび間隔かんかくは、だんだん長くなっていく。これでは、すわり込んだり、手をパタパタさせてあおいだりする合間あいまに、薪割まきわりをしているようにしか えなかった。

 いつまでこんなことを ければいいのだろう。

 こんなことに意味いみはあるのだろうか。

  

 ――ああ、魔法まほうならすぐにわるのに。

  

 そう考えるたびに少年は、両親りょうしんのことをひどうらむのであった。

 少年は両親の顔を知らない。物心ものごころついたときにはすでに、両親はいなくなった後だった。夜逃よにげか、もしくはちか。両親の行先いきさきも、行方不明ゆくえふめいの理由も、少年には分からない。ただ、自分の両親が、無責任むせきにんな大人だったということぐらいは、少年は自身がかれた境遇きょうぐうからなんとなくさっしている。

 子どもをあいしてやまない親なら、一歳いっさいにもたぬが子をりにして、平気へいきなわけがないだろ 

 思うに、少年は『親くじ』で大外おおはずれを引いたせいで、一切 魔法をあつかえぬ、こんな不自由ふじゆうな身体になってしまったのだ。たとえ、そうするより仕方のない、とても深い事情じじょうがあったのだとしても、説明せつめい一つないままに消えてしまった両親のことを、少年は一生、ゆるせる気がしなかった。

―――――――――003 ―――――――――

 不平不満ふへいふまんを一人、どことなくつぶやきながらも、全部ぜんぶで五十本はあったまきり終わると、退屈たいくつな時間は突然とつぜん終わった。少年が仕事を終えたことを村長につたえるよりも早く、青いひげを生やした初老しょろうの男性が、少年の後ろにあらわれる。

 やってきたのではない。音もなくその場に突然現れたのだ。真実しんじつがどうであれ、少なくとも少年 はそう思ってい 

薪割まきわりが、そんなにいやかね?」

 男性だんせいは、少年が男性の存在そんざいに気づくと同時に話しかけた。

「いつから てたんですか?」

 少年は顔をあからめる。

「いや、いまたところじゃよ」

 男性は、いた声で答えた。

「……また、お得意とくい魔法まほうですか?」

 少年は、あきらかに不貞腐 ふてくされていた。男性は、少年の言葉ことばにやれやれと首をふる。

魔法まほうとは、そんなに便利べんりなものではないがのう。お前さんも早くわかってくれればいいのじゃが……魔法が使 えるからと言って、いことはあまりないと。その不揃ふぞろいな大きさのまきの山を見れば、だれでもわかるわい。それこそ、魔法が使 えぬお前さんでも 

―――――――――004 ―――――――――

 少年は、さらに顔をあからめたままだまった。

 初老しょろう男性だんせい、いや村長そんちょうと話していると、すべてを見透みすかされているような気分になる。 いことをしてはやさしくさとされていた、幼児ようじだったころの気分になるのだ。村長の言葉 はいつだってまとていて、なにか少年をあやまらなければいけないような気持ちにさせる があった。

 ――ぼく の人と同じように出来ないのは、全部ぜんぶ魔法が使えないせいなのに。魔法さえ使えれば、僕だって人のやくに立てるのに。

 少年は、これ以上村長と い続けることは出来ないと感じた。そこで、小さな声で村長に、 びに行ってもいいか、とたずねると、その返事 も聞かぬまま森の方へとけだしていった。

「……ルーツ 

 村長はさびしそうにそうつぶやくと、力なくかたを落とし、家の中へと えていく。ガックリと項垂 うなだれた首と、丸まり始めた背中せなかが、苦悩くのうと、ごしてきた歳月さいげつの長さを物語ものがたってい 


―――――――――005 ―――――――――

 森の方へとけだしたルーツは、途中とちゅういきを切らして立ち止まった。少し走っただけなのに、すぐに息が上がってしまう。朝からばんまで駆け回っていても、まだ元気があまっている、他の子どもたちとは大違おおちがいだ。これではたとえ、薪割まきわりを言いつけられていなくても、一緒いっしょ ぶことは出来ないだろう。

 ルーツはいつもひとりぼっちでいる理由を、体質たいしつのせいだと考え、あきらめていた。ひまさえあればつねに二、三人以上でかたまって、たのに話している他の子どもたちのことを思い、気を落としながらとぼとぼ歩く。向かっているのはいつもの場所ばしょ。森のはずれだっ 

  れ、と言っても、ひらけた場所があるわけではない。ルーツが住んでいる村――エルト村は、ぐるりと森に四方しほうかこまれている。村を取り囲む森は、外見がいけんでは区別くべつがつかないのだが、二種類にしゅるいあった。

 一つは大人たちがりをする時によくおとずれる、けものが多く生息せいそくしている森で、もう一つが、獣もりつかないため村の大人もあまり行かない暗い森。村の住民にとって、恩恵おんけいをもたらしてくれる森は村の半分を取り囲んでいるにぎないので、その恩恵のある森と無い森の境目さかいめを、エルト村では森の外れと呼んでいたのである。

 普段ふだんなら、その場所に、ルーツ以外の子どもがることはない。しかし、今日は様子 ちがっていた。

―――――――――006 ―――――――――

 先ほど走ったせいで、まだ少しいたむねのあたりをさえながら、お気に入りの場所ばしょの近くまでやってくると、三人ほどの先客せんきゃくるのが目にまる。相手あいてはルーツがづく前からこちらの姿すがたとらえていたようで、なか陣取じんどっていた男は、すでにルーツの方へと大股おおまたで歩き出していた。

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