第七話 運命はそんな無理難題を課すのだ。
「少し、早く出過ぎちゃったかな?」
暇を持て余した僕は、手摺から顔を覗かせて下の同学年の生徒達の様子を見る。
階下では女子生徒が群がってキャピキャピと話している。聞こえはしないが、大方貴族家特有の上っ面の会話だろう。平民の僕からすれば何が悲しくてそんなことをしなければならないのか、疑問が尽きない。
一方、他の男子生徒の集まりでは、力瘤を見せ合ったり、テストの点数などで競っていたりなど仲がよい事がわかり、改めて女子の不思議さを認識した。
「アンさ、隣座ってもイイ?」
「えっ?あ、ええ、どうぞ。」
「そかそか、アンがとさン。」
階下を眺めて未だに始まらない入学式を思いボーッとしていると、ふと、隣から声をかけられて現実に引き戻される。
声の主は同じ制服を着ていることから、同じ生徒なのだと判るが、お世辞にも貴族家の出身には見えない。
せっかくの燃え盛るような赤のショートヘアは暫く手入れされていないのか、ボサボサでまともに纏められてもいない。今掛けている眼鏡も、手垢やら何やらで、こちら側から瞳の色も見えやしない。
皺だらけの制服に孤児院の子供たちも目を背けるほどのボロボロの靴、何日も水浴びをしていないような身なり。
「アンたさ、特別受験組でしょウ?」
「え、えぇ、まぁ。」
「やっぱり!よォし、これで十人抜き達成だな、アりがとウ!」
唐突な質問に条件反射で答えると、一人でゲームでもしていたのか、すごい喜びようでいきなり手を握ってきてブンブン振ってきた。肩が外れそうだ。
何をしていたのか尋ねると、案の定、連続で何人の受験方法を当てられるかというゲームをしていたそうだ。そして丁度僕で十人目、だからあそこまで喜んでいたようだ。
「ア。そうだ、記念に名前教エてよ。」
「僕はノアです。家名はありません。」
「オー、そウかそウか、私はレイリー・ハーレイとイウ。言イづらイだろウ?気軽にレイとでも呼ンでくれたまエ。」
そう言うと突然にスッと立ち上がり暫し沈黙した。レイは頭を振って正気を取り戻すと、また隣に座ってもう少しで式が始まる事を教えてくれた。
「教えてくれるのはありがたいけど、何でわかったの?」
「勿論、私のスキルのオ蔭だよ。」
僕がどんなスキル何だろうかと考えていると、今の今までざわざわと騒然としていたにもかかわらず、突然息を合わせたようにピタリと声が止む。
気がつけば周囲にはレイ以外誰も居ないと思っていたが、いつの間にか全ての席に誰かしらが着席していて、不思議と気持ち悪さを感じた。
壇上には軍服のような制服に身を包む黒髪の美女が鋭い目で僕ら新入生を睥睨している。抜き身のナイフを彷彿とさせる彼女が口を開くと、講堂全体が張り詰めた糸のように緊張する。
「お早う、新入生諸君。よくこの学院の試験に合格してくれた。私はキーリ・ニグロム、この学院の生徒会という組織の会長を務めている。私の挨拶はここまでだ。」
すると彼女はそのまま、さてと前置いて再度話始める。
「諸君らは『しんにゅう』という言葉を聞いて何を思い浮かべる。新たに入る?進み入る?浸し入る?それとも侵し入る?──偏に『しんにゅう』という言葉を用いても、大きく意味が変わってくる。新たに入るとすればどこかの門弟になるという意味に、進み入るとすれば戦場を駆ける騎馬兵のような意味に、浸し入るとすれば沼に潜るようなそんな意味に──侵し入るとすれば、我らの聖域を荒らし回るような異形、異教徒、魔物、犯罪者、そんな意味になる。」
彼女が一呼吸置く度に、何故だか僕らは同時に上手く息を吸えなくなる。それは単なる緊張か、畏怖か、服従か。はたまた別の何かか。
上手く頭が回らない中、僕は会長の話を聞き続けた。
「他の二年、三年は知らないが少なくとも、私は諸君らを歓迎してはいない。私にとって、諸君らは新しく目の前に現れた魔物に他ならない。何をしでかすか分からない、その上何がしたいかも分からない、私から見れば未熟も未熟、稚魚や卵も形容し難い、云わば子種だ、まともな生物にすらなっていない。だからこそ、私は諸君らを『侵入生』として接する。この学院で伸び伸びと学業に励みたいならば、まず目標とすべきは『私の聖域で認められる事』だ。」
私からは以上だと述べると、緊張の糸が切れ一気に弛緩する。同時に拍手喝采が贈られ、氷のような眼差しの会長は壇上を去って行った。
去り際、僕と目が合ったように見えたが気のせいだろう。
その後は学院の理事長や内部進学生の挨拶、つまりアイリーンの挨拶だ。昨日までの気軽さ?とは打って変わって、真面目で優等生さを窺わせる挨拶だった。
式も終わり、僕ら新入生は講堂前の掲示板に張り出されたクラスの振り分け表を見て、自分達のクラスに向かう。
「僕は……あった、Aクラスか」
「オ、私もAクラスだったから同じだね。」
表を見ると、レイも同じクラスだった事もあり一緒に行くことになった。
貴族家の次男三男などが学ぶと聞いていた為、豪華絢爛な外装内装だと思っていたが、意外にも質実剛健な造りになっており、レイ曰わく、
「ここは有事の際に帝都に住む貴族や豪商を匿ウ為にも使われるから、一種の砦や城塞の役割を持つんだ。」
とのこと。物知りを褒めると得意げな顔で眼鏡のブリッジを押さえながら鼻を高くしていた。心なしかレンズが煌めいた気がする。
そうこうしていると、漸くAクラスの教室に到着した。横開きの扉を開けると、席は縦4横3列の十二人分しかない。
その上他には誰も居ない中、一番前の真ん中の席にはアイリーンが座っていた。
「あら、昨日振りね。でも、全員に向けてとはいえ、挨拶はしたわけだしさっき振りかしら?」
「あ、アイリーンは同じクラスだったのか」
そのまま僕とレイはアイリーンに言われるがまま、黒板に書いてある座席表を元に自分の席に着いた。僕はアイリーンの左隣、レイは僕の後ろといった感じだ。
「わァ、ノア君が皇帝陛下のご令嬢とオ知り合いイだったとは。」
「まあ、僕も昨日ちょっとした事で知り合ったばかりなんだけどね。」
「それよりもアンタがこの『解析者』と知り合いだった事に私は驚いてるわよ。」
「あぁ、レイとはさっき式が始まる前に話してて、クラスも同じだったからそのままね。」
レイとアイリーンの二人に挟まれながら、互いの出会った状況などを交えて話した。
「へぇ、じゃあやっぱりアンタは噂に違わぬ変人だったって事ね。」
「オ褒めに与り光栄です、アイリーン殿下。」
「いや、褒めてないんだけど。」
「なるほど、ノア君は悪党に絡まれてイたところを間接的に助けてもらった訳ですか。」「ま、私はそんなつもりじゃ無かったんだけど、結果的にはそうなるわね。」
「ノア君、君はもウちょっと頑張りましょウ。」
「はい、すみません……」
「それじゃ改めまして、宜しく、レイ。」
「こちらこそ、宜しくです、殿下。」
「その殿下って言うの止めてくれない?せめてプライベートくらいは楽させてよ。」
「そウですか。そしたら、リーンでどウでしょウ?」
「うん、それでいいわ。」
僕が若干除け者にされた感があるがそれは兎も角、歓談が一区切り尽き二人が握手していると、丁度鐘が鳴った。恐らく学院の真上に乗っかっている僕の背丈よりも大きな鐘だろう。
鳴り響く鐘を聞き僕は自分の席に戻ろうと顔を上げると、驚いたことに今まで誰もいなかった席に全員着席している。
机に突っ伏して鼾をかいて寝てる男子生徒、何か本を呼んで笑っている女子生徒、一心不乱に紙に何かを書いている女子生徒、手鏡を見つめてウットリいる男子生徒、机の上に座り瞑想している男子生徒、ずっと甘そうなものを食べている男子生徒、窓を開けて鳥と話す女子生徒、武器や鎧の手入れをしている男子生徒、爪や髪の手入れをしている女子生徒だ。
九者九様九人九色の様相の彼らの能力の高さについて考えていると、教室の扉が開かれていつか見慣れた老爺が入ってきた。
「お向かいさん?!」
「博士?」
「ハハハ、ちゃんと騙されておるのぅ。」
後ろのレイも驚いていると、お向かいさんは高らかに笑いながら、そのスキルを解いた。
すると、瞬く間にその姿がお向かいさんとは全く別の、初対面のお爺さんに変わった。
「まずはそこの二人、いい驚き方をしてくれた、ありがとう。儂はこのクラスの担任となったグリズリ・バーシじゃ。担当科目は『技能学』を教えておる。儂のスキルは【
と、快活に笑うお爺さん──バーシ先生は随分と陽気な先生らしい。アイリーン曰わく、バーシ先生の新入生ドッキリは恒例行事のようなモノで、内部進学組は先輩方から前もって教えられるそうだ。
他に驚いている人を探すも誰一人として居らず、殆どが先程まで行っていた事を続け、先生の話を一切聞いている様子が見られなかった。聞いていたのは僕とレイ、そしてアイリーンくらいだ。
「クラスの中で半数くらいは新入生だった筈なのじゃが……まあ、そんな事もあるじゃろうて。今年は随分と肝の据わった大者が入ってきたようじゃの、ハッハッハ」
僕もレイも上手く反応出来ずそのまま教室が白けてしまった。
「儂の挨拶はこれで終わりじゃ。次は君達の番じゃ。名前と入学方法、言えれば理由も欲しいかの。それじゃあ、そこの君から。」
「僕ですか?」
「さる御方から御達しがあっての、君からさせるように、とな。そういうことじゃ、早速教壇に立ってやってもらうとするかの。」
きっと、陛下がした悪戯だろう。こういうちまちました嫌がらせをするためにこの学院に入れさせたのか。全く無駄なことをする。やはり、天上人の考えはわからない。
「それでは僭越ながら。僕の名前はノア、と申します。入学方法は普通に試験などをして入学はしましたが、名前を挙げて良いものか判別がつきません故、とある方とさせて頂きますが、その方に推薦?を戴いた事から特別入学という形でこの度は入学させて頂きました。どれくらい長く居られるかは分かりかねますが、これからどうぞ宜しく御願い致します。」
自己紹介を終えると、レイとアイリーンと先生だけが拍手をして、他は意に介していないようだ。きっと、彼らにとって僕は居ても居なくても変わらない存在に思えているのだろうか。
そして次はレイの番になった。
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