第7話 大家族の女主人(前編)
今住んでいる家もそうだ。夫や夫の両親は既に亡くなったが、多くの親類縁者が集まっている。おかげで我が家は大所帯だ。
「須美代おばさま、こちらが例の家政婦さんです」
親せきの一人、
「ああ、今日だったね。初めまして。アタシがここの女主人の山崎須美代ですよ。で、アンタのお名前は?」
家政婦の女は須美代よりは若いが、恐らく還暦を超えてはいるようだ。白髪交じりの髪を後ろで一つに束ね、白いブラウスにグレーのスラックス。化粧っ気のない地味な顔立ちは控えめそうで好感が持てる。姿勢も良い。彼女はしとやかに頭を下げた。
「初めまして大奥様。KKファミリーサービスより参りました、
「うん、いいね! 気持ちの良い挨拶だ、気に入ったよ。それじゃ、後はこの美和と一緒にウチの仕事を頼むよ」
「かしこまりました、大奥様」
「何しろウチは大所帯だからね。大丈夫、みんなアタシの家族だから。ああそうだ、後でお茶持ってきてね」
「はい、おばさま」
「失礼いたします、お茶をお持ちしました」
ノックと共に入ってきたのは、美和ではなく先ほどのお手伝いだった。
「おや、アンタかい。どうだい、ウチは広いから掃除のしがいもあるでしょ」
「ええ、本当に」
「さすがに美和だけに任せるわけにもいかないからね。他にも家事を引き受けてくれる女衆は二、三人いたんだけど、偶然にも相次いで子どもが生まれて、育児で忙しくなっちまったもんでね。ま、あの子が一番働き者なんだよ。小さい頃から仕込んだ甲斐があるってもんだ。そこに加えて、アンタみたいな人が加わると、美和もプロの家事テクニックを学べるからね。こっちとしちゃあ、家を手伝ってもらえるし、美和も勉強になる、一石二鳥さ」
須美代は読んでいた書類を脇に置き、淑子の出した茶を飲む。温度も濃さも適切だ。
「うん、やっぱり美味しいね。こういうところにも手を抜かないのがプロなんだねぇ」
「恐れ入ります」
「ところで、ウチのことは美和から色々聞いていると思うけど」
「はい。こちらのお屋敷には親類縁者の方々も一緒にお住まいだそうで」
「今どき珍しいだろ、こんな大家族。話せば長いことになるんだけどねぇ……」
須美代が山崎家に嫁いだのは、もう五十年以上昔の話になる。夫とその両親は「山崎商店」という小さな小間物屋を営んでいた。数字に強く、働き者で人当たりも良い須美代は、商売に向いていたらしい。義父母や夫と共にせっせと働き、小さい店はやがて人を雇うまでに大きくなった。商売は順調に進んだ。須美代は小間物屋に飽き足らず、保険の代理店や新聞販売店なども手掛けるようになった。小さな「山崎商店」は「山崎商事」と名を変え、一軒家の小間物店は鉄筋コンクリート造りのビルになった。 今では数棟のビルを所有し、コンビニと飲食店とエステサロンのフランチャイズ、それに不動産経営と多角経営の企業に成長した。
みんなで大きくした会社は、何物にも代えがたい宝物だ。ただ唯一の心残りと言えば、子どもに恵まれなかったこと。跡取りを残せなかった悔いは今も心の奥底に潜んでいる。
だからこそ、須美代は甥や姪を我が子のように可愛がった。ただ溺愛するだけではなく、勉強や習い事など、本人の才能を伸ばすことには金を惜しまなかった。ピアノを習いたいと言う姪にはピアノを買い与え、良い教師を紹介した。留学したいという甥っ子には学資を支援した。最初は甥や姪だけだったが、やがて多くの親類縁者が須美代を頼るようになっていった。姪の嫁ぎ先の家に就職難で困っているという若者がいれば「ウチで働きなさい」と誘い入れた。義姉の夫の会社が倒産したと聞けば当座の生活費を無利子無担保で貸し与え、知り合いの弁護士を紹介してやった。
気が付けば多くの親類縁者がこの家に集い、暮らしている。みな、須美代を頼ってきているのだ。
「大奥様はお優しいのですね」
「どうだかねぇ。口さがない連中は『アンタは人が好すぎる、みんなアンタをアテにして甘えている』と言うけどねぇ」
「まぁ、そんな」
「ひがんでいるんだよ、そういうこと言う奴らは。自分がいい仲間に恵まれないからね」
縁あって同じ一族の仲間となったのだから、みなで助け合うのが当然だ。そして、一族の中で出世した者は、他の者の面倒を見てやればいいだけの話だ。
「確かに人にたかるだけの奴がいないわけでもないさ。でも、みんなアタシに恩義があるから、結果としてみんなまじめに働いてくれる」
それに、これだけ多くの親類縁者がいれば、それなりに出来の良い者も見つかる。例えば美和は、それほど頭も良くない小娘だが、若いのに手まめで家事に長けている。他にも見込みのある若者が何人かいる。いずれ隠居する時には、この中から誰かを後継者にすればいいのだ。
「それだけのお人が集まるというのは、大奥様の人徳でいらっしゃいますよ」
淑子がそう言って笑った。さて、この初老の女には夫や子どもはいるのだろうか。須美代はふと、そんなことを思った。
「アンタも、行く先がなくなったら言いなさい。縁あってウチに来てくれたんだ。もう半分、家族みたいなもんさね」
「では、その前にひと働きして参ります」
茶目っ気たっぷりにそう言うと、淑子は部屋を出ていった。
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