4.討伐志願

 町長の家はルイムの町にある一般住宅の中でも特に大きな屋敷だった。

 入り口に構えられた小さな門には、掲示板にあったものと同じ貼り紙が数枚貼られている。

 門をくぐり抜けた先にある扉をマルスが軽く叩くと、中からこの家の使用人であろう四十代くらいの女が出てきた。


「おや? 坊や達、何の用だい?」


「えーっとですね……」


 町長というマルスの中ではそれなりに偉い人の家を訪れ、彼は僅かに緊張してどのような話し方で何から話せばいいのか分からなくなり、言葉を詰まらせてしまう。


「掲示板で魔物退治に関する貼り紙を見て来た者ですが」


 言葉を詰まらせるマルスに代わって、咄嗟にアイクが彼の横に進み出て話を繋ぐ。

 アイクに心の中で感謝しつつ、マルスは半歩ほど下がって彼の言葉に相槌を打ちながら事の成り行きを見ていた。


「まあ! 坊や達が魔物退治に名乗りを上げるってのかい!?」


「はい。そのつもりで来ました」


 アイクの返答に、女は目を見開いて驚いた顔をする。

 町中を困らせている魔物を退治する、と言ってやって来たのがまだ年端も行かぬような子どもであれば、驚くのは当然だった。


「……でもねぇ……あの魔物を坊や達なんかに倒せるのかい? この町の手練れの連中でも手に負えなかったような奴だよ?」


 どこか見くびるような口調で言う女の態度に、三人は少し顔をしかめた。

 彼女なりの心配ではあったのだが、どうにもその言い方が三人の心に引っ掛かってしまう。


「そんなの、やってみなきゃ分かんないよ!」


 彼女の言う事が正論であると頭では分かっていながらも、彼女の物言いが気に入らなかったマルスが感情を露にし、強気に一歩前に出てそう言い返す。

 先程よりも半歩近づいてきたマルスに、女は思わず狼狽えるように後退った。


 何とも険悪な雰囲気が漂い出し、どうにか場を丸く収めようとアイクが口を開きかけたその時、ふとその空気に切れ込みを入れるように家の扉が開く音がした。

 その音に三人と女は一斉に扉の方に目をやる。


「一体、何の騒ぎだい?」


 家の中から出てきたのは、目の前の女や先程話した男よりも良い身なりをした一人の男だった。

 優しげな眼差しをした三十代ほどの細身の男は、マルス達三人と女を交互に見る。


「旦那様! 実はこの坊や達が例の魔物退治に志願したいと……」


 困ったように眉尻を下げながら、女は出てきた男に事情を説明する。

 彼女の態度と「旦那様」という呼び方からして、恐らくこの男こそがルイムの町長なのだろう。


「ふむ……」


 男は顎に手を当てて女の話に耳を傾けながら、マルス達三人に目を向ける。

 彼の目に自分達がどう映っているのか不安、と言うよりも緊張を感じながらマルスは男の目を見つめ返した。


「ですが、この坊や達はまだ子どもです。行ったところで何にもならないかと……」


 女が一通り言いたい事を話し終えたところで男はそれを受け止めたように頷くと、一歩前に出てもう一度三人の顔を見回した。


「はじめまして。私はルイムの町の町長、リーク・ルイムだ」


「は、はじめまして……」


 町長のリークに挨拶され、やや緊張した面持ちでマルスは挨拶を返す。


「確かに私も、子どもの君達を行かせるのは気が進まない。それに、とりあえずグラドフォスには報告してあるから、もう数日もすれば討伐隊が来るはずなんだけれど……。でも、君達は何か訳ありなようだね。君達の話も聞かせてくれないかい?」


 リークは寛容な人物らしく、使用人の女の馬鹿にしたような態度とは反対に優しい口調で三人の話にも耳を傾けてきた。


 こちらの話もきちんと聞く姿勢を見せた彼に、マルスは単純な表現ではあるが「いい人だ」と感じる。

 そのおかげか、先程の緊張はどこかへ吹き飛んだようだ。


「オレ達、困っている人を放っておけない性格で……。町の人達だけじゃなくて、グラドフォスや他の地方の人も困っているなら、尚更無視なんて出来ません」


 マルスは先程とは違い、しっかりとした口調でそう答える。


「私達は都合で先を急がねばなりません。討伐隊が来るまで待つとなると、支障が出る事になりかねないので、何とか許可をいただけないでしょうか? これでも魔物との戦闘も多少ですが経験していますし、剣術や魔法も一通り出来ます。それでももし、件の魔物が我々の敵うような相手では無かった場合はすぐに町に引き返して、ここで討伐隊が解決するのを待ちます」


 感情的な面のみを語ったマルスの話を補足するように、アイクが彼の横からより詳しい自分達の事情を語る。

 許可を出してもらえる可能性を高めるため「勝てない相手ならば町へ引き返す」と、条件まで付けた。


「事情は分かった」


 リークは二人の話から事情を理解して、ゆっくりと二回頷いた。


「勝てない相手ならすぐに引き返してくると、誓えるかい? 大怪我や死に繋がると判断したら、無茶をせずにここへ戻って来ると誓えるかい?」


 少し考えるような素振りを見せてから、リークは三人の顔を順番に見てそう尋ねてきた。

 その声はつい先程までの穏やかで優しげなものでは無く、厳しくはっきりとしたものだ。

 誓えないなら行かせる事は出来ないと、言葉にせずとも訴えてきているようだった。


「はい、誓います」


 マルスがリークの目をじっと見つめて答える。

 彼の後に続いてアイクとパルも「誓います」と声を揃えて行った。


「いいだろう。君達に魔物退治を任せよう」


 リークは三人の答えに頷いてそう返した。

 そして、上着のポケットから手のひら程の厚紙のような物を取り出してマルスに手渡す。

 手渡された厚紙には「通行許可証」という文字と、リークのサイン、ルイムの町のマークが記されていた。


「オスクルの洞窟付近の道は封鎖しているから、その許可証を見張りの者に見せるといいよ」


「ありがとうございます!」


 許可証を受け取ったマルスは勢いよく頭を下げて、許可を出してくれた事とリークの寛容さに感謝を伝える。

 それと同時に、心の中でアイクにも感謝していた。

 彼の助け船が無ければ、断られる可能性の方が圧倒的に高かったからだ。


「ははは、元気の良い子だね。いいかい、誓いは絶対に破らないでおくれよ」


 感謝を伝えるマルスの元気な声と勢いの良さにリークは思わず笑みをこぼしつつも、誓いを絶対に破らないようにと三人に念を押すようにそう言った。

 三人は彼の言葉に返事をし、今度は声を揃えてもう一度感謝を伝えたのだった。




 *   *   *




 その夜、マルス達は昼間にルイムの町の事情を教えてくれた男が経営している宿屋に泊まる事にした。

 利用客が減っているため、どこの宿屋も集客に躍起になっており三人はどこに宿泊するか非常に悩んだのだが、町の情報をくれた恩返しと思ってその宿屋を選んだのだ。

 紅一点であるパルの事を考えれば、彼女と男二人の部屋は分けるのが最良ではあるのだが、今後の金の使用やもし魔物退治が出来ず賞金が貰えない場合を鑑みて、今夜は三人一部屋で宿泊している。

 夕食を食べ、順に入浴を済ませた三人は各々のベッドの上で寝転んだり、座ったりしながら話をしていた。


「許可貰えて良かったぁ。断られるかと思ってたよ。アイク、本当にありがとう」


 真ん中のベッドで仰向けになっていたマルスがごろんと寝返りを打って、右隣のベッドに腰掛けているアイクに昼間の礼を言った。


「お前の感情任せの訴えじゃあ、流石に無理があると思ったからな。何はともあれ、ひとまず許可は貰えて俺も良かったと思う」


 彼の感謝の言葉にやや皮肉な言い方で返しつつも、許可を貰えて良かったと彼同様にアイクも安心していた。

 一番左のベッドに腰掛けて、櫛で毛先を整えているパルもアイクの言葉に同感だと頷いている。


「ね、洞窟の魔物ってどんな奴なんだろう? 洞窟の中はどうなっているんだろうなぁ」


 また寝返りを打って仰向けになり、天井を見つめながらマルスは興味津々といった声で洞窟や魔物の姿を想像する。

 木製の天井の木目から様々な魔物の姿を想像しては、いくらかの恐怖と強い魔物を倒す事への憧れや期待に胸を高鳴らせた。

 とはいえ、その恐怖も彼が今まで冒険譚などで憧れを抱いてきた「冒険」には必要不可欠なもので、そのゾクゾクとした感覚はある種の快感に近かった。


「喜んで魔物の巣窟に行きたがるような奴は、世界中でもマルスだけだろうな」


「私も、そう思う……」


 天井に視線を向けて洞窟や魔物への期待を膨らませるマルスを見て、アイクとパルはどこか呆れたように微笑を浮かべる。

 すでに冒険に出ているにもかかわらず、冒険というものに夢見ている彼の恐怖や危険すらロマンに感じてしまう所に、二人は呆れを通り越して尊敬の念を感じつつあった。


「いいじゃん! 洞窟に強い魔物! まさに冒険の醍醐味ってやつだよ。あ、でも、何かあったら助けてよね?」


「死体回収ならいくらでもしてやるぞ」


 頭だけ動かしてアイクとパルに視線を送りながらマルスが尋ねると、死体回収ならするとアイクは皮肉ったように鼻で笑って返した。


「なんでオレ死ぬの前提の手助けなの!? 魔法で支援とか、他にあるでしょ!」


「冗談だ」


 マルスは眉間に皺を寄せて言い返すと、アイクは真顔のままで冗談だと返してくる。

 どうも彼に真顔で言われると、マルスは冗談が冗談では無いような気がしてしまう。


「何もそんなにサラリと言わなくても……!」


「だから冗談だ」


 アイクは冗談にムキになって言い返してくるマルスが面白かったらしく、思わず小さく吹き出すように笑った。


「アイクの意地悪……!」


 彼に馬鹿にされて仏頂面になりながら、彼を軽く睨むマルスをパルがよしよしと二の腕辺りをさすってなだめてやる。

 一歳しか違わないとはいえ、どちらが年上か分からなくなるようなマルスとパルの姿にアイクはますます笑いがこみ上げてきた。


 とうとう堪えきれなくなったアイクが笑い出し、それに続いてパルが、そして最後に仏頂面だったマルスもつられて笑い出した。

 三人の笑い声が、客のほとんどいない宿屋の客室の廊下にもぼんやりと響く。

 魔物のせいで暗い雰囲気の漂うルイムの町でも、この三人のいる空間だけは明るく賑やかだった。

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DESTINYー絆の紡ぐ物語ー 花城 亜美 @hnsr-ami

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