第2話 本当のことを指摘されるのは何より辛い

「よう、ルーツ。薪割まきわりはもういいのかい?」

 にやにやしながらこちらに向かって歩いてくる男はリカルドだ。村のわかしゅうをまとめている、カルロスさんのところの長男坊ちょうなんぼう。村の中では何をやらせても優秀ゆうしゅうだと言われているし、かれている。その証拠しょうこに、雑貨屋ざっかやのオーバットさんは、ルーツが買い物をするときはピラーの一つに豆緑貨まめりょっか三枚も取るくせに、リカルドにはただであげるの 

「……リカルド 

 ルーツがくちびるみながら言うのを見て、リカルドはますます深いみをかべ 

 リカルドは、ほとんどのことでは優秀ゆうしゅうなのかもしれないが、人柄ひとがらまで完璧かんぺきとはいかないようで、何かにつけてルーツにっかかってくる。自分の方が何もかもすぐれていると分かってるくせに。しかも、ルーツがほうっておいてしいと思っている時にかぎってあらわれるのが、リカルドのたちわるいところだった。

―――――――――007 ―――――――――

「なんだ、うらやましいのか。君は薪割まきわりさせてもらったことないもんな」

 ルーツは精一杯せいいっぱい虚勢きょせいった。リカルドは、他人をかせばそれで満足まんぞくするやつだと、ルーツは知っていたが、かれの中にあるなけなしのプライドが、大人しく引き下がることをしとしなかった。

「おーう、みんな。あんな古臭ふるくさいこと――薪割りなんてやりたいと思うかい? まあ、ぼくらがやってもすぐに終わっちゃうからやりがいがいけどね。まさか、ルーツ。あんな簡単かんたんなことに朝から昼までかかったりなんかしないだろう?」

 リカルドは、すぐにルーツをあおかえして見せる。いつも何人かでかたまってしゃべっていると、そんな話し方も自然しぜんと身に着くのだろうか。長いこと考えて、頭の中で整理せいりしてからでないといたことを言えないルーツは、口をギュッとかたむすび、ただだまりこくっていることしか出来なかっ 

 ルーツが言葉ことばさがしている間に、リカルドはさらなる追撃ついげきをしてみせる。

「そういえばルーツ。ぼく、今日おとうさんにりをおそわったんだ。本当は十二さいにならないとれて行ってもらえないんだけどね。僕が良く出来るから特別とくべつにって。いや~楽しかったなあ。かなり危険きけんだって聞いてたんだけど。

 思っていたよりけものってずっとにぶいし、地面に見えているわなには引っかかるし、単純たんじゅんな行動しかしないし……本当に見ててあわれになるくらいだったよ、獣って。僕があんなのに生まれたら、ずかしくて今すぐ自殺じさつするね。何故なぜ、十二歳になるまで狩りが禁止きんしされているのか、ますます分からなくなったよ。あんなの、六歳くらいの子どもにも出来 るんじゃないか? なあ、二人とも」

―――――――――008 ―――――――――

 リカルドは、後ろで様子ようすうかがっていた二人を、急にかえって見た。二人は即座そくざうなずく。その様子をしばしながめた後、リカルドはいままでで一番ニヤついた顔でルーツに った。

「ところで、ルーツ。けものってどんな生き物だったっけ? 教えてくれよ、ぼくわすれしちゃってさあ。たしか――」

魔法まほう使つかえない――体内たいないに『魔素まそ』がながれていない存在そんざいのことだ」

 ルーツは、リカルドの下手へたくそな芝居しばいさえぎって答えた。何を言いたいのかは分かっている。早くどこかに行って――目の前から消えてしかった。

流石さすが、ルーツ君だ。自分のこととなると……おっと間違まちがい、どんなことでもく知ってる。ところで君って両親りょうしんの顔、おぼえてる? 一度でも見たことあるかなあ」

 リカルドは、わざとらしく首をかしげる。

「……ない 

 ルーツは え入りそうな声で答えた。

 リカルドのみは、ますますくなってい 

「僕、ずっと考えてたんだけどさあ。君って魔素まそが体に流れてないんだろう。そして、両親も行方ゆくえが分からない。村長そんちょうは人がすぎるから温情おんじょうで君をやしなっているけど……、手塩てしおにかけてそだて上げた子は、薪割まきわり一つもまともにできず、挙句あげくてにあきれられる始末しまつ

―――――――――009 ―――――――――

 最後さいご言葉ことばに、ルーツは耳たぶまでになった。

 三人は最初さいしょからここにいたのではない。最近さいきんルーツは薪割まきわりばかりさせられているから、リカルドは憶測おくそくものかたっているのだろうと思っていたが、この分だとちがう。

 ルーツが薪割りをしながら不平不満ふへいふまんを言っているところや、村長そんちょうあきれられているところまで、三人は全部ぜんぶどこかで見ていて、そのうえで走るのがおそいルーツの先回りをして、ここで偶然ぐうぜんあそんでいたふりをしていたのだ。

 何か反論はんろんしたかったが、ルーツの口はにかけの魚のようにひらいたりじたりをかえすだけで、何のおとはっしてくれなかった。

「いや、見ていたわけではないよ。ぼくはお得意とくい魔法まほうとやらも使つかってないしね。それに僕は、そんなことを言いにたんじゃない。ルーツ。僕が何を言いたいか、君に分かるか ?」

 リカルドはつづける。ルーツは、にんまりとしたリカルドの顔を見ないように下をいたまま、りょうをギュっとにぎった。

 ――えなければならない。耐えるんだ。リカルドは僕が攻撃こうげきしてくるのをっている。そうにちがいない。そうすればリカルドは、攻撃されたという名分めいぶんで、過剰かじょう反撃はんげきができるようになるのだから。次の台詞せりふは、大方おおかた見当けんとうがついている。いつものこと 

―――――――――010 ―――――――――

 が、ルーツのてははずれた。

「まさか、ルーツ。へん勘繰かんぐりをしてるんじゃないだろうね。君のことをけものばわりするつもりはない 

 普段ふだんちがうリカルドの言動に、ルーツは困惑こんわくする。

「だって、この は……」

 それもそのはず。この だけではない。その前も、そのまた前も、リカルドはルーツに会うたびに、ルーツが魔法まほう使つかえないことをいに出して、君は獣なんじゃないかと、森を徘徊はいかいしている方がお似合にあいだと、ネチッこく馬鹿ばかにしつづけてきたのだから。今更いまさらそんなことを言われても、何かうらがあるのだろうと思うだけだった。

「いやいや、とんだ誤解ごかいだよ、ルーツ。君が自分のことをどう思ってるかは知らないけど、少なくともぼくは、君のこと。獣だなんて思ったことが無い。前に言ったのは、ほんの冗談じょうだんさ。友だち同士どうし軽口かるくちを、けないでくれよ。それに今、君と僕とでは言葉ことばつうじてるじゃないか。会話が出来ている。獣が僕らの言葉を話せるかい? 出来ないだろう。だから は、獣なんかじゃない。獣と言うよりはむし ……」

 心にもい、と顔の前で手をって否定ひていするリカルドを、ルーツはしばらく、いぶかに見ていた。が、その直後、あることにおもあたり、青ざめる。こと、というより言葉ことばというのが適切てきせつか。リカルドがわんとしている言葉。それは、けっして人前ひとまえでは口に出さぬよう、村長そんちょうが村の人々ひとびとみなによく言い聞かせている、いわば禁句きんくだった。

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 けものばわりされる分にはまだいい。もちろん、言われていい気はしないが、冗談じょうだん半分にからかわれているのだとながせる。森にんでいる四本足よんほんあしの毛むくじゃらと同じあつかいをされたところで、今さっき、リカルドが白状はくじょうしたように、どうせ相手あいて本気ほんきで言っているわけじゃない。

 毎日毎日つきまとわれ、わらいものにされることに、いい加減かげんウンザリしていたものの、自分が獣とはても似つかない見た目をしている以上、ルーツはたとえ、この場で獣とさげすまれようと、悪い冗談だと自らに言い聞かせることで、何とか自分をおさえることが出来 たろう。

 だが ――、

「やめろ、それ以上いじょう言うな! それ以上言うと……」

 本当のことを指摘してきされるのは何よりつらい。

 ルーツは顔を上げて、リカルドをにらみつけた。意外いがいなことにリカルドは、もう先ほどのように笑っておらず、無機質むきしつ表情ひょうじょうでルーツを見返みかえしていた。

「それ以上 言うとなんだい?」

「それ以上 言うと……」

なぐる、とでもいうのか?」

 ルーツはまたくちびるんだ。つよく噛みしめすぎたせいか少しにじみ、口の中がピリピリといたむ。

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 なぐっててる相手あいてじゃない。だけどそれ以上に、次のセリフは言われたくなかった。魔法まほう使つかえないという事実じじつならんで、ルーツに劣等感れっとうかんおぼえさせている大きな要因よういん外見がいけんのことを、リカルドは指摘してきするつもりなのだ。

「……殴るだけじゃまさないぞ、リカルド」

 ルーツは、リカルドの言葉ことばっかるふりをした。どうかリカルドが引いてくれますように。おねがい、怖気おじけづいて――。

 だが、ルーツの願いむなしく、リカルドは鼻で笑っただけだった。

「ほう、こわいな。だが、それなら好都合こうつごうだ。ちょうど、君の本性ほんしょうが知りたいとこだったんだ。 って――」

「やめろ、リカルド 

「いや、やめない。君って『人間にんげん』だろ。量産型りょうさんがた欠陥けっかん種族しゅぞく

 そう言いながらリカルドは、おしりの付け根の辺りにえている、『あざやかな水色をした大きな尻尾しっぽ』をゆさゆさとった。

「力も弱けりゃ、みんな同じような体つきをしているから、二人ならべばどっちがどっちかわかりゃしない。えのやつら――」

「おい、リカルド。まずいんじゃないか。人前ひとまえでそんなこと言っちゃ、村長そんちょう ……」

 うでと足全体ぜんたいかたうろこをまとった、おとものうちの一人が、声をひそめて忠告ちゅうこくするが、リカルドは意にもかいさず、にやりと う。

―――――――――013 ―――――――――

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