第三話 希望は未だ手の匣の中にあるのだ。

鈍い光を放つ鉱石のお蔭で明るさは保たれているが、太陽の光に当たらないことにはどうにも目覚めた気になれない。


感覚的に数日経つが水分を得られない事で眠りは浅く、しかしどれぐらい寝ていたのかさえ知れないこの空間では、必然的に体力が落ちることは目に見えていた。


そんな事を寝返りでベッドから転げ落ちて、地面のそれなりの大きさの石に脛をぶつけた僕は考えている。水が無いから消毒もできない。傷口に塗る塩なら沢山あるがね。


目覚める前から考えても、早く水を……つまり水源を探さなければ。僕はここで干からびてミイラになるのは御免である。せめて墓地でなりたい。


「抜け道なんてどこに用意したんだろう?」


改めて口に出してみると不思議な話である。抜け道なら何処へ抜ける道を何処に作ったのだろうか。


抜け道なのだから、誰にもバレないだろうと思える場所に繋げる筈だ。当然だ、バレたら自分が不利になってしまうのだから。


バレてしまうことは最重要視すべき問題点であるのだから、見つかりにくい場所に作る筈だ。理由は上に同じく。


もしかして、と思い徐に壁をペタペタと触ってみるが、その思惑はすぐに潰えた。さすがに押してずらすような扉は無いようだ。


そう言えば、ベッドの下には空間が余っていた。孤児院でも、シスターをベッドの下からは多分子供が見てはイケない類の書物が隠されていた。例に倣えばそこに何かが隠れている筈だが。


「やっぱりないや、神父さまも隠してたのに。」


これまた例のごとく予想には相反していた。所詮、孤児院に置いてあった絵本の内容を真似ただけだ、同じ造りにしてしまったらいくら五百年前とは言え流石にバレるだろう。


これでまだ触れてない場所は一つのみ。つまり天井だ。しかし、天井を触れようにも身長が足りない。椅子や机を使ってもあと十センチは欲しいところ。


机の上に椅子を置くことも考えたが、机の脚が耐えられるかが怖いので実行には移せず、結局、机の上で脚にあまり負担が掛からない程度に背伸びしたり、跳ねたりして何とか撫でることが出来た。


机を移動させて満遍なく撫でていく。すると、ベッドの真上辺りで何やら上にズレる部分を見つけた。何か押せるものはないかと見回してみたが、椅子のとらない限りどうにも他が見つからなかった。


「仕方ないか……」


机から降りて椅子の脚を外そうとすると、案外簡単に外れた。もっと言えば、脚の裏には四角い窪みがあり、四本の脚全てが連結して一本の棒になったお蔭で、机から降りたまま棒で突っつけるようになった。


天井の例の場所を押してみると、何かが嵌まるような音がするやいなや、ガラガラと歯車の回るような機械音が鳴り始め、脚の棒がズルズルと吸い込まれていく。


すると、グラグラと部屋全体が揺れ始め、壁の一部が下がり始めた。もしかして僕の身長に合わせたかと思えるほどに、縦横の幅がぴったりの通路が露わになる。


僕はやっと見えた光明に安堵をしつつ、木箱を付属の二本のベルトを斜めにかけて背嚢ように使いゆっくりと道を進み始めた。




あれから、どれほど経っただろうか。途中に光る鉱石が無くなった道になったため、鉱石を脆いところから引っ張り出してランプ代わりにしたため、体内時計の狂いをみせる。


更に、幾つか分かれ道を発見したため確認の為に行っては戻り、行っては戻りを繰り返してやっとこさ正解を見つけたと思えば、脱水症状による幻覚が見え始めた。


朦朧とする意識の中何を思ったのか、僕は手元の光る石にかじりついたのだ。美味くも不味くもない無味なものではあったが、それは僕に衝撃を与えた。


「液体になった……!」


口の中で何度も咀嚼すると体積が数倍に膨れ上がり、まるで口内で湧き水が出ているかのような感覚を持たせた。


久方振りに摂取した水分は乾上がった全身に染み渡り、瞬く間に食べ尽くしてしまう。何故これを見落としていたのか。そんな疑念は、ここまで道に沢山あった光る石を思い出すと、一瞬で吹っ飛んだ。


一番近くの石まで戻り、指が傷つくのにも構わずに、片っ端から掘り続け、結局は背嚢に大きめのやつを十個、服の袖や裾を切って作った袋に、採り損ねた欠片達を出来るだけ詰めて、左手に灯り用を一つを持った、合計十一個+αの成果を上げてまた道を進み始める。


水を得られてからというもの、やけに進むスピードが速くなった。水を得た魚というか水を得たのは僕なのだが、兎に角諺の使い方があっていようが間違っていようが、僕はとんでもないスピードで進んだのだ。


以前は分かれ道一つを処理するのに大体三時間かかっていたのが、今では一時間を切りそうなところまできている。


そうこうして、何日が経っただろうか。一週間は経っている気がする。そろそろ食料も塩と蜂蜜、一口大の干し肉ぐらいしか無くなってきた。


早くここから抜け出さなくてはならない。幸い最近は分かれ道もなくなり始め、今に至っては一本道だ。


何となく気になって振り返ると、後ろは幾股にも分かれた道が続いており、まるで来た道と同じような景色だ。


「……まさかな。いや、まさかそんな、え?うぅーん……マジかぁ」


よくよく考えてみればわかることだった。普通、隠し通路は隠されているべきで、小さくて見つかりにくく、探すのにも一苦労であるはずなのだ。にもかかわらず、扉はあんな馬鹿でかくて仕掛けは面白い。


「やっぱり、こっちがとはなぁ……」


全く、人生とは驚きの連続である。




残りの一本道を走っていくと、光る石改め、水を出す石がまた壁に付いて明るくなっていた。欠片を口に入れたが質が悪いのか、水は出さず、ただただ硬いだけだった。


しかしその水を出す石があるお蔭で遂に、本当の入り口を見つけた。木製のボロッボロな扉が天井に付いていて、階段を上れば開けるだろう。だろうが……


「軽く千段は超えてるぞ、これ……」


一段一段はそれなりに高く、一段が膝関節までの高さで大変足腰にくる。老人にはたまったもんじゃない。しかしそれを遥かに超えた一段一段の奥行きの広さは凄まじく、僕一人分くらいある。そんなに要らないだろう、奥行き。


僕の身長が大体百六十センチである事を考えると、距離は考えたくもない。この時、詳しくは数えなかったがこの階段、実は千の十倍、一万段である事を僕は知る由もない。


十段進んでは休憩、十段進んでは休憩と、終わりが見えると気がゆるんで、時間を気にせずに過ごした。否、過ごしてしまった。


一休憩約十分としていたものの、途中、このペースでは到底先には進めまいと寝ずに行った強行軍。これが良かった。もし気付かなければ、食料がもっと前に全滅していたところだった。


そして進むこと約七日。僕はあと三十段で外に出られる!そう思うと、自然と足が休憩を必要としなくなった。水を出す石を採掘したときと同じようにだ。


残り十段、僕は置いて行かれた事を思い出した。


残り九段、僕は牢屋で過ごした事を思い出した。


残り八段、僕は上手く仕返した事を思い出した。


残り七段、僕は二度目の投獄の事を思い出した。


残り六段、僕は毒を飲まされた事を思い出した。


残り五段、僕は死骸にまみれた事を思い出した。


残り四段、僕は人より多い辛い事を思い出した。


残り三段、僕は運命に恵まれた事を思い出した。


残り二段、僕は水がありがたい事を思い出した。


残り一段、僕は不幸中の幸いな事、って不幸が起きてる時点でアウトだと思った。


「はぁ、疲れた。」


最後に上りきって壁に手を突く。呼吸を整えて、手を伸ばそうとするとゴリゴリと石の擦れる音が聞こえた。左手を見ると岩壁の一部が左手によって押されて四角く凹んでおり、何かの仕掛けが発動したことを思い知る。


考えてみると直ぐに分かった。ここを通ろうにも、こうまで長いとしっかり下りる気も失せてしまう。それならばどうすれば楽に下りられるか。


傾き始めた床を感じて予想が大当たりであることと、これから起こることの二つを考えて複雑な気持ちになる。


押した壁に指を引っ掛けて、完全に滑り台と化した階段を恨めしく思いながら、僕はずっと堪える。


数分しても未だに収まらない階段を見て手が限界だと感じ、手を離してしまった丁度その時、勢い良くせり上がってきた階段に顎を強打する。痛みと共に、僕は何事もなかったようにして立ち上がった。


改めて気合いを入れて僕はボロボロの扉を開ける。


「やった、出られ……た?」

「き、きゃぁぁぁあああ!」

「曲者だぁぁ!」

「覗きよ!誰かぁぁ!」


開いた扉から顔を出すとそこは女性達の部屋の暖炉の中だった。ただ、一口に女性の部屋といっても幾つかある。寝室、化粧室、後は僕には分からないエトセトラ。


最悪なのはではなくという点だ。いや、最悪なのは下着姿を見られた女性達の方だろう。


黒を基調としたワンピースに白いフリルやレースをあしらったエプロン姿、それはまさしく噂に聞く、『使用人』またの名を『メイド』と言われる職業に従事する者達の姿だった。


いつまでも見ていてはいけないと、平謝りしつつ後ろを向く。服を投げてこない辺りしっかりと教養が行き届いているのだろう。


行儀が良いか悪いかはいざ知らず、彼女らは靴を投げてくる。正直痛い。しかし、甘んじて受けようではないか。非は僕にあるのだから。


「チッ、今は外したが次は無いぞ」

「ナイフは止めて!死んじゃうから!」


キンと耳元で金属音が鳴ったので、見てみるとメイドさん達の誰かが投げた暗器だった。すかさず扉の内側に戻ろうと、勢い良く閉めたのが悪かったのか、扉がパキッと逝ってしまった。


次第に皆、揃いもって投げてくる暗器を壊れた扉で守っていると、数人の騎士がやってきた。瞬く間に僕は騎士に囲まれて槍を向けられてしまった。


手前てめぇ、名を名乗れ!」

「えっ、えと、はい。僕はノアと言います。家名は無いです、孤児院の出なので。」


どうしようもなくなってしょうがなく、名前を言うとこっちへ来いと腕を掴まれて、そのまま引き摺られてしまう。


「すみませんでしたーーー!」

「騒ぐな!ほら行くぞ」


しかし、なんとか両腕を引っ張られながらもメイドさん達に先程の事を謝罪する事ができた。


これからの事が心配になると同時に、絶対にこの空腹はこの場で満たされることがないと確信した瞬間だった。

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