きっと欲しかったものは

「あんま勝手に出てくんなよー?」

「分かっている。リョウヤのジャマをするつもりはない」


 シャドウサーペントの戦いから一日。

 オレは、ドラガイアを連れて学校に向かっていた。

 一〇〇年後の学校がどんなものか、興味があるらしい。

「まぁ、リョウマの頃の学校も、実際に観たわけではないのだがな!」

「そりゃそうだろ」

 昔は今よりもっと学校のルールが厳しかったと聞く。

 ドラガイアみたいなおもちゃを持ってくることも、禁止されていたのだろう。

 今は、授業中に遊ばなければ別に良い。イヤな顔はされるけど。

 ドラガイアは、少しだけ開けたカバンの中から、外を見ているのだろう。もそもそと動く気配がして、周りに見られていないか心配になる。

(ロボトイだって言えばごまかせそうだけど……)

 昨日、あんな事があったばっかだしなぁ……


「おはようリョウヤ君! ね、今朝のニュース見た?」

「おはよ、フウラ。……ガス管のやつ?」


 教室に入ると、さっそくその話題が出て、オレは苦笑いする。

「そうそう! 爆発事故なんてコワいよね……」

「あー……そだな……」

 友だちの言葉に、オレはとりあえず頷いた。


 昨日、この町では大規模な爆発事故があった。

 そのせいで、いくつかの建物や道路が壊れてしまい、現在復旧作業中……


(……って、全部ウソなんだけどな)

 その事故の現場として報道されていたのは、昨日、オレとドラガイアがシャドウサーペントと戦ったあの場所だった。

 つまり、爆発事故なんて真っ赤なウソ。ニセの情報なのである。

(なんでこんな事になってんだろ……)

 あれだけの大きさの存在が戦ったのだ。目撃者とか、カメラ映像とか、探せばいくらでもありそうなものなんだけど。

「爆発した瞬間の映像とか、もしボクが近くにいたら……って考えちゃって。他のガス管も爆発したりするんじゃないか、って」

「あははー……心配し過ぎだってフウラ! んなカンタンに爆発しねぇよ!」

 っていうか、爆発自体起こってない。

 なのに、ネットでは『爆破の瞬間の映像』まで出回ってるんだから、もう不思議を通り越して恐ろしかった。


 何者かが、ツクモガングの事を隠している。

 どうして? なんのために?

 そしてオレは、ケーサツに捕まってしまうんだろうか?


「正当防衛つって、信じてくれると思う?」

 席につきながら、小さな声でドラガイアにたずねる。

「またその質問か。俺には分からん!」

 ドラガイアの返事は、何回聞いても同じだった。


 あの後、オレはさっさと家に帰ってしまっていた。

 理由はカンタン。母さんに怒られたから。

 部屋の片づけが途中だったのだ。事情を説明しようにも、何が何だかで……

 だからオレは、ケーサツが来た時の言い訳を考えながら、とりあえず帰って掃除の続きをした。そして……ケーサツは、来なかった。

(他に方法なかったし、わざとやったわけでもないんだけど……)

 はぁ、とため息を吐く。あの時は、身を守るためにもああするしか無かった。

 それでも、怒られるような事をしたのに見過ごされているような……どうにも居心地の悪い気持ちが、オレの中にはある。

 そこへ来て、あの情報操作だ。

 これから何か、良くない事が起こるんじゃないか、という予感がした。


 *


 その予感は、全然関係ないことで現実になった。

 ゲームの授業でのことだ。


『Lose……GAMEOVER……』


 画面が真っ赤に染まり、暗いアナウンス音声がオレの負けを知らせる。

「あー……まただ……」

 深く息を吐いて、ゴーグルとヘッドセットを外す。

「ご、ごめんリョウヤ! ボクまたミスしちゃった……」

「いや、オレの作戦が悪かった。フウラのせいじゃねーよ」

 あわてて謝ってくるフウラに、オレは首をふる。

「ちょっと守りに集中し過ぎたな。フウラはよくやってくれたって」

 もう少し攻めないとダメだったなー、とオレは笑って答える。

 正直言って、笑える気持ちではなかったけど。

 それでも、絶対にタッグパートナーのせいにはしたくなかった。

「けど……ボクがもっと上手かったら……」

「フウラは十分上手いって。それに、どのみちオレはこの作戦にしちゃってたと思う」

 フウラがオレよりずっと強くても、オレが作戦を決める限りは……攻めきれなかったにちがいない、と感じる。

「ほら、とっとと反省レポート書いて出しちまおうぜ」

 そう言って、オレはフウラと共にプレイの内容を振り返る。

 良かった所、悪かった所、改善していく方法。

 毎回ちゃんと考えはするけど、書く事はいつも同じだ。


『もう少し、突っ込んだプレイが出来ればよかった』


 もう何回も書いた一文を打ち込んで、先生に送信する。

 あとは、クラスメイトのプレイをながめているだけだ。

「……」

 ちらりとカバンを見ると、ドラガイアはだまってオレを見つめていた。

 その顔は何か言いたげだったけど、「あとでな」と声に出さず口にして、授業の終わりを待つ。


「――つまらなそうだったぞ!」


 そして、休み時間。

 校舎裏でドラガイアが最初に放った一言が、それだった。

「いや、前も言ったろ。別に楽しくねーって。授業だぞ?」

「いいや! クラスの中で、リョウヤが一番つまらなそうな顔をしていた! なぜだ!」

「なぜだ、って……結果、お前も見てたろ?」

 オレはゲームの試合で負けた。

 それも一度や二度じゃない。ここ最近ずっとだ。

「上手くいかない科目が楽しいわけねーじゃん。体育とかもそうだろ?」

「ぐむぅ。それはそうなのだが……何というか……」

 ぱたぱたとホバリングしながら、ドラガイアは肩を落として考え込む。

「……昨日のリョウヤなら、もっと前に出て戦っていたと思う」

「昨日はそれしかなかったろ。ああいうゲームは、一回のミスが命取りなんだよ」

 だから、どうしても慎重になる。踏み込めない。

 その結果負けてちゃ意味が無いのは、分かっているんだけど。

「むぅぅ。リョウヤはそれで良いのか? 本当はもっと――」

「良いも何も、それが一番だって思っちまうんだから仕方ねーじゃん。ってかさ」

 ドラガイアの言葉を聞いていると、どうしてだろう。

 無性に、腹が立った。

「ドラガイアに何が分かるんだよ。ちょっと授業見ただけだろ? 一〇〇年前のおもちゃが、今のゲームの事なんかわかんねーだろ!」

「それは! ……そうだが……」

 うなだれるドラガイアを見て、しまったな、と思う。

 こんな怒り方、するつもりじゃなかった。なのに、なぜだか感情は収まらなくて。

「……っ、もう、この話はナシな!」

 強引に話を終わらせて、息を吸う。

 これ以上この話をしたら、オレはもっと怒ってしまいそうだったから。

 と、その時だ。


「リョウヤ? だれとしゃべってるの?」


「っ!?」

 声がして、振りむいた。

「一〇〇年前……って、それ、昔のおもちゃなの?」

「ぅ、ぁ、やっべ……」

 カザリ・フウラがそこにいた。

 フウラは、不思議そうな顔をしてオレとドラガイアを見ていた。

「ええーっと……これはその……」

「おあああっ!」

 あわててごまかそうとするオレと急いでカバンに潜り込もうとするドラガイア。

 そうこうしている間にフウラは近づいてきて、じぃっとドラガイアの動きを観察する。

「やっぱり、古いプラスチックのおもちゃだよねこれ。なんで動いてるの?」

「いやっ。ええとー……? れ、レトロモチーフなんだよ、な?」

「そうっ! そうだとも! リョウヤの言う通り、俺は決して一〇〇年前に発売された玩具『ドラガイア』ではない!」

「いやバカかお前っ!」

 全部言いやがった!

 昨日あんな事があったばっかだから、友だちにも隠しておきたかったのに……!

「ええとな、フウラ。これはちがくてな。なんつーか……」

「………………分かった!」

 説明に困るオレをよそに、フウラは納得した顔でポンと手を叩く。

「リョウヤ、昔のおもちゃを改造したんだね! すごいなぁ、見た目だけそのままで、中身に最新のソフトウェアを入れたんでしょ? 自分でやったの?」

「えっ? えーっ……ま、まぁそんなとこ……ひいじいちゃんが……な……?」

 大きくうなづく。都合のいいカン違いだった。

 っていうか、本当にそうであれば良かったのにと思う。

「へぇ~。よく出来てるね。ボク、リョウヤの友だちだよ。よろしくね」

「お、おお……俺はドラガイアだ、よろしく……」

 不安げな顔で、ドラガイアがオレを見る。

(とりあえずそういうことにしておこう、な!)

 心の中で叫びながら見つめ返す。

 フウラはドラガイアに指を伸ばし、ドラガイアは、少し迷ってから前脚でその指に触れた。握手、ということだろう。

(これでまぁ、ごまかせた……かな)

 心の中で、ふぅと息を吐く。

 それからオレは、ドラガイアが最近起動したばかりだという事、学校に興味を持ったから連れてきたのだという事を話す。

 ドラガイアがロボットではないこと以外は、全て本当のことだ。

「そうだったんだぁ。言ってくれれば良かったのに」

「あー……そだな。いや、変に目立つのもなーって思ってさ」

「それで……ごめん、さっきの会話、ちょっと聞いちゃったんだけど」

 そこでフウラは、不意に目をふせながら言う。

 さっきの。つまり、ドラガイアとオレの話だろう。


「……リョウヤ、やっぱり去年の大会のこと、気にしてる……よね?」


「去年の大会……?」

 フウラの言葉を聞いて、ドラガイアがオレを見上げる。

「あのね、リョウヤ、去年は全国の小学生大会で……」

「いや、その話は良いから。……まー、気にしてないって言えばウソになるけどさ」

 オレはフウラの言葉を途中で止めて、答える。

「でも、それって普通のことだろ? ミスったんなら、理由を考えて直してかないと……また同じミスするだけだし」

「……うん。でも、ボク……」

「ってか、もう休み時間終わるぜ? そろそろ教室もどんないと」

 オレはカバンを持って、フウラとドラガイアにそう言った。

 フウラは、まだ何か言いたげだったけれど、少し間を置いて「そうだね」とうなづく。

「ほら、ドラガイアももう行くぞ?」

「むぅ……分かった。授業におくれてはいけないからな……」

 ドラガイアもしぶしぶながらカバンにもどって、ひとまず話を終わらせる。

「だが、気になる。話してはくれないのか?」

「……お前には関係ねーことだって。もういいだろ」


 話したくは、なかった。

 っていうか、思い出したくもない事だった。

 自分がした失敗の話なんて、進んで誰かに言う気にはなれない。


 *


「帰ったら何をするのだ? 俺と遊ぶか?」

「んー、昨日の事も気になるし、あの店に行ってみようと思うんだよな」


 放課後、オレはドラガイアとそんな事を話しながら、通学路を歩いていた。

 結局、ツクモガングの事については、今のままでは何も分からない。

「シャドウサーペントの事とか、店員に聞けば何か分かるかもだし……」

「そうか。ならオレもついていこう。俺はお前のパートナーだからな!」

 ふん、とドラガイアは鼻息荒く語る。

 もともと一人で行こうとは思っていなかったけど、ドラガイアがやる気だとオレも安心できる。あんな危ない戦いは、もう二度とゴメンなのだけれど。

(……でも、ツクモガングのこと、もっと知りたいんだよな)

 動くハズのないおもちゃが動き、言葉を話す。

 実体化したり、巨大化したりして、アニメやゲームの世界みたく大暴れする。

 そんな存在を。彼らの戦いを。この目でハッキリと目撃して、オレは……


「――なぁ、ドラガイア。昨日のオレって、どんな顔してた?」


 気になってたずねると、ドラガイアは少し考え込んでから、答える。

「楽しそうだった。……笑っていたわけではない。ただなんとなく……」

「いや、いいよ。分かった」

 ドラガイアが言おうとしていたことは、オレにも分かっていた。

 戦いが終わった後の、あの胸の高鳴り。

 全身の体温が上がって、体中の血が湧きたつ感覚。


「あれが、楽しいってことなんだよな」


 頭の中で、その感覚を思い返す。

 もうずっと、味わっていなかった感覚。

 味わおうと思っても出来なかった感覚。

 それを教えてくれたのがツクモガングという存在なのなら、オレはもっと彼らについて知りたいと、願ってしまう。

 そうすればきっと……もっと楽しい事に出会えると、期待して。

「あー……でも、ドラガイアを戦わせてオレだけ楽しいとか、ダメだよな」

「いいや。リョウヤが楽しい方が、俺もうれしい。つまらなそうだと心配になる!」

「……そっ、か」

 そう言われて、学校での事を思い出す。

 ドラガイアは、オレの事を心配していたのか。クラスの中で、一番つまらなそうな顔をしていたオレを見て。

 なのにオレは、ついカッとなってドラガイアの事を怒鳴ってしまった。

「なぁ。学校でのことだけどさ……」

 謝ろう。そう思って口を開いた、その瞬間だ。


「――見つけた」


 何かが、降って来た。

「えっ……」

 日を背にした、暗く、大きな影は……ほんの一瞬で、空から地上へと落下し……けれど、すとんという小さな音と共に、軽々と着地してみせた。

「え……なに、キツネ……?」

 それから、ようやく頭が追い付いて、目の前に降って来たそれが何なのかを理解する。


 二つの尻尾を生やし、青い火に身を包んだ、やたらとデッカいキツネ。

 その背に乗った、白いジャケットを着た、オレと同い年くらいの男子。


「監視カメラに映っていた子どもと、シャドウサーペントを倒した赤いツクモガング。……ブーストフォックス、間違いはないな?」

「ああ。この匂い……あの現場に残っていたものと同じだ」

 ジャケットのやつがキツネに聞くと、キツネは男なんだか女なんだか分からない声でそう答える。……って、監視カメラ?

「マズいぞ、リョウヤ。あのキツネ……」

「だ、よ、な……?」

 言葉を話すキツネなんていない。

 人を背中に乗せられるくらいデカいキツネもいない。

 それに、監視カメラっつったか?

 じゃあこいつら、改ざんされる前のカメラの映像を見たやつら、ってことだよな?


 ぞわり。背中にイヤな感覚が走る。

 悪い予感がするぞ、と思った頃には、男の口からその言葉が発せられていた。


「オレたちは、キミの持つそのおもちゃ……ツクモガングを、回収しに来た」


【続く】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る