15.彼の希望を信じて
レダスの言葉に二人が返事をした直後、ふとエントランスホールの奥から凜とした靴音が響いてきた。
自然と三人の視線は、靴音のする方へ向けられる。
「あら、あなた達は……」
「おお、これはディルニスト夫人」
エントランスホールに現れたのは、アイクの母ルーザであった。
彼女を視界に捉えたレダスはすぐさま姿勢を正し、右の拳を左胸に当てて頭を下げる。騎士団の挨拶だ。
「あっ、アイクのお母さん……じゃなくて、お母様。えっと、こんにちは」
「こんにちは……」
マルスとパルは深々と頭を下げて挨拶をする。
貴族への正しい挨拶の仕方など分からぬ二人には、それが一番敬意ある挨拶の仕方であった。
「こんにちは。あなた達が、マルス君とパルちゃんかしら?」
ルーザは二人に合わせた挨拶を返すと、そう問い掛けてきた。
二人は返事をしてその問い掛けに答える。
「いつもアイクがお世話になっているわね。あの子と仲良くしてくれてありがとう」
「いえいえ! むしろオレの方がいつも世話焼かせちゃってまして……」
マルスはそう言いながら右頬を指で掻く。
アイクがあれこれ手出しや口出しをする度に文句ありげな態度を取るマルスだが、何かと彼に世話を焼かせてしまっている自覚はあるのだ。
「アイクを迎えに来てくれたのでしょう? 邪神を討ち滅ぼす使命を果たすために」
「え、ご存じなんですか……?」
自分達がここに来た理由、さらには旅の目的すらもルーザは知っている様子だった。
それに驚きを隠せない様子でマルスは聞き返す。
「ほんの十分ほど前に、アイクが言ってきたのよ。自分は邪神を討ち滅ぼす使命を神に与えられた者で、その使命を果たすため旅に出ると」
「お母様は、それを信じるんですか?」
生真面目なアイクが両親に旅に出る事や旅の目的を打ち明けているのは、マルスにも予想出来ていた。
だが、その内容は妄想だと思われても仕方がないようなものだ。
にもかかわらず、彼の母親はそれを受け入れていると感じられる口調であったために、マルスは再び聞き返す。
彼の問い掛けにルーザは、アイクが生まれた当時の事を語った。
「あの……アイクを連れ出しに来たオレがこんな事聞くのもなんですけれど……。お母様は許すんですか? アイクが旅に出る事を」
マルスはルーザの口振りから息子が旅に出る事を許可したのだと思い、そう問い掛けた。
「いいえ、まだ許可したわけではないわ」
小さく横に首を振り、ルーザはきっぱりとした口調で答える。
「母親としては、そんな恐ろしい運命に身を投じて欲しくはない。けれど……あの子が自分で望み、覚悟を決めて選んだ道ならば、私は止めない。それも母親としての想い」
彼女の勿忘草色の瞳は、澄んだ光を宿していた。
「だから、親に引き止められた程度で揺らぐ覚悟であるなら、私は行かせるつもりはない。でも、どれだけ引き止められても、責められたとしても揺らがない覚悟ならば、私はもう止めないわ」
厳しさと優しさ。彼女の言葉から、瞳から感じ取れるのは相対するはずの二つのもの。
だというのに、二つは溶け合って一つの澄んだ光を生み出しているように思えた。
「二人は、どうしてアイクを迎えに来てくれたの?」
今度はルーザが二人に問い掛ける。
アイクの家庭状況を鑑みれば、共に行けるという可能性は誰よりも低い。迎えに行ったところで、厳格な父親に追い返されるのが関の山、そう考えてもおかしくはないだろうと彼女は思っていた。
そもそも、彼が「旅に出る」という答えを出す確証すらないはずなのだ。
けれど、二人は息子を――アイクを迎えに来た。純粋にその理由を母は知りたかった。
「アイクの希望を感じたから、です」
マルスの答えにルーザは黙って耳を傾ける。
「オレの直感なんですけど……アイクは聖霊さんに言われた運命に、希望を見つけたのかなって思って。何て言うか、ずっと探していたものを見つけたような目をしてたから」
「私も、同じです……。ずっと、自分にしか出来ない事、探していたから……アイクなら、行くって言うと思って、来ました」
マルスに続いてパルも答えた。
二人は知っていたのだ。洞窟から出て来た時にアイクの瞳が、希望の光を宿していた事を。
「そう……」
二人の答えを聞いて、ルーザは嬉しさの滲んだ笑みをこぼす。
その胸の中には先刻見た、覚悟以上の希望を宿していた息子の顔が浮かんでいた。
「あなた達が一緒なら、きっとあの子は大丈夫ね」
二人の答えにルーザが返したのは、その一言だけだった。
一言だけだが、そこには母の喜び、息子の友人に向ける期待が溢れていた。
「あとは、あの子次第かしら」
ルーザはそう言って、自身が歩いて来た廊下を振り返る。
「アイクは今
二人の方に視線を戻して、ルーザはついて来るよう促した。
「では、私はこれで」
時機を見計らったように、傍らで控えていたレダスがそう言ってルーザに頭を下げる。
「二人を連れて来てくれた事、感謝するわ」
「礼には及びません。私も、アイク様の幸せを心から願っております故」
レダスもまたアイクの苦悩を知り、彼の幸福を願う者の一人だった。
その言葉にルーザは微笑むと、ドレスの裾を翻してエントランスホールの奥へと歩んで行く。
「レダス少――じゃなくて、レダスおじちゃん、本当にありがとう!」
「ありがとう、ございました……」
彼女を追って行く前に、二人はレダスに感謝を伝えた。彼の助力がなくては、アイクのもとに辿り着けなかった事だろう。
「二人共、気を付けてな。兄ちゃんも連れて帰って来るのを楽しみに待っている」
彼の言葉に二人は大きく頷いて返事をした。
その姿を見て明るい笑顔を浮かべると、レダスはルーザの後ろ姿に向けてもう一度頭を下げる。そして、彼は屋敷を後にした。
彼を見送ってから、二人はすぐにルーザの後を追ってエントランスホールの奥へと向かって行く。
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