ツクモバトラー


 フウラとは、一年生の頃からの友人だった。

 たまたま席が近かったから。仲良くなった理由は、多分そんくらいのものだと思う。


 それから、授業で何度かチームを組んでゲームをした。

 放課後にも、よくフウラと遊んでいた。他のメンバーはクラス替えとかでちょっとずつ変わっていったけど、オレとフウラだけは、なんだかんだずっと一緒だった。

 ひいじいちゃんとフウラとオレと、三人で遊んだこともある。

 フウラはひいじいちゃんの持つ古いおもちゃに興味を持って、ひいじいちゃんに色々聞いてたっけ。オレはそれを見て、なぜかちょっと悔しかったりして。

 ひいじいちゃんを取られたと思ったのか、フウラを取られたと思ったのか。実際のところ、どっちもオレの気のせいなんだけど。


 そんな風にして学年が上がって。

 ひいじいちゃんが寿命を迎えてしまって。

 オレは、ひいじいちゃんが褒めてくれていたゲームの授業に、より真剣にのめりこむようになった。もっと強く、いい成績を残せば、死んだひいじいちゃんも喜んでくれるだろう……って。


 そんな中で、オレとフウラは、全国の小学生向けのゲーム大会にタッグでエントリーする事になった。ジャンルはFPSシューティング。最後の一チームになるまで戦う、サバイバルバトル。

 オレとフウラの息は合ってたと思う。でも、勝ち進めば勝ち進むほど、オレは焦った。絶対に負けられない、負けちゃいけないと思った。

 その、焦りのせいだったんだろう。

 オレは、自分が囮になって突っ込む事をフウラに提案した。


「オレの方が土壇場のプレイは上手いから」

「フウラは隠れて、釣りだした相手を撃ってくれ」


 ……今にして思えば。

 試合を、早く終わらせたかったんだろう。

 負けられない、と思えば思うほど、オレの息は苦しくなっていったから。

 手っ取り早く勝って、終わらせたい。


 でもその選択は、間違いだった。

 囮になったオレは、ほとんど何も出来ないままやられて、残されたフウラは、少ない戦力で戦うことになってしまって。


 ……負けた。

 それから、だろうか。

 オレは何となく、フウラに対して後ろめたさを持つようになってしまった。

 オレがあの時、勝手な行動を取らなければ……フウラと、勝てたかもしれないのに。


 *


 ビルにもどった頃には、夕方になっていた。

 ブーストフォックスが力つきたから、電車に乗って時間をかけて帰ったのだ。

 その道中、会話らしい会話はなかった。エニシはずっとだまっていたし、ドラガイアは疲れていて……オレも、何が何だか分からないでいたから。

 その間、思い出していたのは、昔の事。

 フウラと出会って……あの日、負けるまでのこと。


「なるほど、状況は分かった」


 帰ったオレたちが事情を話すと、ウドウさんは眉を寄せてそう言った。

「確認するが、キミの友だち……カザリ・フウラ君は、力を得たからと言って暴れるようなタイプではない。そうだね?」

「……フウラは、優しいヤツです。気が弱いって言っても良いかもだけど……」

 うなづいた。たとえフウラがツクモガングと出会ったからといって、それで暴れたり、悪い事をするとは考えづらかった。

 でも、じゃあ、どうしてフウラはオレたちを攻撃してきたんだろう?


「考えられる可能性は二つだ。一つは、ツクモガングにこもった思念」


 グリフォリア、というツクモガングは、ドラガイアの事を知っている風だった。

「同じ作品に登場するキャラクターだからね、グリフォリアは。たしか、そう……『ドラグクロニクル』の世界観では最強とうたわれる幻翼種……だったかな」

「そう語られる、というだけだ! ヤツはしょせんカタログ上の最強……!」

 ウドウさんの説明に、ドラガイアが反発する。

 そういえば、ドラガイアは『ドラグクロニクル』の主人公級のキャラクターなんだっけ。

「そう。どんな作品でも、メイン商品……もとい、主役玩具は恵まれているからね。主人公補正とも言うべきか。とにかく、ドラガイアも『クロニクル』最強クラスの存在だ」

「……って、じゃあどっちが最強なわけ?」

 最強設定のあるキャラと、最強クラスの主人公キャラ。

 最強が二体もいるのは、おかしい。

「それが……『クロニクル』の作中で、二体が戦う展開は無いんだ」

「うむ、俺も観た事が無いっ!」

 ウドウさんの言葉に、今度はうなづくドラガイア。

 ってことは、どっちの方が強いかは分からないのか……

「グリフォリアが、その決着をつけたいと望んでいる……と?」

 話を聞いたエニシが、ウドウさんにたずねる。

 確かに、グリフォリアはドラガイアの事を気にしている感じがした。

 その目的が『自分の方が強い』と証明する事だと言われれば、納得も出来る。

「フウラは、それに巻き込まれただけ……!」

 シャドウサーペントに操られた店員と同じようなものか!

「いや。そうとも限らない。可能性はもう一つ」

 安心しかけたオレに、ウドウさんは続けた。


「カザリ・フウラ君の中に、キミと戦う理由が存在する」


「……フウラの中に?」

 思いつかなかった。

 少なくとも、フウラを怒らせるようなことをした覚えは……

(いや……あるか)

 あの試合。もしかしたらフウラは、その事でずっとオレの事を恨んでいたのかも……

「まぁ……どちらも推測に過ぎないし、どちらだとしても、やる事は変わらない」

「グリフォリアの沈静化、および回収ですね」

「その通り。エニシ君、デッキの方はどうだい?」

「……回復には、少し時間がかかります」

 答えるエニシの顔は、どことなく悔しそうだった。

 やっぱり、ブーストフォックスが倒されてしまったことを気にしているんだろう。

 グリフォリアは強かった。こっちに準備する時間を与えてくれない、という感じ。

 ブーストフォックスは素早いけど、カードを扱う必要のあるエニシでは、もしかしたらその速度についていくのは難しいかもしれない。


「なに、回復前に出てきたら俺たちが戦えば良い。そうだろうリョウヤ?」

「えっ。ああ……そう、だな」


 ドラガイアに言われて、オレはちょっとうろたえてしまう。

 確かにそうだ。フウラが危険なことをしてしまいそうなのなら、オレとドラガイアが止めに行けばいい。だけど……

(もし、フウラがオレの事を恨んでるなら……)

 それに向き合うのは、正直言って怖かった。

 フウラの事を、親友だと思っているから……それが、崩れてしまうのでは、と思って。


「……そういえば、サニマ君。何か忘れてないかな?」

「あっ! そうだ、イナズマバレット……!」


 オレはカバンの中から、一台の車のおもちゃを取り出した。

 イナズマバレット。戦いが終わった後、彼は「眠い」と言い残しておもちゃに戻ってしまった。バッテリー切れらしい。

「それで、あの……コイツとも話したんですけど……」

 オレは、イナズマバレットとした約束の事をウドウさんに話した。

 他の車のツクモガングとのレースを行うこと。それがイナズマバレットに大人しくなってもらう条件だったこと。……彼が、走れなくなることを恐れていること。


「もし、この条件が難しいなら……オレはコイツを渡せません」


 その言葉を言うのには、勇気が必要だった。

 相手は大人だ。怒られるんじゃないかと思ったし、無理矢理取られてしまうのではないか、とも思った。

 けれどウドウさんは、オレの言葉を聞いて、少し考え込んだ後、こう答える。


「やっぱり、キミを行かせて正解だった」

「……それって……?」

「条件を呑もう。ただ、『ドライブブレイク』のツクモガングは他に発見例がなくてね」

 もし、本気でその約束を果たしたいと思うのなら……

 このまま、対策室のツクモバトラーとして働くのが一番良い、とウドウさんは続ける。

「そうすれば、いずれは同じタイプのツクモガングを回収できるかもしれないし……なにより、サーキットを借りるにはお金が必要だからね」

「えっ、給料出るんですかツクモバトラーって」

 なんかてっきり、無償ボランティア的なものだと思ってた。

「出るとも。キミの場合は歩合制になるだろうけど……エニシ君の場合、陰陽師の家系出身で正式なメンバーとしてカウントされているから、月給制だよ」

「えっ、エニシって陰陽師だったの!?」

 なんか続々と新事実が明らかになっていってる。

「……その辺りの話を、しようとはしたんだ、オレは」

 はぁ、とエニシはため息交じりにそういった。

 そういえば、朝来る途中に陰陽寮がどうとか……って言ってたっけ。

「陰陽師、現代にもいたんだ……」

「俺たちのような存在もいるのだから、いるのだろう」

 うんうん、とドラガイアは一人で勝手に納得してうなづく。

「オレの事はいいだろう。それより、どうするんだ?」

「あー……そだな……」

 話が盛大に逸れていた。オレはドラガイアと目を合わせ、少しの間考える。

 ツクモバトラーとして戦うのは、多分けっこう危ない。シャドウサーペントとの戦いも、イナズマバレットとの戦いも、下手をすればケガじゃ済まなかった。

 それでも、オレはドラガイアと一緒にいたいし、イナズマバレットとの約束もちゃんと叶えたい。……だったら、やっぱり……


「やるよ。オレ、ツクモバトラーになる」

「ようし! リョウヤがそのつもりなら俺もついていくぞ!」


 オレたちの返答に、ウドウさんは満足げにうなづいた。

「それじゃあ、ご両親からの許可を取るから、後で書類を送らせてもらうよ」

 あ、まだ正式決定じゃないのか。

 そりゃそうだ、オレまだ小学生だもんな。


 *


 ツクモバトラーになるための許可は、カンタンに降りた。

 というのも、対策室から送られてきた書類には、ツクモガングのことが書かれていなかったからだ。どうやら、妖怪やツクモガングの存在は、トップシークレットの扱いになっているらしい。

 オレは昔のおもちゃについて調べる『少年調査員』として抜擢された、ということになっていて、ひいじいちゃんの影響を受けたのだろう、と納得してもらえた。

 ドラガイアのことも、ツクモガングではなく、最新AIを搭載した特殊なおもちゃ……という風に説明して、ごまかす事に成功した。

 だましているみたいでちょっと気は引けたけど、本当のことを言っても信じてもらえる気はしなかったから、まぁいいだろう。


 フウラは、一週間学校に来なかった。

 風邪だ、と先生は言っていたけど、実際の所はちがうだろう。

 グリフォリアと何かの準備をしているのかもしれないし、グリフォリアにエネルギーを与えるために大人しくしてるだけかもしれない。

 家に行ってみても、誰も出てこなかった。

 心配で仕方がなかったけれど、フウラの言葉を信じるなら、そのうち向こうから連絡が来るはずだ。そう心に言い聞かせて、オレはひたすら、時が来るのを待った。


 ……そして。


「リョウヤ、今日は対策室に顔を出すのか?」

「顔出してもやることないからなー……って、待て、電話だ」


 十日ほど経ってから、オレの元に、フウラから連絡が来た。


「フウラっ!? お前今どこで何してんだっ!?」

『ごめんごめん、心配した? 準備に時間かかっちゃってさ』

「準備? とにかくお前、今どこにいんだよ? すぐそっち行くから教えろ!」

『学校だよ。色々用意してあるから、早く来てね?』


 フウラは、そう言い残して電話を切った。

 時刻は十六時。日が落ちてきて、空が赤くなり始めたころ。

 オレは連絡があった事をウドウさんに伝えると、ドラガイアを連れ、家から飛び出した。


「待ってろよ、フウラ……!」


 学校へ向け走り出したオレが、異変に気が付くのは、それから五分後の事。

 叫び声が聞こえる。それも、人間のモノじゃない。

 獣が吠えるような声だ。グリフォリアのとも、ちがう。


「っ……まさか……!」

「聞き覚えがあるのか、ドラガイア?」

「分からん! だがなんとなく、知っている気がする。だとすれば……!」


 オレとドラガイアが校門にたどりついたのは、それから三分後。

 声の主が何者なのかは、一目見て分かった。


「タートビットに……ヘラクレイズ……!?」


 それは、ドラガイアと似た質感を持つ、巨大なツクモガング。

 ドラガイアのつぶやいた名前は、前にもどっかで聞いた響きで。


「リョウヤ。まちがいない。……あの二体は……」


 校庭にいた二体のツクモガングが、校門のオレたちに気付く。

「……あれが……」

「あれが、リョウマのひまご……!」

 彼らの口から出た言葉に、オレもおくれて理解した。


「あの二体は……おもちゃだ!」


【続く】

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