第四話 最悪の形で訪れる事もあるけれど。
「使用人舎で覗きを働いた不届き者は?」「こちらに。」
僕は腕を縄で縛り上げられて衛兵の屯所にある取り調べ室に連れて行かれた。蔦が石の壁を這いずり回り、割れた窓の隙間から外を覗いている。
箱は未だ持っていられるけれど、いつ回収されるかわかったものじゃない。今は大小共になくなり、欠片の山とも呼べないような山を箱の中に入れているのみ。これさえ無くなってしまえば全財産が無くなる。
──ぐぅぅぅ……
目の前の衛兵のリーダーっぽい人が座った後、ずっとこちらを睨み付けているにもかかわらず、雑念を抱いて思わず腹が鳴る。
すると、彼はより一層眉間に皺を寄せて表情を険しくする。しかし、一度大きな溜め息を吐くと柔和な表情になり話し掛けてきた。
「お腹、空いてるのかい?」
「えぇ、ここしばらく食べれてなくて。」
「そうか、そしたら早めに取り調べは切り上げないとね。」
それから彼は自己紹介をした。
彼はアンディ・アーチスト。武器屋の父と道具屋の母を持つ生粋の平民で、その優しげな顔立ちは母親似らしい。
三年前に帝国軍衛兵局城内監視部部長……とても長ったらしいが、とりあえず昇進した事はわかった。
「……です。はい、次は君だよ。」
「わかりました。えっと、」
と、始まって僕も自己紹介をする。
主にここに至る経緯を話したのだが、彼は細い目を更に細くしてほうほう、と相槌を打つばかりで、遂には腕を組んで難しい顔をしたまま押し黙ってしまった。
数分後、彼は別件で用事ができてしまったと言ってドアノブに手をかける。流石に僕の今後がどうなるのか訊いておこうと尋ねると、
「まともに信じるか否かは置いておくとして、その状況ならばただの事故だ。幸い、君は既に彼女らに謝罪の言葉を述べているようだし。……話が向こうに届いてるかは別だけどね。ただ、今から済ませに行く別件で君の話が訊きたいから、今日は反省させていると言う体でここの牢屋に入っていてね。」
「わかりました。」
因みに箱は持っていていいそうなので助かった。欲を言えば、ちゃんと食事を取りたかったが、ああいうなら仕方ない。僕は自分の思いを胸に秘めて、今日は眠った。
翌日、僕はアンディさんに連れられとある部屋にやってきた。とある部屋、と言うのも僕は目隠しをされて見えないのである。
「こやつが例の少年か、アーチスト?」
「はい。左様で御座います、陛下。」
僕はまず歩いてくる時の距離を不思議に思った。いくら何でも長すぎだし、目隠しは必要なのか?と。
しかし、これは移送中の周囲に、何か見られてはいけないものがあるのだろうと、特に気にはならなかった。
次に足の感触に驚いた。ここ暫くは死骸の山で靴を無くしてから裸足だった。そしてそれもここまで移送される途中の大体七、八割の辺りで床を汚してはならないと、簡易的な靴を履かされた。
ここではまだ、恐らく今から室内に入るのだろうと思っただけだったが、次第に床が少しフカフカし始めた。厚手の布を踏んでいる感触だった。
最後に今、耳を疑った。アンディさんの声で『へいか』と聞こえた。『へいか』というのはとんでもない位の高い所謂、天上人と言われるような方々に使われる敬称だ。
それ以外を僕は知らない。故に『へいか』は『陛下』の事だろう。
貴族様の当主にあたる方や軍の上層部の方であるならば、『陛下』ではなく『閣下』と言った方が正しいから王族か、いや、そんなことは無いのか?
僕は『へいか』という言葉に踊らされて、心中は最早、てんやわんやで阿鼻叫喚(?)だ。
僕がそんな状態とはつゆ知らず、アンディさんは仮称『へいか』さんと話をどんどんと進めている。
「しかし、こんな貧相な輩が本当にかの道を見つけ、あろうことか通り抜けて来たというのか?」
「はい、彼の言葉を鵜呑みにするのであれば、ですが。しかし、私は信用度は高いと思います。」
「ほうほう。しかしそれでは、本当にこやつがかの道を通り抜けて来たとは、余計、にわかには信じがたいではないか。」
「それは恐らく、彼とて秘密にしてたいという事でしょう。手の内を明かせば、己を攻略されることは容易くなります。自己防衛の許容範囲でしょう。」
そろそろ話も佳境に入ってきただろう。しかし、このまま返されては目隠しをされてまでここに来させられた意味はあるのだろうか。
アンディさんと『へいか』さん二人で話すだけならば僕は要らないだろう。それなら僕は、待てばいずれ自分にも話す機会が回ってくることは分かる。
だがしかし、如何せん僕は腹が減っている。水も飲みたい。つまりは早く終わらせたいのだ。僕に、幻覚が、見える、前に、早く、終わりたい。それが本音だ。
「あの、御取り込み中すみませんアンディさん。そろそろ僕にも『へいか』さんとの話の概要を教えてほしいのですが。それと、目隠しくらい外して欲しいのですが……」
「ほう、罪人にしてはよく喋る。アーチスト、目隠しを外してやれ。」
了解の返事を返したアンディさんは、僕の頭の後ろの結び目をゆっくり解きながら、あまり大きな声を出さないでくれと懇願してきた。
僕はそれをそのまま了承しようとしたが、一瞬速く世界の光景が差し込んだ目も脳も、全力で情報処理を行っているが、当然追いつかないので声も出ない。
豪華絢爛で優雅な装飾でありながらも、要所要所で質実剛健な造りが見え、此処が建物の責務を全う出来ている事は稚拙な僕でも理解できた。
僕が膝立ちで立ち竦むのは真っ赤な長い長い絨毯の上。端の方で囁きあう人々には目もくれず、一直線に僕の視線は誘導される。
己の財を知らしめんとするように君臨する王冠、鋭く自信に満ち溢れた強い眼差し、ふさふさとしっかり蓄えられたカイゼル髭。
権威を最大限に主張するような、それでいて己の力量を誇るような、ふくよかながらも服の上からでも分かるほどに鍛え上げられた肉体、その身を覆い包み込む、紋章を刺繍された荘厳な雰囲気を醸し出す服とマント。
「こ、ここ、皇帝、陛下……ッ!」
「如何にも。余がジェネシア帝国第十五代皇帝、エンデミュオン・ユダ・ジェネシアである。先程から話しておったのは手前の話した事についてだ。手前の口から聞かせよ。」
強い眼力で話し始めた皇帝陛下に圧倒され、大凡僕自身が知っている殆どを語っていく。
話の冒頭は疑問符を浮かべていたが、穴の話になるにつれてまた眼力が強まる。最早白目が赤く血走っている。
ここ最近何度もしたようにひとしきり話し終える。すると、陛下は顔をしかめてしきりに玉座から立ち上がったり座り直したり、次第に立ち上がった後玉座の周りを忙しなく歩き始めた。
陛下の中で何かに決定が下されたのか、満足げに自信たっぷりの笑みで玉座に深く腰掛けた。まっすぐ目を見られて我知らず背筋が寒くなる。
「手前はいくつだ?」
「ね、年齢でしたら先日15になったばかりです。」
「普通いくつか訊かれたら年齢に決まっておるだろう。……まあいい。たった今余の中で手前の処分が決定された。」
そう言うと、陛下は愉快そうな笑みで、
「明日入学試験を受け、明後日より、帝立ジェネシア学院に通って貰おう。」
「は?」
端的に言えば、「勉強をしろ」と言ってきたので、思いも寄らない答えに思わず心の声が漏れる。
「不服か?」
「い、いいいいえ、滅相も御座いません……」
陛下は僕の反応を見て考えに気付いたのか、そう訊いてきた。無論、そのくらいでいいならば僕もその方が有り難いが。
「手前、何を勘違いしておる?」
「と、言いますと?」
「余が手前の出生やら生活やらを聞いて心苦しく思ったからこの程度で勘弁してやろう、などと思っているとでも?」
僕の内心を見抜いたように呆れ半分苛立ち半分に、玉座で頬杖をついて話し始める。
「愚かな、何故余が手前に対して慮らなければならぬ?手前はまだ何か隠しているのだろう?それくらい見抜けぬようでは一国の長は務まらんからな。」
陛下は大きな溜め息をついて、背もたれに寄りかかって足を組み、遠くを見るようにして、また話し始める。
「余も帝位に就くまでは悪逆非道などと呼ばれるような事もしてきたが、年も年故にもうかような事はしたくない。極悪人ならばまだしもまだ手前は糞餓鬼……失敬、子供だ。泣き喚いたとて心臓に悪いだけだ。」
陛下はその場で目をつむり深呼吸をすると、玉座から立ち上がり、侍らせていた執事や給仕と共に部屋を去り、
「余は話しすぎた。準備や用意はアーチストに任せる。わからない事は給仕伝いに聞いておく。」
去り際にそう呟いて部屋を出た。
僕はただ去り際の様子に少しばかりの違和感を感じながら、アンディさんと共に元の恰好に戻って部屋を出た。
アンディさんと屯所に戻ると、今後の話を進めた。
まず、僕は明日の為に少し勉強をしなければならない。アンディさん曰わく、内容はさほど難しいものではなく、面接や簡単な算術・歴史・軍事学・剣術など、数が多いだけだそうだ。
入学者の殆どが貴族家のご子息ご子女だという理由から、舞踏や礼儀作法などの試験もあるらしい。
次に、入学後は全寮制らしいので生活用雑貨や試験で必要な物を買わなければならない。お金は無いのでアンディさんにお任せだ。
因みに、入学前はアンディさんの部屋に住まわせてもらう。陛下の命とはいえ本当に至れり尽くせりである。
アンディさんが入手した入学試験の攻略法は『とりあえず基礎。それから基礎、最後に基礎。』というとても簡単なもの。
幸い、孤児院には様々な本があったため、体を使わない科目ならばこの入試はさほど苦では無さそうだ。
剣術や軍事学、舞踏についてはアンディさんから直接教えてもらった。
「軍事学は国の要職につかない限り使わないからなぁ。とりあえず相手が嫌がる事をすればいいって考えればいいよ。」
など、アンディさんは様々な助言をしてくれたので、理解が早まり効率が上がった。お蔭で明日のために早く寝ようと、いつもより早く床につくことができた。
僕は小さな希望と多大な不安を胸に今日は眠った。
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