エピローグ

 ピクルスを齧った。最近ますます味が濃くなって、歯ごたえもなくなっている気がする。

「ジャック、顔、変わったか?」

「何が」

「なんかすっきりしたみたいだぞ。薔薇礼々の土地を手に入れてハッピーって感じでもないし」

「あぁ、それのことなんだがな――」

 鉄の歯車亭でマリー相手に計画を話そうとしたところ、入り口がにわかに騒がしくなった。

「ジャック様! またおもしろいことを始められるようで」

「わたくしも混ぜてくださいませんこと!」

「わたくしもお願いいたしますわ!」

 イザベル他ドレスのお嬢様たちだった。あっという間にジャクリーヌを取り囲む。

「お、おいおいジャック。これはどういうことだよ。面白いことって」

「今から言うつもりだったんだがちょうどいい。いい投資話がある」

「あんたが? いまいち信用できないんだが」

「わたしはただの責任者。頭脳はほかにいる」

 薔薇礼々の農業をどうやって再興するか、ジルベールとグレースが立てた計画を話した。かつては農業で財を成していた薔薇礼々侯爵家に仕えていたふたりである。農業経営の手練手管は浴びるように見ている。

「だがそのためには金がいる。産業に鞍替えした農家を取り戻さなきゃならないからな」

「そこで投資ってわけか」

「農業がなければ人間は生きていけない。農業が再評価される未来が絶対に来る。ま、受け売りだけどな」

「えぇ。絶対に来ますわよ」

 イザベルを皮切りに貴族の娘たちが賛同し、ついには店内の投資家たちも興味を示した。品性には欠けるが金を持ったインテリたちである。人間の生だとか、再評価だとか未来だとか、大げさで雲を掴むような憧憬や、何より現在の産業化という大きな流れに対する反骨心は、火種さえ投げてやれば一気に燃え上がる。

「なるほど。それがジャックのやりたいことってわけだな」

「そういうことだ」

 ジャクリーヌは用意していた張り紙を、店の壁に張り付けた。奇しくもアンリエッタに出会う直前、立ち消えになった農場投資の張り紙を引きはがしたのと同じ場所であった。


 おそらくは、人類史上初めての女性農場経営者である。困難な道も、多くの貴族、資産家、市民投資家、農家に囲まれてどうにか経営を軌道に乗せた。薔薇礼々はやがて仏蘭西に併合されることとなるが、現代でも欧州屈指といわれるかの国の農業を支えている。

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煙と胡瓜 多架橋衛 @yomo_ataru

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