c/0.採光法
テーブルに思い切り図面を叩きつけられる。激しい音よりも、天板に何かこぼれていないか気にかかった。コーヒーのしみでも付いたら大変だ。
こちらを睨んでいるのは同僚だった。が、とっさに名前が出てこない。
「お前さ、何考えてんの?」
「なにって、設計でしょう」
「んなこたぁわかってんだよ! 内容の話をしてんだよ」
「どこか不備でもありましたか?」
「不備どころの話かよ。どうかしてる。シェルターに光庭なんて」
「強度の基準はクリアしています。最新の素材ですよ。透明度と強度、紫外線や風雨を含め経年変化への耐久性も抜群。さらに非常時には自動的に閉鎖できるシステムを幾重にもかけますから」
「何もそこまでして自然光を入れる必要があるのか?」
この人は本気で必要ないと思っているようだ。上の許可なら取り付けたのに。
「責任者にも話して了承済みですから。あなたのご心配はおよびません」
「また勝手に暴走してんのか。よく上も許すよな」
「私の発想を取り入れる気がないのなら、呼んでいただけてはいませんよ。私はしがない建築屋。技術は任せきりです。だからこそデザインにおいては妥協したくない」
「しがない、ねぇ。嫌味な言い方だよな。建築界じゃ最高の栄誉たる賞を受けた身で」
「ではあなたの言いようは?」
相手は言葉に詰まった。なじられるのは構わないが時間の無駄だ。食後のコーヒーもまだ取りに行っていない。
「未来の人間が、太陽のない生活にどう適応していくかは私の理解の及ぶところではありません。ただ、正しい量の光線を浴びていたとしても私は、日の光なくして狂わずにいられる自信がないのです」
呼吸と共に、図面を指でなぞる。
「まして芸術家であれば、移ろう空から、まばゆい太陽からインスピレーションを得たことのない者はいるでしょうか。学者さんたちは部屋に籠りきりでも生きていけるのかもしれませんが……おっと、これは偏見ですかね」
「そういう情報なら資料室に満載するだろ」
「記録はすべてを捉えられません。色、温度、形、匂い、皮膚感覚。あまさず再現した資料がどれだけありますか。助けになるものは多い方がいい」
「だからって」
「さいわい、当地に毒が及ぶまでまだ間があります。私たちには最善を尽くす義務があるんですよ」
立ち上がる。コーヒーはもうどうでもよくなっていた。
「さて、仕事に戻りましょうか。あなたにも信念はあるのでしょう? どうぞ、企画で私を思う存分殴ってくださいよ」
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