第八話 どんな難題にでも必ず救済がある。

「それじゃア、後ろでアる私の番でイイかな。」


 レイはそう言うと立ち上がり、僕と交代して教壇に登る。


「エー、ごほん。私の名前はレイリー・ハーレイ。中等部から入学してイる内部進学組だ。私は昨年度までは技能学だけを学んでイれば良イとイウ約束で入学した。今年度からはとアる鍛治師と共に技能工学を学ぶだけとイウ約束で進学した。授業にはアまり出席することはなイだろウが、これからよろしくどウぞ。」


 僕としては驚きを隠せない所が少々あったが、レイ的にはどうやら満足のいく自己紹介です出来たようでなによりだ。


 そして次はその後ろの女子生徒、小鳥と話していた人だ。彼女は暫く口を開けたままポーッとどこかを見ていたが、レイが眉間を人差し指で突っつくと、ハッと意識を此方の世界に戻せた。


 何とか状況を把握した彼女は恥ずかしがりながら、登壇して自己紹介を始めた。


「わわ、私の名前はフェリーツ・ド・リトルですっ!えっと、レイ君と同じ内部進学組ですっ!えっ、あ、えと、好きなものは生き物で、苦手なものは怖いものです。先日父が死んでしまったので、暫定的に現在の当主は私になりますっ!……って、私何言ってるんだろうっスミマセン……」


 わざわざ訃報を伝える意図は読めなかったが、頑張って自己紹介をしていた。全体的にふわふわとした雰囲気の彼女だが、それで暫定とはいえ狐と狸の化かし合いなどとも言われる、貴族の当主としてやっていけるのかは一向に謎である。


 次は爪や髪の手入れをしていた女子生徒だ。服をはだけさせて目のやり場に困るが、それはそれとして目つきが怖い。どこかで見たような目つきだ。


「アタシめんどーだからココで良いよね?チェイテ・ニグロム、特殊入学、親に入れられた。これでいいでしょ。次。」


 誰かに似ていると思っていたが、生徒会会長の妹だったのか。軍人然としていてギチッとした印象の会長と異なり、同じ雰囲気であるが服装と態度同様自由人な印象がある。


 次はアイリーンだが、彼女は式の挨拶で大まかな事は皆知っているだろうと、省略された。本人は用意していていた台本が有ったようなので少し肩を落としている。


 次は手鏡の人だ。彼は登壇するなり颯爽とかつ華麗に教卓の上に座って脚を組み、髪を撫でつけながら自己紹介を始めた。


「僕の名はスキールニル・スペイクルム、気軽にスキールとでも呼んでくれたまえ。そして、内部進学組だ。僕の好きなものは美しいモノ、つまり!この、僕だ!そして、嫌いなモノは醜いモノと汚らしいモノ、つまり!貴族と君ら男共だ、むさ苦しいったらない!話しかけることを許すのはこのクラスなら、そうだな、ノア、と言ったか。それなりに身なりに気をつけているようだがそこのハーレイと連む限り僕に話しかけることは許さない。大体何なんだそのボサボサの頭としわくちゃの制服は?!穢すぎる!本来なら同じ部屋に居たくないくらいだというのに!ふう、……まあ、今日はこれくらいで許してやろうか。」


 スキールニル君……なかなかに苛烈な?人のようだ。言動には少し頭にくるものがあるが、レイに関しては……まあ、正論だろう。


 教卓から降りて自席に戻ったのと同じタイミングで、今まで瞑想していた男子生徒が登壇した。


「我は神咒院 伊邪那かんのういん いざなと申す者なり。母国である葦原中国あしはらのなかつくにより参った。我らが主たる帝の命により、祖国を遥かに凌駕すると聞く発展した勉学を修めに参った次第。幾分か皆々様よりも若輩者ではありますが、何卒、宜しく御願い致し申す。」


 終始目をつむり、手を合わせたまま挨拶をしてお辞儀をしたイザナ君。遠い国からやってきただけあって僕らとは名前の雰囲気が異なる。姓と名が逆さまな所が大きな違いだろう。


 先生の言っていた自己紹介の形式とは違うが大まかには分かったので、まあこれはこれで先生も許してくれるだろう。


 次の生徒は武器や防具を手入れしていた人だ。彼は一旦その手を止めて登壇すると、カッと目を見開いて始めた。


「俺の名はオルランドという。一般試験だ。特技は剣術。俺は主に剣を学びに来た。一般騎士共では底知れているから、曰わく元皇帝陛下直属近衛騎士団長がここの剣術の師範代と聞き、その方から剣を学びに来た。生憎俺の剣術の試験官ではなかったが、ここの剣術のレベルはそこらの騎士よりは高いと分かった。あまり馴れ合いは好かん。用がない時以外は話し掛けるな。」


 彼は席に戻るなり、また剣の手入れに戻ってしまった。そこまで手入れをする必要はあるのだろうか。逆に切れ味が悪くなりそうな気がする。心得はないド素人の考えだ、真に受けてはならない。


 続いてずっと寝ていた男子生徒だ。と、思ったがまだ寝ている。まさか死んでしまっているのでは?そんな事を思わせるほどに呼吸による体の動きも息づかいもない。


 先生が揺り起こしても反応がないので、いい加減先生も堪忍袋の緒が切れたのか、頭をひっぱたいてようやっと目覚めた。


「ん?あ、先生か。」

「何を寝ぼけておるんじゃ、早う自己紹介せんかい!」

「へいへい、すいやせんでした。」


 どうやら彼は先生と知己の仲のようで、軽口を叩き合いながら登壇した。手に唾を吐いて髪を撫でつけ、スキールニル君や女性陣が気持ち悪がるなか、自己紹介を始めた。


「俺の名前はトライム・スィラフェン。話す機会は少ないだろうけど宜しく、スキルの関係上寝てる事が多いからな。俺から分泌される体液は汚くねぇぞ、因みに。現存する亜人族の中で最も希少な種族の一人なんだよね、俺。蜜人、知ってる?まあ別に良いんだけどね、知らなくても。」


 欠伸をしながら席に戻ると彼はまた眠りだした。スキルを理由にしてサボるのはどうかとも思うが、これもまたしょうがない事なのだろう。


 続きましては本を読んでいた女子生徒だ。彼女は本を閉じると、眼鏡の代わりに右目に眼帯をつけてゆっくりと登壇した。


「ティラディス・マーティです。外部です。右目は魔眼なので目を合わせないで下さい。宜しくお願いします。」


 しっかりした自己紹介の中で一番簡素なものだったけど、驚くべき事に彼女は魔眼持ちだったようだ。


 魔眼はスキルとは別に存在するスキルのようなもので、生まれ持った才能と同列に語られることが多いが、その実、世界の総人口のうち約数パーセント未満しか居ないという、云わば超能力だ。


 一生で出会えるのが一人居るか居ないか程度の人と同じクラスだとは思わなかった。


 拝みそうになる手を心で抑えて僕は次の人の自己紹介を聞く。何かを書いていた人だ。


「ニーマ・スピィレンです!外部です!え、えと、さっき目にした人はもしかしたらって思っているかもですが、趣味は絵を描く事です!よよ、よろしくお願いします!」


 とても元気な挨拶だったが、少々引っ掛かる。彼女が何かを書いているとき、少し見えたが、あれは僕の読めない字だとばかり思っていた。だがしかし、話を聞く限りではやっぱり……絵、だったのだろうか?


 気を取り直して最後、大トリは今もなお甘ったるそうな物を食べている男子生徒だ。手も口元も菓子の食べ滓がこびり付いている。


 身長はおそらく2メートル弱程あるだろうに、彼は体格に見合わぬ素早さで登壇した。


「内部進学のクレフ・リクシオンだす。何分辺境から来たもんで未だに発音が苦手ですが、よろすくおねげぇすやす。いやさ、都会っちゅうもんは旨か食いもんが多くて多くて、食っても食いきれなんだなぁ。旨いもん見つけたらおすえてくれるとうれすぅです。」


 クレフ君の自己紹介も終わり、先生から学校の仕組みについて小一時間講義してもらった。


 朝は寮の管理人である寮母さんの指示に従って起床し、そして朝食を食べる。


 八時から十二時まで一コマ一時間か二時間の講義をしっかりと受けて、十三時までお昼休み。因みに食堂は災害時並みに混むらしいので、早く行って早く座るのが良いとのこと。


 十三時から十五時まで午前と同じように講義を受けて、部活動や研究活動を行う。明日から一週間の間、下校する際に猛烈な勧誘を受けるらしいので、身構えるようにとのこと。


 どこかしらに所属すれば十八時まで活動して、所属しなければそのまま下校する。寮にもよるが、だいたい門限の十九時までに帰ること。


 理事長、学院長、生徒会長のいずれかからの許可無しには学院外に出てはならず、出てしまった場合、厳正なる判断の結果処罰が検討されるらしい。


 一通り説明が終わり、他に質問は無いかと先生が言うので、かねてより疑問に思っていた事をぶつけてみることにした。


「何故、貴族家の人が戦う術を学ばなければならないのでかょうか。」

「と、言うと?」

「もし僕のように平民も通う事も出来るから、という事ならば理由としては少し弱いと思います。この学院では僕らのような平民は圧倒的に少数派です。もし少数派の為ならば、わざわざ入学試験に組み込んだりせず、入学後に選択授業として取らせれば良いだけだと思いますし。」


 そこまで言い終わると、先生は、ふむ、と思案するように白くフサフサとした顎髭を撫でながら考える。


 なかなか明確な答えが無いのか、それとも知らない事に対する適当な言い訳でも探しているのか(前者であってほしいが)、暫く考え込んでいると、徐に顔を上げて答えを話し始めた。


「多分、元々貴族家の跡取り以外が入学することが多いこの学院において、彼等のその後の人生設計を考えられておるから、じゃないかの。彼等は卒業後恐らく父兄の補佐、ないしは国に仕える文官や武官に落ち着くじゃろう。戦争じゃ戦のいの字も知らぬ武官には作戦立案を現場で指揮する事は出来ぬじゃろう?そうでなければ探索者にでもなるほかあるまい。」


 そう言うと、先生は一息ついてから思わぬ爆弾を投下する。


「その点、お主はこの学院において相当厄介者じゃな。座学を全て満点で合格したのじゃから文官の道は安泰。この代からは文官への推薦はお主だけで良いとまで言われておるのじゃから、自然と他の生徒たちは武官の道に──あ、いや、この事は忘れてくれ。機密事項じゃった。まあ、なにも知らずに雇われた老人の適当な予想じゃ、軽く受け流して欲しいの。」

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