第4話 持たざる者

 三人がなくなり、森に静寂せいじゃくもどると、ルーツは身体からだの力をき、その場にごろんと寝転ねころがった。名もない草が背中せなかにチクチクとさったが、気にも止まらなかった。

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 ぼく人間にんげんだ。

 もちろんルーツはそのことを知っているし、しんじてもいる。しかし、この村の住人じゅうにんすべ人間にんげんではなかった。

 先ほどのリカルドは見事な水色の尻尾しっぽを持っているし、後ろにいた二人はうでと足に、生半可なまはんか刃物はものくらいなら一切いっさい通しそうにないかたうろこを持っている。息子むすことはちがい、だれにだってやさしいカルロスさんとそのつまのアーリーさんだって、遠くの音をなんでも き分けられる、ふさふさとした大きな耳を持っていた。

 何も持っていないのはぼくだけだ。

 ルーツは に、リカルドに『持たざる者』と言われたことを思い出した。それは他人とことなる器官きかんを何も持たないことと、魔素まそが体内に流れていないことを一つにまとめた蔑称べっしょうだった。

 ――村長は、僕をった理由をなんと言っていただろうか。

 たしか――、ルーツの両親りょうしんはルーツをんだ後、収穫祭しゅうかくさいの四日前、王都おうとかって旅立たびだつ数時間前にきゅう姿すがたが見えなくなった。そう ったはずだ。

 子どものき声がまないという隣人りんじん苦情くじょうから、暗い部屋へやの中で一人のこされ泣いているルーツが見つかったのは、もうけた頃で。手はくしたのだが王都行きの乗り物の出発しゅっぱつ時刻じこくにはどうしても間に合わず、君は魔法まほう使つかえない身体からだになってしまった 

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 村長そんちょうはことのあらましをルーツにつたえた後、呆然ぼうぜんとするルーツの前で何度も何度もあやまっていた。必死ひっしに頭を下げる村長を罵倒ばとうし、あばれ、そしてその場できじゃくる。そんなルーツの前で、弁解べんかい一つせず、ずっと謝りつづけていた。わるいのは村長じゃないのに―― 

 ルーツは当然とうぜん両親りょうしんうらんでいた。だが、かれらはその場にいなかった。顔も知らない者を怒鳴どなりつけることはできない。だから両親のわりとして、ルーツは見失みうしなったいかりを村長にぶつけたのだ。

 しかし、村長をいくらてたところでルーツの心から、怒り、そして戸惑とまどいの感情かんじょうは消えてくれなかった。

 村長は、事実じじつこそ話してくれたものの、両親がなくなった根本的こんぽんてき原因げんいん動機どうき、両親の人柄ひとがら、そして両親の名前さえもがんとして語ろうとしない。ルーツがたずねると、顔を強張こわばらせ、自室じしつに引きこもってしまう。自分の両親が、何故なぜ子どもを見捨みすてるなどという暴挙ぼうきょに出たのか、ルーツはいまだに何も知らないままだった。

 人間にんげんでない両親から人間のルーツが生まれたなんて考えにくい。だから――リカルドの言う通りなのはくやしいけれど、ルーツが恨んでいる両親も人間であるはずだ。だが、かりに人間だとして、二人は本当にこの村でらしていたのだろうか? 体も弱くて、配慮はいりょされねば生きていけないと言われる人間が? 

 悔しさで少しにじんだルーツの視界しかいに、んだ青空がうつった。今日も昨日きのうと同じ。まれそうなほど何もない青い空だった。

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 ルーツは仰向あおむけになって、綺麗きれいな空をぼんやりながめながら横になっていた。薪割まきわりをしている時は気がつかなかったが、どうやら今日は少し風がいていたらしく、その風に乗って村の方から和気わきあいあいとした声がひびいてくる。そんな声を聞きながら、ただひたすらに になっていた。


 ルーツはねむっているようだった。目のまわりに、なみだあとのようにも見える線が一本のこっているところを見ると、おおかたつかれてしまったのだろう。かれが眠っているあいだに、風は少しずつ強くなっていき、子どもたちがおなかかせて家に帰る時間になると、だいの大人でも立っていられないようなつよい風にわっていた。

 風はゴウゴウと音を立て、樹齢じゅれい何百年とも知れぬ大木たいぼくをゆさゆさとらしている。その時になって、彼ははじめてパッチリと目をけた。眠りんでしまったことに戸惑とまど様子ようすはどこにもなく、(もちろん強風きょうふうのせいで立つことすらままなっていないのだが)彼はどういうわけか、この を楽しんでいるようだった。

 彼は手足を動かして、いつくばるようにしながら、森の方へとゆっくりすすんでいく。森の中までると、遮蔽物しゃへいぶつが多いせいか、少しだけ風がよわまり、彼はなんとかはらばいの状態じょうたいから地面じめんすわり込むように体勢たいせいを変えることができ 

 体を丸めて、吹きつける風をしのぐそのさまは、はたから見れば、家に帰れなくなってしまった可哀かわいそうな子どもにしか見えないのだが、とうの本人は少しも苦には感じていないらしい。まるで、何か楽しいことをっている時のように、りょうの目には光が宿やどってい 

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「夜がた」

 ルーツは、風の中でそうつぶやいた。その声にかさなるようにして、ルーツをばさんばかりにくるっていたあたりの風はすっかりやみ、先ほどまで青々あおあおとしていた空は一瞬いっしゅんのちに黒にめられる。

 自分の姿すがたも、ろくに見えず、どこに何があるのかもわからない。空の色がうつわって二、三秒のあいだは、ルーツの視界しかいはそんな状態じょうたいであったが、時間がつにつれて、まわりの景色けしきふたたび色をもどしていた。

「ウオオォォ 

 やみがあたりに広がるとともに、風がうなるような声がひびいてきた。ルーツの近くからだった。が、ルーツは少しもおびえていない。それどころか、ルーツは近くの木のみきを、一定いっていのリズムで何度もこつこつとつめ小突こづいていた。

 自分の居場所いばしょを知らせる合図あいず。それはどこか、そんなふうにも見え 

 少しの間もなく、森にはもう一つ。ルーツがたてる に重なるようにして、ガサガサというこすれるかすかな音が、響きつつあった。耳にとどく音だけで森にひそむ者の正体しょうたい見極みきわめることはむずかしい。が、こちらにせまりくる速さから考えるに、その正体が人でないことだけはたしかだろう。

 ほんの一瞬、音の出どころを見失みうしなったかと思うと、つぎ瞬間しゅんかんには体一つ分ほどしかはなれていないしげみのあたりで音がして、何かが暗がりにかくれていることをルーツの耳につたえてく 

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 ガサガサ音のぬしは、それから数秒、じっといきひそめていたが、一呼吸ひとこきゅうのちしげみの中から大きな茶色の三角耳さんかくみみさせた。耳の形はリカルドの両親りょうしんのものと非常ひじょうによくていたが、つぎに茂みの中から出てきた部分ぶぶんは、エルト村のどの住人じゅうにんとも つかない、気高けだか意志いしを感じさせる野生やせい気配けはいびている。

 薄茶色うすちゃいろにところどころあざやかな赤色がじった見事な毛並けなみ。口をじていてもわずかに見えかくれする少し黄ばんだ歯。

 おおかみ。ルーツが持っている知識ちしきだけで端的たんてき表現ひょうげんすると、そういうことになるのだろうか。正確せいかくには、エルト村、そして付近ふきん村々むらむらでクシーヴとばれている狼の一種いっしゅなのだが、学問がくもんうといルーツには、この動物がなんと呼ばれているかということさえわからなかっ 

 しかし今、ルーツをじっと見つめている生き物が、リカルドがさげすんでいた、そして日常的にちじょうてきりの標的ひょうてきとなっているけものであることはたしかであった。

「サーズ、ごめんね。長いこと会いになくて。村長そんちょうが、夜中に出歩くのは駄目だめって、外に してくれなかったんだよ」

 不思議ふしぎなことに、ルーツは赤茶色あかちゃいろの狼にかって話しかけていた。返事へんじ当然とうぜんもどってこない。ただ、サーズと呼ばれたその狼は、人の言葉ことばあやつることはかったものの、ルーツの言葉に合わせてこうべれると、まるで愛玩あいがん動物のようなごえを出し 

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 便宜べんぎ上、クシーヴという名で分類ぶんるいされているこのおおかみ肉食種にくしょくしゅだ。大きく成長せいちょうした犬歯けんし発達はったつしたあご筋肉きんにくが、その事実じじつをよりたしかなものにしている。人の子であるルーツは、クシーヴにとって、今晩こんばんの主食になるような美味おいしい食料しょくりょうであるはずなのだが、この狼は一切いっさいルーツにおそいかかろうとするような素振そぶりを見せなかった。

 元来がんらいれで行動するはずの狼が、一匹いっぴきだけで、元来仲間なかまともりをする人一人と仲睦なかむつまじい様子ようすごしている。奇妙きみょうな空間が、そこにはあった。

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