第3話 特別扱い

たしかに。人間にんげん、なんて言葉ことばを、人前ひとまえで言うのはよろしくない。人間にているなんて、たとえ嘘でも言われた日にゃ、ぼくでもきたくなるからね。だが、考えてもみろ。コイツらはヒトじゃない。人間だ。目立った特徴とくちょうも自分だけの個性こせいいから、きずでもつけなきゃどの個体こたい見分みわけがつかない。けものと同じさ。獣の前で人間って連呼れんこする分には、何回口に出そうが人の前で言ったことにはならない。そうだろ ?」

ちがう!」

「いいや、何も間違まちがっちゃいないね」

 ルーツは反射的はんしゃてきに言いかえしたが、リカルドの表情ひょうじょうくずれなかった。

「僕だって、両親りょうしんがちゃんとしてくれていたら、いまごろ、君よりも立派りっぱ尻尾しっぽを持ってたはずなんだ。神殿しんでんに行けてさえいれば――」

「なんだい、それは 

 いじけた様子ようす伏目ふしめがちにボソボソ言うルーツを見て、リカルドはあきれた顔で耳をほじってい 

「村長から新しい知恵ぢえでももらったのかい? いい加減かげんみとめろよ。自分の両親が人間だってこと。神殿でさずかるのは、魔法まほうを使う力だけだ。コイツは、まれながらにしていている物。後からひょろっとえてきたわけじゃない。

 ルーツ。君は人間だから、うろこも、羽も、尻尾も何も生えていないんだ。固有こゆうの特徴を一つとして持っていない。それこそが僕と君とで種族しゅぞくちがう、何よりの証拠しょうこさ。両親をにくむなら、りにされたことじゃなくて、このに人間としてとされたことをうらむんだな」

―――――――――014 ―――――――――

 リカルドの言葉ことばは、ルーツの頭の中でワンワンと反響はんきょうした。

見方みかたによっちゃあ、けものの方がまだマシだよ。あいつら、頭はわるいが、力は強いからなあ。それだって立派りっぱ個性こせい特徴とくちょうだ。ぼくだって、君が一つでもすぐれている特徴を持ち合わせていれば、何も言わなかったし、ほかっておいた 

 だが君は、力も弱けりゃ、魔法 も使えない。これで、この先どうやって生きていくって言うんだ? 一生、村長そんちょうすねをかじって、村長そんちょうんだらほかの人に――だれかに寄生きせいして生きるのかい?」

 否定ひていしたいが、言葉ことばが出てこない。まるで大きなしこりが出来たみたいに、声はのどっかかり、ルーツはかわいたくちびるをただふるわせていた。

「この村の大人は親切しんせつだ。君一人のためにあたまなやまして――親切すぎる。おんぶにっこでりかかられているのに、本人が他とのめようと頑張がんばってるならって、不平ふへい一つ言いやしない。いさめることすら、しやしない。なまけ者が増長ぞうちょうするわけ 

 だが、いいか、僕は村長とはちがう。絶対ぜったいに、君を優遇ゆうぐうしたりしない。そして生憎あいにく、他の村人たちとちがって我慢がまんづよくもない。りもしないびしろを期待きたいして、異質いしつな何かのために、毎日不愉快ふゆかいな思いをするなんて、もううんざりなんだよ」

 リカルドは、白いでルーツを見ていた。大人たちに贔屓ひいき目に見られているのはリカルドの方だろうと、ルーツは歯噛はがみする。が、口には出せない。にくらしい、とは思っていても、ばいになってかえってくることがこわくて、言い返せなかっ 

―――――――――015 ―――――――――

だれが何と言おうと、特別とくべつあつかいされているのは、ルーツ。君の方だ。けてもいい。ちがうって言うなら、一度、とうさんの日課にっかをこなしてみろよ。君、過労かろうでぶったおれるぜ。もしかしたらそのままぬかもな。薪割まきわりだけで、不平ふへいを言うやつのことだ。

 今はいい。まだ子どもでられるから。だが、五年後、もしくは十年後、ぼくらのだいが、村の中心をになうようになった時、君のしわせはぼくらに行くんだ。そうならないうち ……」

 リカルドは、少しいた後、せきを切ったように今までこらえてきた思いをぶちまけ 

「出て行ってくれないかなあ、僕らがんでいる村から。人間にんげんは人間だけでらしてくれないか? そういった村も、中にはあるんだろう? 村長そんちょうは、のひらにわずかばかりのうろこいているだけだから君に同情的どうじょうてきなのかもしれないけれど、はたから見たらあまり目にいものじゃないんだよ。はるかに力が弱い君には、みんな配慮はいりょしないといけないし、僕らもあそびにくいんだ」

 ルーツには、リカルドの言った『僕ら』という言葉が、どこまでの範囲はんいしているのか分からなかった。しかし考えてみると、たしかに、村内でめんかって人間であることを指摘してきされた経験けいけんは一度だってない。そんなことに気がつく。それこそ、自分より かに小さな子どもにも。

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 ママぁ、あのおにいちゃん。ぼくたちと何か違うよ。うろこも羽もなあんにもついてな 


 なんて、無垢むくな子どもなら言ってしまいそうなものなのに。思いかえしてもリカルド以外にはだれからも、そんな心無こころな言葉ことばをかけられた記憶きおくがない。

「ほら、かえってみれば分かるだろう? みんな君をけているんじゃなくて、君をきずつけないように気を使つかっているのさ。僕以外はね。村中の家が、言葉を教えるのと同時に、君に対する配慮はいりょの仕方を子ども連中れんちゅうに教える。村長そんちょうのおたっしだ。いくらいや規則きそくでも、この村に住むかぎしたがわないわけにはいかない。だから僕は言っているんだ。自分から、村人みんなのために出て ってくれとね」

 リカルドが言っているのはいつもの嫌がらせだ。ルーツは必死ひっしに、そう思いもうとしていた。だが、リカルドの顔からは、いつものニヤけた表情ひょうじょうがすっかり消えていた。もっと笑ってくれればいいのに。そうしたら冗談じょうだんを言っているってことがはっきりわかるのに。ルーツはそう った。

「ルーツ、僕をなぐらなくていいのかい? こんなに言われているのに、人間にんげんってのは感情かんじょうも無いのかい?」

 リカルドの声の調子ちょうしがまたあお口調くちょうもどる。その言葉にられて、ルーツはいまさらながらリカルドに りかかった。

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 おかしなタイミングだった。自分でも、もう何におこっているのか分からなかった。なぐると同時に口からでる言葉ことばも、ウワァとかアアとか意味いみさないものばかりで、自分が本当にけもの以下の存在そんざいになったように感じてしまう。

 ルーツは自分で自分のことをきらいになり始めていた。

 なか自暴自棄じぼうじきになったルーツの動きに、リカルドはすぐに対応たいおうした。リカルドをまもろうと先をあらそって前に出ようとする、おきの二人を静止せいしさせると、前のめりになって必死ひっしうでき出すルーツのふところもぐみ、はらのあたりに一回突きを入れる。

 それだけ、たったそれだけのことでルーツの世界せかいはぐるりと回り、次の瞬間しゅんかんにはかたい地面の上にもんどりうってたおれこんでいた。

「なあ、ルーツ。もっとつよくなってくれよ」

 昼に食べた魚がせりあがってきて、左手で口元くちもとおさえるルーツのそばに、リカルドは両足を広げ、しゃがみ む。

「君、最近さいきん薪割まきわりとかしてるから、少しは力がついたのかと思っていたのに……。これじゃあ、ぼくが君に攻撃こうげきされて怪我けがしたとか言っても、だれしんじてくれないままじゃないか。あの手この手をくしても全然ぜんぜん思うようにいかないし、このままだと、君を村から い出す前に僕が追い出されかねないよ。もう少し何とかならないのかな 

 言っていることは無茶苦茶むちゃくちゃで、言葉一つ一つにもルーツにたいする強い嫌悪感けんおかんが表れているが、リカルドは、ルーツのことを心底しんそこ同情どうじょうした目でながめていた。

―――――――――018 ―――――――――

「いや、本当にぼく間違まちがっていたのかなあ。僕はあんな規則きそくぴらなんだけど。たしかに君ときたら、他の村に辿たどり着く前にんじゃいそうだしなあ。村から出て行け、なんて、 ねって言っているようなものかもしれないと思えてきたよ」

 気のどくそうなしゃべり方のせいで、余計よけいみじめな気分にさせられる。だけど、ませることだけがねらいならどんなにいいことか。

 ルーツが立ち上がるのをってから、リカルドとそのおとも二人はっていった。いや、正確せいかくにはお供の方が先に帰り、その後でリカルドが帰っていったのだが。

なぐっておいて言うのもなんだけど、あの二人がいたことは内緒ないしょにしておいてくれないか? 村長 に言うなら僕一人のことだけにしてくれ。ほら、あの二人は何もしてない 

 リカルドはぎわにそんなことを言った。虫のいい話と思うよりも、村長に逐一ちくいち報告ほうこくしていると思われていることへのずかしさが先に立った。

 ――僕は大人に言いつけることでしか、抵抗ていこうできないやつだと思われている。

 コクリとうなずくことしかできない自分が、なさけなかった。

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