一緒に遊べる友だちを

 昔、ひいじいちゃんのおもちゃを壊してしまったことがある。

 勝てなくて、むしゃくしゃして、床に叩きつけてしまった。

 怒られる。そう思って身構えたけれど、ひいじいちゃんは怒るより先におもちゃを拾い上げて……とても、悲しそうな顔をした。

『リョウヤは、自分に暴力をふるう相手と、友だちになりたいか?』

 問いかける声はいつにも増して重く、辛そうで……やってはいけないことをしたのだ、とすぐに理解した。

 大きく首を振ると、『ならこんな事をしてはいけない』と、ひいじいちゃんは言う。

『彼らだって、一緒に遊んでくれる友だちだ』

 決してそれを忘れてはいけないと、ひいじいちゃんはオレの目を見て言い聞かせる。

 それからオレは、おもちゃを乱暴に扱わないように決めた。

 一緒に遊ぶ友だちを、失いたくはないから。


 *


「バルルルルルルァァァッッ!!!」


 ほとんど防戦一方だった。

 オレはドラガイアに指示を出す事が出来ず、ドラガイアはイナズマバレットの猛攻を翼で防ぐのが精いっぱい。

「どうしたどうしたァ!? サーキットにゃカカシはいらねェーんだよォ!」

「ぐっ、ぬっ……!」

 がん、がん、がんっ! 車体を何度もぶつけられ、ドラガイアの体にキズが出来ていく。

 ブーストフォックスとの戦いとちがって、エネルギーが直接削られているわけではない。このまま手が出せなければ、取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。

「っ……ドラガイア、とりあえず逃げろっ!」

「だが! それではコイツを止められないっ! それでも良いのかっ!?」

「お前がやられるよりマシだ! っつーかそもそも……」

 コイツを止めたら、その後はどうなるのか。

 ウドウさんはオレに回収までは頼まなかった。けれどオレたちがイナズマバレットを倒せば、結局はエニシのやつが回収してしまうだろう。

 その先に待っているのは、長い眠りだ。

 走りたい、と叫ぶコイツにとって、それは最悪の未来に違いない。

「っ……仕方ない!」

 ドラガイアは翼を広げ、攻撃の合間を縫って空へと飛んだ。

「なんだァ!? 逃げやがんのか腰抜けめッ! とっとと消え失せろッ!」

「腰抜けだと! この俺を腰抜けと言ったか!」

 イナズマバレットにバカにされ、ドラガイアは怒る。

「ええいリョウヤ! なぜ戦わない! 第一コイツは、このサーキットをめちゃくちゃにしているのだぞ!?」

「それ、は……」

 壊れたマシン。倒れた人々。

 その犯人がイナズマバレットなのなら、放置していては危険だ。

 分かってる。そのことだって、十分に。

「……なぁおい、イナズマバレット。お前、こんなことがしたかったのかよ?」

「はぁ? 走るのはオレ様の生き甲斐だぜ? 誰にもそれは止めさせねぇッ!」

「そうじゃなくて! 他の車をぶっ壊したり、人間襲ったり……なんでそんなこと……」

 走りたい、というイナズマバレットの気持ちは分かる。

 でもそれが、この状況とイマイチつながらなかった。走りたいだけで、どうしてこんなに暴れる必要がある?

「……知んねーよ。勝手にこうなった」

「勝手にって、んなわけ……」

「なったんだから仕方ねーだろ! オレ様が勝負して、勝った! したら人間は勝手に倒れるわ、運転できなくなってマシンぶっ壊れるわ……意味わかんねぇんだよッ!」

 叩きつけるように叫ぶと、イナズマバレットはまたサーキットを走り出してしまった。

 勝手になった? ってことは、この状況は、イナズマバレットの意志じゃないのか……

「どういうことだろう、ドラガイア?」

「分からん! 分からんが……それがツクモガングの暴走、ということなのだろう」

 ドラガイアはオレの隣に着地して、勝手に納得したようにうなづいた。

 いや、一人で勝手に納得されても困るんだけど。しかも分かってないくせに。


「バルルルルルルァァァァァッッ!!」


 イナズマバレットは相変わらず声を張り上げながら、コースをやたらと走り回っている。

 走りたい、止まりたくないと言いながら、その声はやっぱりまだ怒っていて……

 とてもじゃないが、楽しそうには、聞こえない。

(そういえば、勝負を挑んだって……)

 ここのレースカー相手にか? そのために、わざわざサーキットに来た?

 山道に残っていたタイヤ痕を思い出す。ただ走り回りたいだけなら、わざわざあんな悪路を通らなくても、道路を好き放題かっ飛ばせば良かったハズだ。

「むぅ……俺は悔しいぞ、リョウヤ! あんなただの車に負けっぱなしなど!」

「ただの車って。そもそもドライブブレイクはレース用のおもちゃで、お前みたいな電動プラモと戦うモンじゃ……」

 言いかけて、気付く。そうだよ、アイツはレース用のおもちゃなんだ。

 だから遊ぶ相手を求めて、ここに来た。その結果がこれじゃ、危険なことに変わりはないんだけど……

(遊ぶ相手さえいれば……)

 ここじゃないどこかで遊べるなら、イナズマバレットも話を聞いて止まってくれるだろうか。でも、そんな相手どこにいる?

「一応聞くけどさ、ドラガイア、速さでアイツに勝てそう?」

「…………………………ムリだ」

 長い間を置いて、ドラガイアが答える。かなり認めたくなかったらしい。

 でもまぁ、確かに。速度を競うおもちゃなだけあって、最高速度で言えば、エネルギーを貯めたブーストフォックスより速いかもしれない。

 きっと、アイツと対等に戦えるのは、人間の乗った本物のマシンか、あるいは……他の、レース用のツクモガングくらいだろう。

(……じゃあ、どっちみち難しいじゃんか)

 人間と戦えば、相手は無事じゃすまない。ツクモガングなんてそこらへんにゴロゴロいるものじゃない。オレがアイツをほっといても、アイツは結局、楽しくはなれないんだ。

「……ドラガイアはさ、目を覚ました時、どんな気持ちだった?」

「どんな? ……そりゃあ……リョウマと遊べると思った。そして、それが出来ないと知った時は悲しかったな」

「だよ、なぁ……」

「もちろん、今は平気だぞ! リョウヤがいるからな!」

 ドラガイアは胸を張って答える。

 イナズマバレットにも持ち主がいたのかどうか、オレは分からない。

 だけど、アイツにはドラガイアみたく、信じられるパートナーはいないみたいだった。競いたいと思える相手も、見つからない。

 遊びたいのに、遊べる友だちがいないみたいな状況なんだ、アイツ。


「……じゃあ、やっぱほっとけないよな」

「む。……しかし、どうするのだ、リョウヤ。俺たちでは……」

「だから、他のツクモガングを探すしかないよな」


 レース用の車を用意するとか、億単位の金が無いとムリだし。

 でもツクモガングなら、きっとどこかに眠っている。もしかしたら、対策室で既に同じタイプのツクモガングを回収してるかもしれない。

「そいつらとレースさせられれば、もしかしたらアイツの気も晴れるんじゃないかなって」

「ふむ、ふむ。……うむ。良い考えだと、俺も思うぞ!」

「だよな、だよなっ?」

 なんかちょっと、わくわくしてきたぞ!

 ツクモガングレースを開催したら、どんな感じなんだろう。色々なおもちゃが巨大化して速度を競う。きっと楽しいレースになるにちがいない。

 それを実現するには、まず……

「アイツを止める。それから、ウドウさんに聞いてみよう」

「許可が出なかったら?」

「逃がす。それから、オレたちだけで他のツクモガングを探す」

「ハッハー! 思い切った事を言うな、リョウヤ!」

 だが気に入った! とドラガイアは満足げに言う。

「それでこそ俺のパートナー! かつ、リョウマのひ孫だ!」

「ひいじいちゃんなら同じことしたと、思うか?」

「思う! なぜならリョウマは、俺たちの事を大切にしていたからだ!」

「……だよ、な」

 うなづいた。オレもその事を知っているから。

 道具ではなく、友だちとして。飾るだけのものじゃなく、一緒に遊ぶものとして。ひいじいちゃんはおもちゃを大切に想っていた。

 だからオレも、ツクモガングを『危険な道具』だとは思わない。

 友だちになれるかもしれないヤツら、だ。

 そのためになら、止められる。


「っしゃ、いくぞドラガイア!」

「おう! 今度こそ、今度こそ止めて見せようではないか!」


 ドラガイアが腕をぶんぶんと振り回しながら、コース上に立ちふさがる。

 ややあって、戻って来たイナズマバレットは、ドラガイアの姿を見て声を上げる。

「まァァァた来やがったかッ! いい加減飽きたぜッ!」

「聞け、イナズマバレット! 俺たちはな――」

「うるっせぇ! オレ様はテメェらの言いなりにゃァならねぇ!」

 勢いをつけた突撃。だけど、ハッキリやることを決めたオレたちには、怖くない。

「ドラガイア!『ボディアーマー!』」

「ふんっ……ぬぅぅ!」

 ドラガイアが、イナズマバレットの突撃を体全部で受け止める。

 ぎゃりぎゃりぎゃりっ! 勢いは消しきれず、ドラガイアは何メートルも後ろに押されてしまうが……

「イナズマバレット! 一人で走るのは楽しいか!?」

「ああッ!?」

「リョウヤと話した! お前が本当にしたいのは、レースではないのかッ!?」

 構わなかった。引き留めながら、話さえ聞いてもらえれば。

 イナズマバレットのタイヤが一瞬止まり、もう一度アクセルがかかる。

「してぇよッ! けどなぁ、テメェがオレ様と競えるわけねぇだろ!」

「俺ではない! お前と同じ『ドライブブレイク』や……他のレース用のツクモガングを相手に、戦いたくは無いかと聞いている!」

「なんッ……だと……!?」

「一人で走る方が好きなら、俺たちにしてやれることは無いッ! だがもしそうじゃないのなら……他のツクモガングと共に競い合いたいのなら!」

「バっ……信じろってのかァ!? 人間はなァ、オレ様を長いこと箱ン中閉じ込めて、マトモに走らせやしなかったんだぞッ!?」

 きっとその体験は、イナズマバレットにとってはトラウマに近いものなのだろう。

 走りたいという気持ちを止められなかったのは、一度止まれば、また同じ目に遭うかもしれないという恐怖心もあったのかもしれない。


「……絶対に、とは言えない!」


 だからこそ、ウソはつけなかった。

 オレは今言えるだけの言葉で、イナズマバレットを納得させないといけない。

「もしかしたら、出来ないかもしれない。お前の仲間が他にいるのかも、いたとして走る場所を用意出来るかも……分からない。けど!」

「話になんねェぞ人間! 結局それじゃ走れねぇじゃねぇかッ!」

「その時はまた好きに走れば良い! オレはそれを止めない。でも、もし! もしお前が誰かと遊びたいなら……競える友だちが欲しいなら、オレたちと!」

「っっ……そういうのはなァ、オレ様を止めてから言えッてんだよォォッッ!」


 ぎゅるんっ! イナズマバレットが激しくスピンして、ドラガイアの身体を弾く。

 がら空きになったドラガイアの胴体に、更にもう一度、イナズマバレットが正面から突撃し、吹き飛ばす。

「弱ェ弱ェ! んなことでオレ様たち『ドライブブレイク』を集めるって? ナメた口聞いてんじゃねぇぞッッ!」

「だ、れ、が、弱いだとっ……!」

 どしんっ! 地面にたたきつけられたドラガイアは、けれどすぐに立ち上がり、吠える。

「俺はドラガイアだ!『ドラグクロニクル』最強の主人公竜、ドラガイアだぞ!」

「知らねェェェェんだよ! 最強だってんならそんだけのモン見せてみやがれ!」

「言ったな! 言ったなお前! リョウヤ、本当に本気でやらせてくれ!」

 イナズマバレットのテンションに乗せられてか、ドラガイアの怒りも頂点に達しているようだった。……やりすぎないといいけど。


「じゃあえっと……ドラガイア、『ガイアクロー』だ!」



 ドラガイアの赤い爪が、輝きを放つ。

 それを見てか、イナズマバレットはタイヤを高回転させ、追撃を狙う。


「バルルルルルルァァァァッッ!」

「ドッルッ、アアァァァァッッ!」


 イナズマバレットの突進を、ドラガイアも地面を蹴り、迎え撃つ。

 ドラガイアのツメが、イナズマバレットの黄色い車体を捉え……がどんっ!

 空高くイナズマバレットは吹き飛ばされた。

「ぐっ……クッソ……あああ、ムカつくッッ!」

 回転しながら、悔し気に叫ぶイナズマバレット。

 このまま落ちれば、その身体は無事では済まないだろう。

「ドラガイア!」

「おうっ!」

 けれどその車体を、ドラガイアは空中で受け止めた。

「ぐむっ……思っていたより重い……」

 といっても、そう言ってすぐに落ちてしまったのだけれど。

 それでも力が弱まったおかげか、イナズマバレットは無事に地面に降り立って。


「…………………………チッ」


 長い、長い沈黙と、舌打ちの後。

「……マジで出来んだろうな、レース?」

「まぁ、極力頑張るから、信じてくれよ」

「だぁー……! しっかたねぇなぁ。負けちまったもんなァー!」

 わざとらしく、文句を言いながらも、イナズマバレットは折れてくれた。

 よし、あとはウドウさんに事情を話して――


「あーあー。なんだ、結局解決できちゃうんだ」

「っ……誰だっ!?」


 ドラガイアが空を見る。

 ばさり、ばさりと、ゆったりした翼の音と風が、俺たちに降りそそいだ。

「ま、リョウヤならこれくらいはやるよね。ちょっと様子見しすぎたかなぁ?」

「その車が期待外れだっただけだ。せっかく目覚めさせてやったというのに」

 ゆっくりと降りてくるのは、聞き覚えのある声と、緑色の巨体。

「それより許せないのは、先程の発言だな。『ドラグクロニクル最強』などと……よくもそんなホラが吹けたものだな、ドラガイア?」

「ホラだと? 真実だろう! この俺はドラグクロニクルの主人公でもあり……」

「主人公だから最強。貴様の頭はトカゲ以下か? 実力でモノを言え!」

 一喝する声は鳥のような高さで、その身体は、馬のような体格。

 あきらかに、ツクモガングだ。それも恐らく、ドラガイアと同じ作品の。

 だけど、オレの目は、突然現れたツクモガングよりも、その背中の人物に向いてしまう。


「……フウラ?」

「あ、びっくりしてる? びっくりしてるよね!?」


 フウラはオレの驚いた顔をみて、満足げに笑う。

 意味が分からなかった。なぜフウラがここにいるのか。しかもツクモガングと一緒に。

「うーん、予定がちょっと変わっちゃったし……どうする、グリフォリア?」

「答えは明らかだ。今ここで、優劣をハッキリさせる」

「だよね? じゃあグリフォリア、『エメラトルネード』」


 あまりにもアッサリと口にされたものだから、それが技の名前だと気づくのに、時間がかかった。数拍おくれて、ようやく攻撃されるのだと気付いたオレは、ドラガイアにどう指示していいかを迷ってしまい……

 その瞬間にも、エメラルドのような澄んだ緑の竜巻が、ドラガイアの体に迫って。

 ヤバい、と思った次の一瞬、オレたちの前に駆け込んできたのは、白いキツネ。


「『ミスティックファング』!」


 エニシの声が聞こえたかと思えば、青い炎の緑の風がぶつかり合い、弾け、突風が吹き荒れる。尻もちを着くオレの前に、少し遅れてエニシがやって来る。

「クオン、コイツはウドウの指示にない個体だ」

「なら、戦っても良いという事だな」

 短い言葉で確認し合うと、エニシはちらりとオレの方を見てから、上空のツクモガングに向き直る。

「……キミ、誰? ジャマしないでほしいんだけど」

「オレはエニシ・クオン。キミと一緒にいるそれは、ツクモガングと言って――」

「グリフォリア、行って」

 エニシが言い切る前に、グリフォリアが動いた。

 翼を大きく振って、強風でエニシの顔を逸らし、同時にブーストフォックスの側面に周り、後ろ足で蹴り飛ばす。

 吹き飛んだブーストフォックスを追い、グリフォリアは更に前脚で白い毛を踏みつけた。

「ブーストフォックスっ!?」

 目で追える速さでは、あった。

 けれど、決断があまりに早い。加えて初手でエニシの目を逸らしたことで、ブーストフォックスへの指示が遅れてしまった。

 ぐりっ。妙な音がして、ブーストフォックスはうめき声と共に、カードに戻って消える。


 ほんの数秒のことだった。

 オレとドラガイアが何も理解できない内に、フウラとグリフォリアというツクモガングは、エニシとブーストフォックスを倒してしまった。


「なーんか、ちょっと白けちゃったねぇ、グリフォリア?」

「あぁ。とはいえ、これなら当初の目的は達成しただろう」


 ばさ、ばさ、ばさり。

 ゆっくりと翼をふるい、グリフォリアは再び空高く舞い上がっていく。

「っ、待てよフウラ! お前一体なにを……」

「ねぇリョウヤ、強かったよね、ボクたち?」

「はぁっ!? なに言ってんの!?」

 オレには、フウラが何を考えているのか分からなかった。

 突然出てきて、オレたちを攻撃して、あげくブーストフォックスを倒して。

 何がしたいのか、全然理解できない。


「それじゃあ、またねリョウヤ。今度会う時は、そのツクモガングと勝負だよ?」

「真に強いのは私だと、教えてやろう」


 フウラはドラガイアを指さし、すぐにどこかへ飛び去ってしまう。

 追いかけるヒマも無かった。ただひとつ、オレの胸の中に残ったものといえば……


(なんか……イヤな予感がする……)


 なんとも言えない、不安だけだった。


【続く】

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