第六話 火中の栗を無傷で得るような試練。
「だぁーかぁーらぁ、二人を殺す気なのかって言ってんの。言葉通じない?」
「通じてるよ!」
この現状を見ていたあの人には、僕が彼らを襲おうとしているように見えたようだ。普通、二人に隅で囲まれた状況を見たら、しかもその二人が刃物を持ってたら、囲まれている方が被害者なのではないだろうか。
それに、自分で言うのは何となく癪だが僕は背が低い。僕と同い年なら平均的にあと10センチはあるだろう。孤児院に居た頃は一つ下の少女に追い抜かされて、兄さんは小さいね、なんて言われたほどだ。
そんな子供に見えてもおかしくない僕が、たかが棒を持って構えただけでこの二人を殺れると本気で思っているのか、この人は!
「オイ女ァ、誰が誰に殺られるってェ?!ナメてんじゃねェぞ、ゴルァ!」
「あなたが彼によ。彼我の力量も判らないわけ?相当な雑魚ね、アンタ。」
「ガァァ!テメェはぜってェ殺す!」
イラつきながら振り向いたチンピラは激昂しながら完全にキレた。対照的に、ずっと彼女の様子を注視していたもう一方は、彼女の何かに気付いたようで、顔面蒼白にしてあわあわ言っている。
「あの髪、あの目、何よりあの髪飾りッ!ヤバい、ヤバいヤバいヤバい!」
「ア゙ァ?!テメェ何寝ぼけたこと言ってやがるンだ?!」
「兄さん、アイツはヤベェ!どっかで見たことあると思ってたが、アイツぁ『
「ンだとォ?!」
ヤバい、ずらかるぞ!と、いかにもな逃げ方をしたお蔭で、勘違いさんの顔を拝見できた。
陶磁器のような白い肌、白金のようなブロンドの髪、アメジストを想起させる紫紺の瞳は皇帝の血筋の証。父親と良く似て鋭い眼差しは、彼女の顔立ちと合わさり超一級の美術品のよう。
そして何より彼女の纏う雰囲気は、父のものと似て、たった一言で世界を揺るがすような覇王の気そのものだ。父親よりも人生経験が少ない故か、女性であるからか、例え似ていてもそれは最早別種のモノ。
父親を帝王とすると、彼女は女帝と言ったところ。彼女に兄がいるならばそれまでだが、もしいないならば次期皇帝の座は彼女のモノとなるだろう。
先に父親のものにアテられてしまったから、未だ体裁を保てているものの、此方が先であれば問うまでもない。
兎に角、僕は圧倒されていた。覇気とも呼ぶべきそのオーラ、雰囲気に。それ故気付かなかった。彼女をずっと見つめていた事に。
「何ジロジロ見てんの?」
「あっ、ご、ごめん。」
睨み付けられながら責められるのはとても心臓に悪い。僕は、棒を元あった所に戻して彼女にお礼を言う。彼女は礼をする必要はないと言う。
「まああのまま放置すればアンタ、確実に殺してたでしょうから?その点だけを言えば私のお蔭で殺人事件を未遂事件に出来た礼って事になるわね。」
「まだそれ言う?!」
僕のスキルの概要を大まかに彼女に伝える。彼女は最初は信じようとしなかったが、もう一度構えてみたり、そこから動き出してみたりすると、呆れるような苛ついているような眼差しでジッと僕を見つめる。
「アンタ、アホね。」
「はぁ?唐突に何なんですか?」
「普通、対人戦ではスキルの事は隠すでしょう?そ・れ・な・の・にアンタは……いい?人間にとってスキルってのは生命線なの!それをまぁぬけぬけと、スキルの名前を言うならまだどうにでもなるわ。まだ曖昧だしね。けど、概要を説明するってアンタ、やっぱりアホよ、アホ!もういっそのことスキルの名前【アホ助】にしてしまいなさい!」
後半の苛烈なラストスパートで呼吸をしていなかったのか、今はもう肩で息をしている。
「まあ、何はともあれありがとうございます。」
「はぁ、もういいわ。なんか心配だし家まで送るわ。」
素直に礼を受け取った彼女は僕を家まで(アンディさんのだけど)送ってくれるそうだ。流石にそれは悪いと断ったが、彼女の方が断然強いし、私に勝てるのなんて上位の探索者位のものだ、と言って聞かず、結局送ってもらうことにした。
「私は……あー、あの馬鹿共が言ってたから言わなくてもいいかしら?」
「あぁ、アイリーンだよね。僕はノア、家名はないよ。」
「そ。そう言えばアンタ、何で絡まれてたの?」
「えっ。あー、悩み事があってね。ちょっとぶつかっちゃったんだよ。」
「はぁ、明日が憂鬱だわ。」
「どうかしたんですか?」
「明日学院の入学式なんだけど、私が新入生代表挨拶を任されちゃったのよ。」
「へぇ、名誉な事じゃないですか!」
「ただ面倒なだけよ。それに、新入生って言っても私の場合繰り上がり入学部門?みたいなものだし。」
「そんなもんですか。それじゃあ、僕は椅子に座りながら見てますね。」
「え、アンタ入学組だったの?!」
そうしてずっと談笑していると、家はすぐに見えてきた。改めて彼女にお礼を言って僕は家の中に入る。
打光石(金属に打ちつけると光を放つ鉱物)で明かりを灯して夕飯にした。これから何かしようかとも考えたが今日は寝ることにする。明日の為になんて建前が出てくるが、色々あって疲れたというのが本音だ。
打光石に麻布を被せ床につく。自分以外居ない部屋におやすみを言うと、天井を眺めながら寝た。
目覚めた僕は今朝のうちに届いた学院の制服を着る。見た目は全体的に臙脂色を基調としたブレザーと黒鳶のスラックス。黒で縁取っているが縫い糸や裏地の僕の名前が入っている刺繍糸が金糸のため、全体的にゴージャスな印象だ。
アンディさん曰わく、この金糸は
色に関しては元々の色が銀色なのでイイ感じの黄色を塗れば金属光沢のある黄色、つまり金色になるらしい。高級感どころか寧ろ普通に高級だった。
それでも、魔法を使えない僕にとっては意味が無いように思えるが、実のところ、スキルを使うのと使わないのとでは物真似の出来に大きく関わってくる。
例えば昨日の試験監督の構え。あれをスキル無しで再現しようとするとそれほど再現性が高くなく、スキルで魔力を使うことよってそれの補助をしているという訳だ。
こんないい服を着るのは初めてなので疑問点が沸々と湧いてくる。
「破っちゃったらどうしよう、代えってあるのかな?あぁ、でも払えるかなぁ、いや絶対無理だぁ……」
「そんな心配しなくても大丈夫だよ?それには様々な付与魔法が施されているから、滅多なことじゃ破れないし汚れないし、万が一破れても小さい穴なら自動で修繕してくれる上に、ちゃんと虫害も防げるからね。それを着てる限り災害にでも巻き込まれない限り破れないよ。まあ、そのお蔭で一着で一財産だから無くさないでね?」
「最後の一言で死んだ心配が生き返りましたよ……」
まあまあと慰められながら僕はアンディさんにお礼を言う。
「この数日の間、ここに住まわせて戴きありがとうございました。」
「陛下の勅命だし気にしなくていいよ。あ、そうだ、同じ学院の先輩として一つアドバイスね。」
卒業生だったんですかなどと茶々を入れつつアンディさんからアドバイスを貰う。
「恐らく君は私の経験から言って、良い人材が多い今年の代で考えれば、君はあの学院で一番弱い。『最弱』だろう。」
「やる気なくなるようなこと言わないで下さいよ……」
「けど言い方を変えれば、『最強』に最も遠い分、それだけ伸びしろがあるんだ。君のスキルは使い方如何によっては一夜城にも詐欺の道具にもなる。つまり何が言いたいかというと、君の弱さに君のスキルは最高の組み合わせなんだ。君の成長振りを楽しみにしているよ。」
褒めてるのか貶してるのか分からない、最終的には褒めていた激励を受け止めて、僕は思い出の箱を背負って学院に向かった。
玄関を出てすぐに面している大通りを見ると数多くの馬車がごった返す。どの馬車も豪華絢爛に彩られ、デデンと屋根と扉に大きく様々な家紋が彫られている。
少しの間圧倒されているとふとある事に気付いた。道を通る場所、馬車の大きさ、馬の質、外装の豪華さ、と言うよりお金の掛けた具合、などが微妙に異なるのだ。
例えば斜め下を通った馬車。平民からすれば十二分に豪華なのは前提として、少し前に通った真ん中よりの馬車と比べて小さめで、馬の毛並みも白髪の美しさが映える馬に対して茶色の毛並みがいいだけの馬だ。
『だけ』と言えば聞こえは悪いが、それでも良い馬なのは間違い無い。平民の使う辻馬車はもっと筋肉質で泥まみれだ。そういった価値観の差異は、貴族内での縦社会の存在が齎すのだろう。
はたと思考の世界から帰還した僕は階段を下りて学院に向かう。よく見るとちらほらと歩いて学院まで歩いている人もいる。
彼らの精悍な顔つきや纏っている魔力の大きさから、一般試験を受けた成績優秀者なのだと思うと自然と気が引き締まる。
学院までの大通りがやけに長く感じられる。それは期待と不安、そして何か悪戯を思いついた少年のような笑みを浮かべた陛下の所為で感じる嫌な予感、それらがごちゃ混ぜになった何とも不思議な感情の為か。
歩き続けること約三十分、漸く学院の校門に到着した。暗赤色のレンガと巨大な鉄柵は僕の背丈の何倍もあるように見える。警備の門兵さん達に挨拶しながら家一軒程の大きさの門をくぐる。
予想外はまだまだ続き、校舎が中央広場の噴水を取り囲むように出来ていて、道は十字に続き、道幅は馬車三台が通ろうとすれば通れなくはない程。しかし、流石に馬車はここまでは来てはいけないのか校門の手前で生徒を降ろしている。
そして、至る所という程でも無いにしろ、校内掲示板や道案内看板が道に迷わないように設置してある。詳しい話は分からないが、どうも世界一小さな国家と同じか、一回り程大きいか位の敷地面積だそうだ。それじゃあ道に迷うのは道理だろう。
看板に従い生徒側玄関を通る。これまた看板に従い講堂までの長い、とても、長い、廊下を歩き、講堂に到着。自由に座っていいとの事だったので知らない人が密集していない、二階左側の壇上がよく見える所に座った。
ごちゃ混ぜな緊張を適度に緩めながら、僕は式の始まりを待つ。
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