第九話 此処で重要な事に気付けるはずだ。

 先生は何てとんでもない爆弾を投下したのか。


 僕が座学で云々はまだ、千歩、いや一万歩譲って良としようか。だけど、その後に文官の推薦の話をするのは、うっかりでもやめてほしい。僕も色々初耳だがまさかそんな事になっているだなんて思いもよらない事だ。


 ましてや、皆にとってのいい知らせ、ではなく悪い知らせなのだから、どうか、どうか自重をしてほしい。


 案の定、レイ、アイリーンを除く他の殆どのクラスメートは敵意を剥き出しに睨み付けたりする。それでも、アイリーンの一睨みで怯んでしまうのだ、皇女の威光は凄い。


 しかし、彼女のそんな眼差しを受けても一切意に介する様子もなく、先生に抗議する人がいる。スキールニル君だ。


「先生、それでは彼が一学年の中で最も博学だということでしょうか?!」

「そうじゃよ、成績最上位者達を集めたクラスであるAクラスでトップなのじゃから、そりゃそうじゃろう。なんなら三年にしか解けない問題も混ぜているのじゃから、ある分野なら先輩方にも勝てるのではないのかの。」

「そ、そんなバカな話が……」


 勢いよく立ち上がったスキールニル君にあっけらかんと答える先生、バカな話を添えて。普通、試験ってその時までに習った事柄のまとめの復習なのに何故そんな問題を出題しているのか。言葉は悪いがトチ狂っている。


 自らの質問の答えに愕然とした彼は、白く放心状態になってしまった。彼には慰めの言葉の一つでも掛けてやりたいが、今の僕がやれば火に油を注ぐだけだと思い断念する。


 そんな風になってしまった彼を見てなお、それでも、と続ける先生にはある種の畏敬の念を抱くが、今はそれを抑えて話を聞く。


「彼は、実技が駄目じゃった。何が、ではなく全てが、じゃ。試験監督の話を聞く限りでは舞踏も剣技も全然で、見所はあるが育てるのに時間が掛かって駄目じゃと。唯一礼儀作法とテーブルマナーは完璧じゃったが、うろ覚えの域を越えず、とのことじゃ。ノア、君も満点を取ったくらいで調子に乗るでないぞ?」

「え?あ、はい。」


 突然振られた話に対応出来ずタジタジになってしまったが、それでも先生は納得出来たようでうんうん頷いている。


「反対に、実技が出来ても座学ができないようでは、駄目じゃ。例年は一位だらけの各分野の天才集団とまで言われた事もあって、生徒会長も頭を抱え込んでおったのう。」

「先生!要約するとつまり、本来は各教科での一位を集めて、というところなのをノアが多教科で一位をとってしまった為に、このクラスは例年と比べて質が悪い、ということですか?」

「口は悪いが、そんなところじゃ。」


 アイリーンは、僕も思っていた触れて欲しくはない部分を的確に攻めてきた。本人は至ってまじめに質問しているだけに質が悪い。


 真っ直ぐという長所短所を当時に発揮した彼女に先生はしっかりと肯定している。風向きが危うくなってきた。最悪飛び火、この場合は身から出た錆か、出る杭は打たれるか、どちらにしろ僕に巡り巡ってきそうだ。


「あのさぁ、そんな誰が一位とか誰が優秀とかどーでもいいじゃん。此処に居りゃあ他より頭が良いか腕っ節が強いってことでしょ?説明する事ないならアタシもう寮に戻りたいんだけど。」

「まあ、チェイテの言うとおりじゃな。しかし、まだ話は続くぞ?」


 チェイテさんが助太刀をしてくれたかのように割り込んで話し始めた。ありがたやありがたや。しかし、彼女の要望とは異なり話はまだ続くようだ。


 それからはもう、先程の険悪?な悪い空気が最初から無かったかのような語り口で先生が話したお蔭で、これ以上皆の注目を浴びずに済んだ。元はといえば口を滑らせた先生が悪いのだが。


 食堂などでの食事や日々使われる日用品は、どこでどうやって何で買うのかという疑念を、チェイテさんが投げかけてくれたお蔭で更に論点が乖離していってくれ、最早皆の頭からは先生の失言が忘れられている。またしてもチェイテさん様々だ。


 因みに、僕らAクラスはそういった金銭面の問題は元々免除、他のクラスの生徒は規定時間内ならば食費は免除。つまり、おやつは自己負担だ。なので日用品と共に寮母さんに頼んで買って貰う人が多いらしい。料金は実家に請求されるという。……良かった、陛下の推薦で。


「そういうことじゃ。さ、皆もう寮に戻っていいんじゃが、寮の場所についてはまだ言ってなかったかの。」


 そう言うと、先生は黒板にスラスラと広大な校内の略地図を描き始めた。比較的下の方に校舎を描き、真後ろに僕が試験を受けただだっ広い平地、左に食堂右に職員宿舎、平地の更に後方には生徒寮が3学年×5クラス=15寮。それらを取り囲むように周囲には様々な地形の修練場。そして、校舎の地下には実験室を配置しており、レイの仮住居のような有様らしい。


「ん?レイの仮住居?」

「そうなのじゃよ。昨年は寮に戻らずずっと居て、儂も他の先生方も迷惑しておったのじゃ。」

「イやァ、ねェ?それは、なんとイウか、その、研究に没頭できますしね?そりゃア、居着きたくもなりますよ。アそこ結構居心地イイですし。」


 見苦しい言い訳を積もらせるレイを窘めるかのように予鈴がタイミング良く鳴り、先生が僕らの寮に案内するという。そこまでが今日の授業準備の一部らしい。




「グリズリ……今年はあんたが担任かい?全く、つくづく何て私は運が無いんだか。」

「そうも言うてくれるな、今年は期待の新人が勢揃いじゃよ。」


 歩いて十数分、僕らは貴族の豪邸のような所にやってきた。皆はどうってことないのかそれとも無関心なだけか、特に驚いた様子もない。


 先生は僕らに少し待つように言うと、遠くてよく見えないがメイド服っぽい人と何か話しているようで、平身低頭な態度でいるのが印象に残った。一体何者なのだろうか。


 そして、その疑問は先生が手招きして僕らを呼んだことですぐさま明らかとなる。


「私はこの館、もとい寮を管理する寮母のハリシュ・アールヴだ。」


『寮母』と聞けば、ふくよかで快活な母性溢れるおばさんだろうという勝手なイメージを持っていたが、彼女は全くそんな事ない。


 腰まである白髪をその少し上辺りで結び、束からはみ出て下に伸びた尖った耳、そして理知的な紅い双眸が特徴的だ。


 そして最大の特徴は、


「美人っすね、えーと、ハリシュさん」

「名前で呼ぶ事を許可した覚えは無いぞ、馬鹿者」


 トライム君の言うとおり、美人なのだ。美術品の完成された無機質な美に血を通わせたような、アイリーンやチェイテさんのような女性的であるとかそういった美ではなく、予め世界に決定付けられた美しさ。


「……美術、品──あっ、すみません!」

「なる程、なかなかどうして的確じゃあないか。本質、いや着眼点か。君は非常に良い観察眼をしている。」


 思わず考えていた事を漏らして礼を欠いてしまったにもかかわらず、小気味良い笑みを浮かべて僕を手放しに褒めてくれる。


 トライム君への対応や口調で少し怖い人と勘違いしていたが、どうやらその判断は早計だったようだ。


「この耳を見て分かるとおり、私は亜人、エルフだ。流石にこの国の最高学府、その中でもトップクラスの成績の持ち主である君らに、人間至上主義者が居ないとは思うがそうだとしたら、大人しく衛兵の詰め所に行って自主してこい。」


 前言撤回をしようかどうか、先程の判断に揺らぎが生じそうだ。




 ひとしきり歓談を終えると、今度は彼女から寮のルール、もとい役割分担を言いつけられる。


 役割分担とは言っても、他寮の生徒のように自室以外、例えば廊下などの掃除分担を決めたりするわけではなく、学院からの連絡を受けそれを伝える伝令役、揉め事が起きたときに仲裁する憲兵役などなど、軍事関係やら仕事に絡めて決められるそうだ。


「それじゃあまずは【伝令兵】役からだ。やりたいものはいるか?」

「パシりでしょ?それって。ならやるよ、俺が。やっぱり居ないよね、下っ端みたいな性格の奴って。それじゃ決まりだ、皆異論は無いようだし。」


 通常こういう決め事は、最初の一人が出てこないとなかなか時間が掛かるものだ。孤児院でも掃除分担は纏めるのに手こずった記憶がある。


 それを察してか否かは定かではないが、トライム君が自主的に動いてくれた。無論、美人であるハリシュさんからの好感を求めたからかもしれないし、さっさと決めて眠りたいなどという理由かもしれない。それでもありがたい事は確かだ。


「そして次は【衛生兵】役だがやりたい奴は」

「この僕がやろう。例え女性といえどもこれだけは任せられない。」

「そ、そうか。まあ、意欲があって何よりだ。」


 食い気味で挙手をするスキールニール君。潔癖症か何かなのだろう。何にせよ綺麗好きは良いことだ。レイにも見習ってほしい。


「ん、どウしたんだイ?顔に何か付イているかイ?」

「あ、いや、ごめん。何でもない。」


 知らず知らずのうちにレイを見てしまっていたようで、何やら不審がられてしまったが話を役割分担に戻す。


「それじゃあ次は【三等兵】だ。まあ本来は最前線で戦う一兵卒だからな、試合かなんかで先鋒として出すとかだな。」

「それなら僕がやります。」

「ならば俺が引き受ける。」

「「……ん?」」


 先鋒なら戦いにおいて弱い人が良いだろうと立候補したその時、オルランド君の立候補する声とダブる。


 彼が立候補した理由は先鋒なら勝ち抜き戦ならば単独撃破も不可能ではないという理由であった。


「それに、俺は戦う以外に能がない。全軍の指揮もできない故、単なる兵士の方が向いている。」

「じゃあ、僕は辞た」

「ほう、自分を捨て駒だと考えるか。面白いな。よし伝統行事の決闘で決めようか?」


 普通に辞退しようとした声はハリシュさんには届かなかったようだ。

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幸か不幸か、僕は未だに生きている。 クラスメートF @crazy-crazy

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