選ばれ、たかった
「ヘラクァァァッ!」
叫びと共に、長いツノが振り上げられる。
ツノの持ち主は、黄色い身体を持つカブトムシのようなツクモガング、ヘラクレイズ。
「ぐぬぅ……」
ばさり、翼を振りながら後ろへ下がり、ドラガイアはツノの攻撃を避ける。
が、そのタイミングに合わせ、側面からビームのような光がドラガイアに浴びせられた。
「がはっ……!?」
「タルルルル……」
中空に、二つ。輝く甲羅の破片のようなものが浮遊していた。
その破片にビームを当てたのが、奥にいる大きなカメらしきツクモガング。
名前はタートビット。飛ばした甲羅の破片でビームを自在に操ることが出来るらしい。
前に出て攻めるヘラクレイズと、それを支援するタートビット。
二体のコンビネーションは強力で、オレとドラガイアはなかなか思うように動けない。
それに……あの二体は……
「間違いないんだな、ドラガイア?」
「あぁ。何年も同じ棚にいた仲だ」
二体のツクモガングは、かつてひいじいちゃんが所有していた『ドラグクロニクル』の電動プラモ。つまり、ドラガイアの仲間だった相手だ。
「タートビット、ヘラクレイズ! なぜここにいる!?」
「問うべきはむしろ我らの方よ、ドラガイアッ!」
答える雄々しい声は、ヘラクレイズ。
「我らリョウマの玩具はみな散り散りになった。それも全てはリョウマの寿命が為。苦しいながらも我らはそれを受け入れた。だと、言うのに!」
「お前さんだけがそこにいる。ってこたぁ、お前さんは選ばれて、俺たちゃ選ばれなかった……そういうことになるよなぁ、ドラガイア?」
続ける重く渋い声は、タートビット。
確かに、ひいじいちゃんは生前、持っていたおもちゃのほとんどを手放した。
手元に残したのはドラガイアだけ。ドラガイア自身、自分だけは残されたことを喜んでいたけれど……
「なぜ、なぜ、なぜなのだリョウマ! なぜ我らを捨てた!? この竜だけを選んで!」
「認められねぇんだよなぁ。俺たちゃ……お前さんほど愛されてはいなかったのか?」
「……っ」
言葉につまる。大切なおもちゃを一つだけ手元に残した、と言えば聞こえはいいかもしれない。ドラガイアにとっても、それは間違いなく幸せな結末だった。
だけど、他のおもちゃにとってはそうじゃない。
「全員が同じように引き取られたなら、文句はねぇさ。それがリョウマの決断だ。だがお前さんがいる限り、俺もヘラクレイズも、思わずにいられねぇのよ」
そうだろう、とタートビットはヘラクレイズに言いながら、次のビームを放つ。
「ぐぬっ……!」
ビームは甲羅の破片によって何度か向きを変えながら、ドラガイアへ迫る。
右か、左か。軌道を見極めるのに集中したドラガイアに、ヘラクレイズが突進する。
「ヘラックァッ!」
ばぎんっ! ゆさぶられたドラガイアは、その攻撃に対応しきれない。
ツノで打たれ、吹き飛ばされたドラガイアに、タートビットが直接ビームを当てる。
「ぐぉあぁっ……!」
ばさり、ドラガイアが地上に倒れ落ちる。
ヤバい。こいつらメチャクチャ厄介だ。
(空から行っても、多分意味がない……)
タートビットのビームは当然ながら、ヘラクレイズの背にも羽らしきものは見える。
明確な勝ち筋と言えるようなものは、見当たらなかった。耐えて、どこかで隙を狙うしかない。
「なぁリョウマのひ孫。お前さんにも聞いておこうか。俺たちゃリョウマにとって……ドラガイアほど大事じゃあなかったわけか?」
「……んなことは……だって、ひいじいちゃんは、おもちゃは使われてこそだって……!」
「あぁそうだろう。それで? ひ孫であるお前さんに遊んでもらえるのは、一番愛されたドラガイアだけだって言うわけかい?」
「それ、は……」
答えられない。
オレはひいじいちゃんじゃないから、それ以上の事は分からないんだ。
ひいじいちゃんがドラガイアだけを残した理由。オレはそれを、ドラガイアが一番大切で……オレに、ドラガイアを持っていてもらいたいからだ、と思っていたけれど。
どうして他のおもちゃもそうしなかったのか、分からない。
「我らの胸の内にあるものは、怒りではないッ! ……恨みでも、ないッ……!」
ただ、どうしようもなく。
哀しいのだと、ヘラクレイズは言った。
「我らとて選ばれたかった! たとえ我らを手放したのが、リョウマの優しさが故であっても……我はッ!」
「っ、ドラガイア、受け止めろっ!」
振りかざされたツノを、ドラガイアは両腕で受け止める。
みしり、響いた音は、どちらの身体の音か分からない。
夕日で赤黒く染まった校庭の土に、ドラガイアの足がずりずりと線を引いた。
押し込まれている。ヘラクレイズの身体はドラガイアよりも少し小さいが、それでも……パワーで言うなら、互角のモノを持っているようだ。
「燃やされても良かったのだ! 最期まで……最期までリョウマが、我を自分のモノだと思ってくれるのならば、我はッ! だのにッ!」
「空にいる小僧が教えてくれたよ。お前さんがまだサニマの家にいること。ひ孫のリョウヤに受け継がれたこと。あぁ、知らなければ平穏に過ごせただろうになぁっ!」
動けなくなったドラガイアに、タートビットは細かい光弾を撃ち放つ。
一発受けるごとに、ドラガイアの体勢は崩れ、より押し込まれて行く。このままじゃ、力負けするのも時間の問題だ。それに……
(空にはグリフォリアがいる……)
フウラを止めるには、オレたちは屋上に行ってグリフォリアと戦わなくちゃいけない。
今ここで勝てたとして、体力が残ってなきゃ完全にアウトだ。
というか……なんでフウラは、こんなことをするんだろう。
「小僧、ってフウラのことだよな。……フウラが、お前たちをここに連れてきたのか?」
「その通り。遠く離れた土地へ移った我らに、カザリ・フウラとグリフォリアが真実を告げた!『お前たちは、選ばれなかった』と!」
「かき乱されたよ。何を思えば良いのかすら分からなかった。だがあの小僧が俺たちを手に取った時、ハッキリと分かったのさ」
哀しい。辛い。羨ましい。
だから証明しよう。その選択が間違いであったと。
「お前さんが憎いわけじゃあないんだ。けれどそうしないと収まりがつかない。お前さん達を倒して、俺たちの方が強いとハッキリさせないことには……!」
絞り出すようなタートビットの声が、オレの胸に突きささる。
その願いを、オレは否定することが出来なかったから。
(……オレだって)
ひいじいちゃんがいなくなって、寂しくなって、ムリにでも証明しようとしてみせた。
オレはひいじいちゃんの自慢のひ孫なんだって。ひいじいちゃんみたく、どんなゲームにだって負けない強い人になれるんだって。
それを認めてくれる人は、もういないのに。
いないからこそ、自分の中でケリをつけられなくなって。
どうしようもなくなる。息が苦しくなる。ゴールの無いマラソンでもやってるような気持になって、目の前にある目標しか見えなくなる。
でも、そんなのは。
「……楽しくないだろ」
口から出た言葉は、誰に対して向いたものだろう。
タートビットか? ヘラクレイズか? それとも自分か?
分からないまま、オレは言葉を続ける。
「楽しくないんだよ、そんなの。そうしなきゃいけないなんて、追い立てられながら戦ったってさ……ちっとも、気持ちが熱くならないんだよ」
ドラガイアと出会うまでのオレは、ずっとそうだった。
勝ちたい、勝たなきゃいけない。そんな感情にばっかり振り回されて、自分のやりたい道とは別の道ばっかりを歩き続けて。
ドラガイアに会ってからだって、何度でもそうなった。ピンチになったり、すべきことが分からなくなったりして、焦って、戸惑って。
だけどドラガイアがいたから、オレはその度に考えることが出来た。思い出す事が出来た。オレがしたいことはなんだろう。オレが選びたい道はどっちだろう。
「お前たちが悲しいのはよく分かったよ。けどさ、ひいじいちゃんだって、お前たちが苦しそうに戦うことなんか、望んじゃいないと思う」
「だから、我らに戦いを止めろというのか! この感情を諦め、全てを忘れろと!?」
「言わないよ。だって……ムリじゃん、んなの」
ぶっちゃけオレは今だって、ひいじいちゃんに褒めてもらえるような男になりたがってる。だからすぐ焦ってしまうと思うし、つまんないこともしてしまうと思う。
「すぐに全部正しい方に行けっつったって、ムリムリ。そもそもオレだって今やってることが正しいか、本当に分かるわけじゃねぇし」
「……なら、お前さんは何が言いたいんだ?」
「なんだろな? まだよく分かんねぇけど……一つだけ、ハッキリ言えることがある」
オレとドラガイアが、こいつらにしてやれることが一つだけ。
こいつらがどうしようもなく寂しくて、楽しくなくて、気持ちが収まらないんなら。
「……オレたちが、思いっきり遊んでやるよ!」
全力で、それに応えること。
「ハッ……ハハハハハ! あぁそうだな、リョウヤ! 正直俺もコイツらの言い分にはかなり反省するところもあったが、結局はそれだ!」
「おっ、口数少ないなと思ってたら、やっぱ気にしてたのかドラガイア」
「そりゃあそうだ。申し訳ないというか、後ろめたいというか」
「だよなー。あんなこと言ってたもんなー?」
自分だけが残されていたと知った時のドラガイアの喜びようと言ったら、そりゃあもうスゴいものだった。こいつらに見せたらものすごく怒ると思う。
「とはいえ、だ! 元同じ棚の仲間共よ。俺は今はリョウマのおもちゃではなく、リョウヤのおもちゃなのだ。リョウヤがそうしたいと言うのなら、俺とて、お前たちの気持ちを受け止める事に一切の躊躇は無い!」
「勝手なことを! 我らがそれで納得すると思うたか!?」
「知らんっ! だが……少しは気もまぎれるだろう!」
ばさり、ドラガイアが土埃をあげながら、空に舞い上がる。
日は落ちかけていた。オレンジ色に染まる空の中で、ドラガイアの身体は影のように黒く、赤く見える。
「さぁ、遊ぶぞリョウヤ!」
「おう! ドラガイア、『ガイアボルケーノ』!」
影となったドラガイアの身体は、次第にマグマのように光り始める。
紅い光はゆらめく太陽の色に混じり、まるでドラガイアが太陽の一部かのように暗くなり始めた空を照らす。
「ぐぬ……やらせるものか!」
タートビットが光弾を連打し、ドラガイアの技を止めにかかる。
だけど、もう遅い。それが着弾する前に、ドラガイアの口から、炎の球は吐き出された。
炎球はタートビットの球をたやすく焼きつくし、校庭へと着弾すると、ぼぅんという音と共に爆ぜる。
「ぶわっ……!?」
オレもうっかり飛ばされそうになって、あわてて近くの柵にしがみついた。
爆発と、炎熱。ぱちぱちと火花のはじける音がして、数秒。
校庭の土は黒く焼け焦げ、ドラガイアが地上にもどると、二体のツクモガングはよろけながらもまだ立っていた。
「この、程度……!」
「うむ。そうでなくては遊び甲斐がないというものだ!」
「ほら、次はそっちの番だぞ?」
「むぅ……リョウヤ……お前さん、本気で……」
ずしり。タートビットが重い体で一歩踏み出した、その時だ。
すぱんっ!
屋上から、鋭い風の刃が、タートビットとヘラクレイズに降り注いだ。
「グリフォリアかっ!? なぜ……!」
「ぐ、ぬぬぬぁぁっ……!?」
とまどうドラガイアだったが、次の瞬間、タートビットとヘラクレイズの様子が変わった。苦し気に声を上げて、息を荒げる。
「……認め、られない……俺たちゃ……リョウマに……」
「選ばれたかった……最期まで、そばにいたかった……!」
「リョウヤ、なんか様子が変だぞ……」
さっきまでの二体とは、雰囲気がちがっていた。
見た目は何も変わらない。だけど、その眼が。オレやドラガイアの事を見ているようで、どこも見ていないような……
「ウォァアアアッ!!」
そして突然、二体のツクモガングは暴れ出した。
タートビットはむやみやたらにビームを乱射し、ヘラクレイズは仲間の射線にお構いなく羽音を立てて突撃してくる。
「ぬぉっ!? なんだ急に! 連携が……」
「取れてない……正気じゃないぞ、こいつら……!?」
特にヘラクレイズは、タートビットの光弾を何発も体に受けている。
なりふり構わない攻撃は、でもだからこそ異常な勢いがあって、対応しづらい。
「クッソ、なんで急にこんな……って、うわっ!」
光弾は、ドラガイアだけじゃなく、オレや校舎の方にも飛んできた。
オレはぎりぎりの所で避けるけれど、弾はコンクリートを砕き、窓ガラスを割る。
このままじゃ、学校がボロボロになってしまう! なんとか止めないと……
「って、もう一発来たぁっ!?」
あわてて逃げようとしたら……ごつっ!
くだけだコンクリートの欠片に、オレは足を取られてしまう。
「うぉ、あっ!?」
ヤバい! これマジヤバい!
頭が真っ白になりかけた、その時。青い炎がオレの横をふわりとすり抜けた。
「ブーストフォックス、弾を!」
それから聞こえたのは、凛とした聞き覚えのある声で。
目の前に迫っていた光弾は、白い二尾のキツネが噛み、砕いた。
「……危なかったな、サニマ」
「おお、エニシ! 来てくれたのか!」
オレを危機から救ったのは、ブーストフォックスだった。
その背に乗るエニシ・クオンは、少し難しい顔をして二体のツクモガングを見る。
「……完全に暴走しているな。何があった?」
「ええと、まずあの二体はだな……」
「分かった」
「えっ、今ので!? まだ何も話してなくない!?」
「聞く必要が無さそうという事が分かった。ひとまず……」
そう言いながら、エニシは腰のケースからカードを一枚、取り出した。
「このままここで好き勝手されると困る。アイツらはオレが引き受けるから……お前たちは、先に上へ行け」
「っ……でも、アイツらは……」
「大人しくさせるだけだ。オレが信用できないか?」
エニシは、黒い瞳で真っ直ぐにオレを見た。
ハッキリ言って、オレはエニシの事をよく知らない。信用できるかどうかもイマイチ判断しづらいと思っている。でも……
「……いや、分かった。とりあえず頼むわ」
多分、ウソをつくヤツではないんだろうな、くらいの事は分かる。
それと、わりと強いってこと。そんなエニシが引き受けるって言ってるなら、任せたって大丈夫なんだろう。
「分かったら早く行け。フィールドを張る。巻き込まれると出れないぞ」
「マジか! よし、行くぞドラガイア!」
「むっ。仕方ない……アイツらを頼んだぞ、ブーストフォックス!」
「心配はいらない。私とクオンであれば」
うなづくブーストフォックスを見て、ドラガイアはオレの近くまで下がる。
「乗れ、リョウヤ! 屋上まで上がる!」
「ん。よっしゃ、行くぞドラガイア!」
そういえば、コイツの背中に乗るの初めてだな。
思いながら、オレはほんのり温かいプラスチックの背中にしがみつく。
「……つるつるしててコワい」
「言ってる場合か! 行くぞ!」
「お、落とすなよっ……!?」
なんか、ちょっと気を抜いたら落ちそう。
なんて言ってる間に、ドラガイアはばさりと翼を広げ、羽ばたく。
「……マジック・エフェクト。『蒼き炎の社』!」
それから遅れて、地上で声が響いたかと思えば、校庭からエニシとツクモガングたちの姿が消える。多分、あのカードの効果だろう。
屋上までは一瞬だった。
オレはドラガイアの背中からするりと降りて、待っていたそいつに話しかける。
「来たぞ、フウラ」
「うん、待ってた」
フウラの顔はどことなく青白く、生気が無かった。
明らかに……普通の状態じゃ、ない。
「なぁオイ、フウラ……」
「前置きは良いよ。とりあえず、始めよっか?」
ずしんっ。フウラの目の前に、緑色のツクモガングが舞い降りる。
「教えてあげるよ、リョウヤ。ボク、前よりずっとずっと……強くなったんだ!」
【続く】
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