第五話 そこに須く運命のイトが顕現する。
試験は本来数ヶ月前に終わらせて、入学手続きを済ませるものだが、今回は皇帝陛下の命により僕だけ特別受験を許された。
それ故すべてを一本化する為に、会場を帝立ジェネシア学院の授業でも使われる、広大な荒れ地……もとい、
試験監督はここの管理責任者の三学年の先生だ。教えているのは剣術ないし戦闘技術だという。
因みに、上級生は学院の講堂で行われている始業式に出席しているので、ここに現れる事はない。
例え式が終わっても勤勉な生徒でもここには来ない。否、来れない。使用許可をとるにはこの試験監督の先生の許可並びに教師陣の随伴を義務付けられているからだ。
何だかんだ気のいい先生だった為に、試験前に少しお喋りをしてしまった。まずは面接からだそうだ。
その面接だが、面接ではなかった。面接官の筈の先生方は式に出ているからだ。予定していた質問は紙に書いて答える形式だ。やはり最早面接ではない。
筆記試験は低く響く試験監督の始め!の声を合図に用紙に書き始めた。問題はアンディさんが見繕った問題に酷似しているのでとても解きやすかった。
次に実技だが、これはどうしようもなかった。元々の技術が乏しい上に、試験内容が『幾つかの型を見せろ』等ならばまだマシだったが、『ゆっくり振られる剣を体捌きのみで避ける』と言うものだった。
一つ一つの型を避けて次の攻撃に備える。一本の縄のように連続で紡がれる数々の型を、丁寧に避けていくのはとてもじゃないが素人には難しい。精神が擦り切れる思いだ。
舞踏に関しては戦闘技術ほど長くはやらなかったのだが、それは偏に先生が苦手意識を持っていたお蔭だった。僕も苦手だったのでラッキーだ。
最後にスキルの確認をすることになった。無論、陛下側から送られた資料の中に含められているはずだが、それとは別で確認をするそうだ。曰わく、文字の羅列よりも自分の目でみた方がしっかり把握できるらしい。
「まずは説明から頼む。」
「はい。僕のスキルは【ものまね】と言い、言葉通りただただ『物真似』をするだけの、物真似の精度が他の人よりも高くなる、というものです。」
「ほう。それで?」
「僕のスキルはまず観察から始まります。真似たい動きや形、顔、声、背格好など、表面以外までは変えられません。スキルを使ったとて皇帝陛下の御顔は真似れませんし、先生のように大柄なガチッとした体型にもなれません。似たような声質の人が居ればその人と同じような声は出せますが、まったく同じ声は出せません。」
「なる程なる程。」
先生は僕の話を完璧に理解出来たようで、いくらか例を出してくれた。その様子に僕は気を良くして、少しばかり驚かせようと画策する。
「ですが、観察というのは何も見るだけでも聞くだけでもありません。」
「というと?」
「嗅覚、味覚はあまり関係ありませんが触覚、触ることは最も分かりやすい観察になります。例えば……先生、何か構えや型をお願いしても宜しいでしょうか?」
「そうだな……こうか?」
「はい、ありがとうございます。それでは失礼します。」
僕はそう言って、構えをとる先生を四方八方からジッと観察する。
観察し終えると構えを解いてもらい、僕は先生の前で同じように構える。すると、先生は驚いて目を見開いて先生も四方八方を見回す。
「ふむ、まだ筋肉を収縮やら重心の位置やらがバラバラだが、よくできているな。」
「それでは、もう一度構えてもらっていいですか?」
「ああ、わかった。」
そこで、今度は構えた先生の筋肉の具合を確かめるように触れていく。肩、腕、背、胸、腹、腿、脛、といった風に上から順に触れていく。
場所によって少しくすぐったそうだったが、何とかこらえてくれたお蔭で筋肉の力の入れ方が分かった。
「こうですか?」
「お前、今の少しの間でそれか?!」
「そうですね、これが僕のスキル【ものまね】です。でも、やはり万能ではなくてここから腕を振り上げたり移動したりすると、すぐに跡形もなく崩れます。」
そう言うと僕は腕を振り上げる。先程までの完璧な構えはどこへやら、その片鱗すら見えない振り上げで総崩れになる。
「本当だ、面白いな。」
「因みにですが、魔法系スキルの詠唱ならこのスキルで再現する事も可能です。尤も、発動はしませんが。」
「いやはや、本当に面白い奴だな。」
今日の試験はこれで終わりだそうだ。帰り際に先生から、陛下の御達しだから恐らく落とされる事は無いだろうが、クラスメートには恵まれないだろうとのことだ。
学院からの帰り道、僕は少し考え事をしていた。内容は今日の試験についてだ。
『予め面接が面接でなくなる事が分からなかったのか、分かっていたならなぜそれでも面接という形式にしたのか』という問いや、『受かるならわざわざかろうじて試験っぽくしなくても良かったのではないか』という元も子もない問いではなく、もっと別のところにある問いだ。
「僕のスキル、あんな再現度高かったっけな?」
僕は先生に凄いところを見せようと、調子に乗ってあんな事を口走ってしまったが、以前まではあそこまで再現度は高くなかった。今までは精々良いとこ75パーセント位だ。しかし、先生が褒めていたということはもしかしたら100パーセントは無くとも90パーセントはあっただろう。
これ自体は良いことではある。少なくとも僕の観察眼が鋭くなったと仮定するならば、の話であるが。あの時の僕は調子に乗っていたことで観察力が鈍くなっていたはずだ。にもかかわらず、能力が向上した……
通常、スキルというものは世界に生まれ落ちた瞬間に、いや、腹の中で成長している間には授かっているものだ。
それを裏付ける証拠に以前、母体が危険に陥った時に中の子供が生存本能に従い身を守ろうとして、母体の腹を焼き切った事件があった。結局、母体も胎児も死んでしまったがそれはスキルの研究に於いて大きな足掛かりとなった。と、号外に書いてあった。
スキルは授かった瞬間からそれが変質する事は一切無い。『人生に於いて最大で最高の博打だ。』と言った偉人は誰であったか、言い得て妙である。
そして、変質することがないと言うことは、進化も劣化もしないと言うことだ(スキルの撃ち合いによる損耗などは除く)。
ここで、また元の問いに戻る。『何故僕のスキルの再現度が高まったか』という問いだ。
有り得ない事が起こっている。これは言い触らせば絶対に狙われてしまうだろう。何からかはわからないが、少なくともこの大国たるジェネシア帝国の更なる発展の礎となるのは目に見える。最悪、他国に連れ去られるかもしれない。
あまりにも壮大な妄想とも言えるような思考だが、今の僕にとっては何よりも真剣に考えなければならない最重要課題である。
「っ……!とすみません。」
「……」
「オイ、コラ!テメェからぶつかってきておいて、何にも無しか、ァア?!」
「兄貴ィ、コイツ、兄貴の事完ッ全にナメてやがりますぜェ。コイツァ一発、シメなきゃあ兄貴の面目丸潰れですぜ?」
俯きながら歩いていたのが悪かったか、色黒のスキンヘッドの男とぶつかってしまった。即座に謝りはしたものの、腰巾着共は僕の謝罪をまったくもって無視し、『兄貴』と言われるスキンヘッドの男もなすがままに放逐している。
お蔭で、僕は路地裏に連れて来られた。そこで漸く、昨晩アンディさんの家から学院までの道のりの聞いた際に、アンディさんに注意された事を思い出した。
『ここ最近は、近辺でチンピラ共がイキがってるから、あまり目をつけられないように頑張ってね?明日は当直で家にいないから絶対に気をつけるんだよ?』
「やってしまった……」
「何か言ったか、ァア?!」
「いえ、何も。」
思わず漏れてしまった心の声が表に出て、声の高い腰巾着に絡まれてしまった。ただの不注意でここまでされるとは。僕は都会が非情で怖く思えて仕方ありません。
「テメェ、たかが謝ったぐれェでヨォ、タダで済まされっと思ってんのか、ァア?!」
「やっぱ、コイツ
「……」
傍観放逐を決め込む兄貴さんはずっと黙ったままこちらを見て……見て……いや、寝てる?!時たま下向きで寝ている所為か呼吸が止まるような音が聞こえる。
「あ、兄貴?」
「ヤベェ兄さん、兄貴、完全に寝てまさァ。とんでもなく寝起き悪ィのに……」
「やっぱし、夕方にあんだけパンケーキ食えば、眠くもなるよなァ……」
「あの、お取り込み中悪いですが、帰らせてもらっても宜しいでしょうか?」
「「良い訳ネェだろ?!」」
慌てふためく二人をよそに、帰りたいと言うと腰巾着共は大きく怒鳴ってしまった。今更ながらも、あ、と声を出して気付く二人。
だがもう遅い、『兄貴』さんは細くつり上がる悪い目つきを眉間に皺を寄せて更に悪くさせて僕らを睨みつける。
彼は二人に向かって、始末は任せる。俺は寝る。と言って、その場を立ち去った。見え見えの安堵のため息を同時に二人が吐いた。
それを契機に、付ける因縁が大きくなっていった。兄貴が寝るのはぶつかって肋骨が折れただとか、全員の慰謝料を渡せだとか、お前ら関係ないだろうと思わず言ってしまうような事がを言ってきた。
当然金は持ってない。金になるような物もない。身包みを剥がされたとて、端金だ。
はてさてどうやって逃げようかあれこれ考えていると視界の奥に、掃く部分のとれた元の用途では使えない箒を見つけた。言ってしまえば単なる棒だ。
僕は二人の一瞬の隙を突いて二人の合間を縫い棒を手にする。二人は未だ自分の有利が確信しているようで、腰から抜き出した細めのナイフを片手に詰め寄ってくる。
僕はそこで、スキルを発動した。先生の構えを観察しておいて本当に良かった。少しでも彼我の力量差が分かる人なら、この九割再現『先生の構え』を見れば怯んで手が出せないだろう。
しかし、僕は間違っていた。こんなチンピラに強大な力量差なんて分かる筈もない。現に二人はナイフを突き付けたまま、ゆっくりとすり寄ってくる。
後退りして、構え直して、後退りして、構え直して。これを何度も何度も繰り返し、気付けば背中が隅の壁にくっついてしまった。
「アンタ、何やってんの?」
僕の身の安全もここまでか──そう予感した時、僕や二人に声を掛ける影一つ。チンピラの一人で姿は見えないので、影でなんとか分かる程度。
高く歌姫のような美しい声、影だけでも分かる長髪、明らかに女性である。どうやら僕が囲まれている事に気付いて、話しかけているのだろう。
良かった、助かった。見ず知らずの人に泣きついてなんて流石に情けない話であるが、これで助かった。
「アンタ、二人を殺す気?」
「へ?」
どうやら、まだ助かっていないようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます