幸か不幸か、僕は未だに生きている。

クラスメートF

第一話 僕が思うに、世界とは残酷である。

 僕が思うに、世界とは残酷である。


 この世界に産まれ落ちた瞬間に、僕達の人生は決まったと言っても過言ではない。


 産まれた家が貴族家であれば、僕はきっと今頃猫を撫でて読書に耽っていただろう。


 産まれた家が一般的であれば、僕はきっと今頃父親の仕事を教えられていただろう。


 産まれた家が貧乏だとしても、僕はきっと今頃パン一片の為に働き詰めなのだろう。


 僕が孤児でなければ、きっとどれかに当てはまっていただろう。もしかしたら、もしかしたら、もしも、もしも、もしもしもしもし。


 ネガティブに考えるのは僕の悪い癖だ、自重しなければならない。例えそれが、迷宮で彼らは微塵もそんな事を思っちゃいないだろうが、仲間にとしても。


 僕の居た孤児院は十五歳になったら探索者の資格を与えられる。そして強制的に追い出される。勿論、武器の使い方も知らず何も持たされずに、だ。


 要は口減らしだろう。今年例の年齢になった僕は、三日分の衣服とパン一斤を持たされて追い出された。これは偏にいつもの僕の働きのお蔭だろう。


 シスターや神父より朝早く起きて、皆のために味の薄い具なしスープと、痩せた畑で作られた味のしない蒸かした芋、何かしらの記念日ならばデザートに、貴重な砂糖を溶いた水を染み込ませたクズの根を、神父とシスター以外の全員分を用意する。


 二人は要らないと言って全部僕達に与えるが、実際は食えたものでは無いからだろう。その証拠に二人は二人のための蒸留酒、濃厚な穀物のスープと仄かに甘いパン、偶に黄色いプルプルしたデザートも食べているところを見た。


 僕は別にそれを疑問にも思わなかったし、偶に僕にだけそれらをくれたりする事が、シスターと僕の秘密だったりして、なかなかどうして嬉しかったりした。しかし今思えば、それはただの口封じに過ぎない事ぐらい分かっているし、抑誰かに言い触らそうなんて真似もしようとは思わない。知らない方が幸せな事だってあるのだ。


 そうこうして無事に追い出された僕は、とある探索者パーティーに荷物持ちとして採用された。


 子爵家の次男坊、アイザック・キャヴェンディッシュを筆頭とする、『アイザック探索隊』というパーティーだ。新人いびりで有名なパーティーであったが、どんなにダサい名前でもそれなりに財力と実力が伴っていることから、ある程度の事は我慢しようと思った矢先の事だ。


 彼らの実力は精々、二十階層までだったがその日、つまり今日は珍しく二十一階層に進出しようとしたのが運の尽き、身の丈に合わない強さの魔物に悪戦苦闘し、仲間一人が亡くなってようやっと逃げるという選択肢を持ち始めたのだ。


 僕は何度も逃げよう、生きていればいつでも挑戦出来るから、と嘆願したのだがそれが裏目にでて、意地を張って逃げ出さずに居たのだ。


 仲間が二人亡くなって初めて逃げようとしているのが振る舞いにでたことで、また僕は失敗した。なんでその時その言葉が出てきたのかは分からないでもないが、流石にその場で「やったぁ」は無いわ。うん。


 その所為でアイザック氏はまた意地を張って三人目を亡くした。流石に苛立ちが見え始めた頃、彼は僕の襟を掴んで魔物の方へ投げ飛ばした。飛び道具だと勘違いした魔物は僕を片足で壁に叩き付けた。意識が暗転していく中、彼らが僕の有様をみて死んだと思ったのだろう。


「カスが、囮にもなれねぇのか!」


 と、捨て台詞を吐いてもと来た道を戻っていった。僕は勿論置いていかれた。あの魔物は僕を何故襲わなかったのかは定かではないが、幸か不幸か、戦えない上に重傷の僕は生き残ってしまったらしい。


 漸く明転した薄暗い周囲を確認してから死体を担いで、見付からないように、見付からないように、ゆっくりと歩幅を広げて足音をたたせずに歩く。


 肋は先程?の衝撃で五本六本は確実に逝ってしまっているし、頭も揺さぶられた所為か視界が偶に歪んで見えてしまう。


 そんなでも不幸中の幸いに、この階層の魔物は生きている獲物にしか興味が無い。二度三度見つかりかけたが、死体を覆い被させて僕のスキルをフル活用して逃げ延びる。


 それを何度も繰り返し繰り返し二十階層に降りた時、別のパーティーに鉢合わせた。誰か人に会えた安心感で倒れ込み、身体を揺さぶられる中また意識が暗転した。




 目が覚めると、そこは見知らぬ天井だった。孤児院のもので無いならば、僕の知っている天井はない。つまり、孤児院ではないのだ。それだけは確定した。


 孤児院では感じることのなかったフカフカのベッドで寝返りを打ってみると、自分のベッドが角にある事は分かった。


 そこに生まれる安心感と不安感。生きて脱出できた・・・いやさせてくれたことに安心を、ここのベッドの使用料を気にして不安を胸中に抱く。


「おや、目覚めたかな。」


 部屋の扉を開けた彼は、僕を見るなりそう言った。服装からして探索者ギルド職員のようだが、服の下に隠れている筋骨隆々の肉体により、シャツとジャケットが悲鳴を上げている。


「あな、たは?」

「見ての通りのギルド職員さ。……さて、身体に異常が見られないようなら、今回の事について聞かせて貰おうか。」


 ?何故か若干喧嘩腰なのは気になるが、僕はありのままの真実を語る。身の丈よりも強い魔物が出てきたこと、彼らが逃げようとしなかったこと、僕を置いていったこと。


 ありとあらゆることを話し終えると、職員は大きな溜め息をついて呆れと嘲り、若干の憐れみの見える顔をして絶望を突きつける。


「そうかそうか。とりあえず、平民の戯れ言として記録したおく。」

「はい?」

「自分でやらかしておいて図太い奴だな。」


 彼はそう言うとアイザック氏らの主張を話し始める。アイザック曰わく、二十一階層に行こうと進言した僕は魔物に出会うやいなや彼らを魔物の囮に使ったらしい。蹴飛ばして魔物の餌にさせようとしたものの、自分が巻き込まれてしまったのを好機と思い、命からがら逃げ出したというシナリオなのだそう。


 言っている事とやっていることが真逆だ。勿論、平民である僕の供述がまともに通ることもなく、調書とやらには全面的に肯定したとだけ書いてあるそうな。


 職員は僕の意識が目覚め次第、僕を牢屋へぶち込み処刑されるらしい事を教えてくれたものの、直後にフル装備の衛兵達によって連れられることとなった。


 牢屋の中へ連れられると、壁に繋がっていた手枷足枷を着けられる。元々大した物も入ってない荷物でさえ奪われてしまった。


 僕は処刑方法が決定されるまでの間、トイレ・寝具付き風呂なし、一人暮らしには少し物足りない位のこの部屋で過ごすこととなった。


 お隣さんもお向かいさんも面白い方で、いつも話しかけてくれる。主に罵声で監視役に向かって。監視役の人もすごい。どんな罵詈雑言を浴びせられても、冷めた目一つで屈強だったお隣さんを黙らせる。


「僕もやってみようかな。」


 そう言って僕はスキルを発動する。僕のスキルは役立たずな【ものまね】と言うものだ。文字通り真似るだけのスキルである。もっと強いスキルならこんな事にはならなかった筈なんだ。


 僕はキリッとした監視役のものまねをしてみると、お向かいさんがそれを見て失笑してしまった。僕の【ものまね】スキルは完璧な形態模写などではなく、どちらかというと演技に近いものだろう。イメージだけで上手くいってしまうのが良い点だろう。


 その後も懲りずにキリッ、キリッとしていると監視役にバレてしまった。苛立っている監視役に、少し大袈裟なアイザック氏のものまねをしてみるとツボに嵌まったらしい、今後も偶にやることを条件に許して貰えた。




「貴族家の次男らを陥れた挙げ句、其方は何ら反省していないようだ。よって、其方は死刑とし、執行方法はこの場にてヒュドラの劇毒を一本飲み干すものとする。無残な刑で無いだけ慈悲があったと我らが皇帝に感謝するがいい。」


『帝国司法部地方責任者』という肩書きを持つ所謂裁判長が下した判決。ここ最近行われた処刑方法で最も重い物ではなかろうか。


 ヒュドラの劇毒とは、ヒュドラという魔物が噛みついたときに注入する毒物で、致死性が高く、致死性の塊と言っても過言ではない。一滴で脈が止まり、一匙で内側から焼かれるような激痛が走る。ならば一本飲めば・・・


 慈悲とは。


「最期に言い残す事はあるかね。愛する者がいれば別れを言うもよし、友が居るならば縁を切るもよしだ。」

「それじゃあ、当然ここにアイザック氏は来ていますよね?」

「来てはいるがそれが何だと言うのかね。」


 裁判長は遺言を聴いてくれるそうなので、僕を陥れたアイザック氏にちょっとした意趣返しをしようと画策する。


「それじゃあ、アイザック氏を呼んで下さい。」

「フン、恨み言かね?逆恨みもいいところだが、私も言ってしまった手間今更引けぬ。では、アイザック氏をお呼びしよう。」


 アイザック氏は性格はアレだが、外見は爽やかなイケメンであるため女性からの人気は高く、様々な処刑を観る為の観客席にいた女性陣は、僕に向かって罵詈雑言や石を投げ始めた。


 衛兵達も今ここで死んでもらっては困ると、女性陣を諫めて取り締まっているが健闘虚しく、アイザック氏が来るまで石の雨は止むことがなかった。


「アイザック氏は其方の我が儘に付き合ってくれるそうだ。感謝するがいい。」


 裁判長はそう言うと、道具の準備のために衛兵と裏へ戻っていった。


「それで、何なんだ?お前は。この私を呼び出すなんて逆恨みか?」

『アイザックゥ……お前が、お前がァ、退かなかった所為でェ……!』

「なっ!何なんだお前、そしてその声は!」


 アイザック氏が驚くのも無理は無い、【ものまね】を使って死んだ仲間の声を真似ているのだ。ちゃんと口調も合わせて。


 アイザック氏本人からしたら死霊が乗り移ったようにしか見えないだろう。何故なら見たことは無いが死霊が乗り移ったように真似ているからだ。


 勿論、全く声が同じという訳では無いので分かる人には分かってしまうのだが、真似る事に関しては他の追随を許さないのだ。それが僕の生まれ持った不平等なスキル【ものまね】だ。


『アアアアイイイイイザァァアアァックゥゥウウゥゥ!どおして!どヲしィて!俺達ィイイを置いてイッタあ!』

「何でお前らがこいつに!お前、まさかスキルを偽っていたと言うのか!」

『オデわぁ悲しかったァ!ギザマガナンで!オデらは友達ジャアなかたのかァ?!』


 できるだけ死霊のように、情念に捕らわれた怨霊のように。アイザック氏はどんどんと憔悴し始める。異変を察知したのか裁判長が戻ってくる。


「なっ、あれは死霊に取り憑かれたのか!衛兵共、奴を縛れ!何をしでかすのか分かったものではないぞ!そこのお前は教会から神官を呼んでこい!モタモタするな!」


 バタバタと周りの人間が動き出したのが不安になったのか観客席に居た人達もパニック状態に陥っている。何やらちょっとした意趣返しが大事になり始めてしまった。


 とりあえず、安全に事を終結させる為、神官の浄化の魔法を受けるまで間を持たせた。無事に終えてしっかり倒れ込むのも忘れない。


 たった今目覚めたように振る舞うと、神官も裁判長も安心してその場にへたり込んだ。


「今日の事は帝都の本部最高責任者に伝えなければなるまい。少し気になることがあるが、今日はここで閉廷とする。」


 少なくとも今日一日は首の皮一枚で繋がったようだ。

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