互いの想いが


「いけっ! グリフォリア!」


 たんっ! 空気をヒヅメで蹴るような軽やかさで、グリフォリアが距離を詰める。

「っ、『スピンテール』!」

「ドルァッ!」

 先手を打つ。そう思って尻尾の攻撃をドラガイアに命じたけれど、グリフォリアはそれを読んでいたように、直前で中空へと駆け登る。

「遅い。そして分かりやすい」

「よし、『スタンプビート』!」

 頭上を取った瞬間に、フウラが技の指示を出す。

 と、グリフォリアの前脚のヒヅメが光り、ドラガイアの頭へと振り下ろされる。

「ぬぉっ……」

「ヤッベ、『ガイアクロー』で防げ!」

 ガギィッ! とっさにツメで攻撃を受け止める……が、弾くまではいかない。

 頭上を抑えられた状態で、グググ、と前脚が押し込まれる。

「グリフォリアー?」

「ああ、フウラ」

 じっとドラガイアを見下ろしたまま、グリフォリアは答え……すっ、と片方の前脚を持ち上げると、ズドン。

「ぐぅっ!?」

 ズドン、ズドン、ズドン。両の前脚で順番に、リズムでも刻むみたいに連続して踏みつけるグリフォリア。ドラガイアはひたすら受けるけれど、少しずつ、ガイアクローのツメの輝きが減ってきて……

(ダメだ、このままじゃ割られる!)

 ガードし続けるのはムリだ。といって、グリフォリアの攻撃のリズムに、反撃出来るような隙は見当たらない。だったら……

「ドラガイア、吹っ飛べ!」

「なにっ!? ……そうか、分かった!」

 ガギンっ! ヒヅメの踏み付けを受けたドラガイアは、その威力を利用して、大きく後ろに飛んだ。

「あっ、逃げた。リョウヤ逃げるの上手いよね?」

「うっさいな! 危機管理能力が高いってことだよ!」

 にやりと笑うフウラに、オレはつい荒っぽく答えてしまう。

「ドラガイア、そのまま飛んでくれ! ……で、フウラ!」

 深く息を吸って、オレはフウラを見る。

 目の下にはクマ。顔は青白く、どことなくやつれている。

「お前……大丈夫かよ。なんでこんなこと……」

「大丈夫だよ? だってほら、強いじゃん。ボク、リョウヤより強くなったんだ」

「はぁっ!? なんだよそれ……!」

 話が微妙に通じていない気がして、オレはとまどう。

「明らかにダメだろお前! 鏡見たか!? 死にそうな顔してんだぞ!?」

「……ああ、そっち? そりゃあそうだよ、だってリョウヤより強くなるためだもの」

 だよね、グリフォリア? と、フウラは緑のツクモガングに目を向ける。

「あぁ、その通りだフウラ。私と貴方の目的は同じ。だから、貴方のエネルギーと私のエネルギーも、共有されて然るべきだろう」

「むっ……グリフォリア、それは持ち主の生命力を吸い取っているということか!?」

 答えるグリフォリアの言葉に、ドラガイアが反応する。

 エネルギーの共有。生命力の吸収。

 それってつまり、フウラの体力をグリフォリアが使いまくってる、ってことか?

「お前……お前がフウラを操って……!?」

 シャドウサーペントの時みたく、フウラの自由をうばって、自分の好きなように使ってるってことか!?


「ちがうよ、リョウヤ。言ってるじゃない。ボクとグリフォリアの目的は同じ。ボクはリョウヤに勝ちたいし、グリフォリアはドラガイアを壊したい」


 だから、とフウラはドラガイアを指さした。

 それとほとんど同時に、グリフォリアは高く上昇しながら、翼に光を宿らせる。

「『エメラトルネード』」

 ばさり。グリフォリアが翼をはためかせると、吹き抜ける風は緑に染まり、荒れ狂い、竜巻へと姿を変える。

 あの時。最初に会った時、唐突すぎて分からなかった攻撃。

 今度も、話をしていたせいで少しだけ反応が遅れ、けれどそれが技だという事は理解していたオレは、避けろ、とドラガイアに叫ぶ。

 距離を置いていたドラガイアは、うなづいて更に後ろへ飛ぶ。

「ムダだよ」

「ぬっ、ぐ、おおおっ!?」

 だがその速度よりも、竜巻の方が速かった。

 ドラガイアの身体は竜巻に巻き込まれ、ぎゃりぎゃりという音と共に乱回転し、更に空高くへ放り出される。

「っ、体勢を整えるんだ、来るぞ!」

「わっ、わかっているがっ……!」

 めちゃくちゃに吹き飛ばされたドラガイアに、グリフォリアが急接近する。

「はい、『スタンプビート』」

 間に合わない。受け止められる状態になる前に、グリフォリアの前脚がドラガイアへと振り下ろされる。

「だっ……ああ、そのまま『スピンテール』!」

「ぬおおおっ!!」

 回転させられてるなら、その回転を利用するしかない!

 ドラガイアはぐるぐる回る身体に合わせ、その場でめちゃくちゃに尻尾をふるう。

 その尾がグリフォリアのヒヅメとぶつかり合い、グリフォリアの上半身が大きくぐらついた。

「よしそこだ、『ガイアクロー!』」

 逆にこっちは、回転に逆らう衝撃を受けたおかげで、体勢が整った。

 だけど、グリフォリアは慌てずに後ろへ下がり、距離を取る。狙いの甘かったこっちのツメは空を切り、不発。

(……近距離ではスタンプ、遠距離では竜巻か……)

 どっちかといえば、竜巻の方がヤバい。

 避けるにはドラガイアの速度じゃ足りないからだ。エニシがやってたみたいに、攻撃で打ち消すしかないだろうけど、通用しそうな攻撃というと……

(ガイアボルケーノには溜めがあるし、直後に攻撃されたら危ないよな)

 ってことは、接近戦を挑む方がまだ目があるか?

 ツメと尻尾、二択の攻撃が出来る分、スタンプだけなら対応も出来るだろう。

「っしゃ、ドラガイア、距離を取らせるな!」

「殴り合いだな! ようし分かった!」

 楽し気に飛び出していくドラガイア。

 まだまだ元気だし、ダメージもデカくはないだろう。

 だけど、マズいのはこの状況そのものだ。


「……ねぇ、リョウヤ? ちゃんと戦いに集中しないとダメだよ?」


 全力で戦わないと、フウラに隙を突かれてしまう。

 でも、グリフォリアと全力で戦うってことは……

「フウラ、こんなバトル止めようぜ? お前ぶっ倒れるぞ?」

 グリフォリアにダメージを与えれば、その分のエネルギーをフウラから取るんじゃないのか? だとすれば、戦えば戦うほど、フウラの身体が危ないということになる。

「オレより強くって、んなことどうだっていいだろ? それよりお前の方が――」

「……よくない。全然良くないよ、リョウヤ……」

 はぁぁ、とフウラは長く息を吐く。

「あぁそっか。リョウヤは自分が絶対勝つって思ってるんだね……?」

「はっ……? いやそれは……」

「ボクはリョウヤより弱いって。そう思ってる。ずっと前から。あの時も。ボクが弱いからってリョウヤはいつも、いつも、いつもっ……!」

 フウラの様子が、変わる。

 どことなくぼんやりしていたフウラの表情が、険しく、強い感情を示す。


「ボクがっ! どんな想いでキミと一緒にいたかも知らないで、キミはッ!」

「フウラ……?」

「あああああ! そうだよボクは弱かったよ! キミが必死に勝とうと頑張ってたのに、なんの手助けも出来ないザコゲーマーだったよ! だからキミはボクに何も言ってくれなかった! 相談してくれなかった! 気持ちを隠してッ! なのにキミはッッ!!」


 金切り声。響く音の感情に、オレは聞き覚えがあった。

 ……さっきの、タートビットやヘラクレイズと一緒だ。

(そういえば、アイツら……)

 フウラが触れてから、自分の気持ちがハッキリしたと言っていた。

 アイツらが、フウラの生命力と共に、フウラの感情を、受け取っていたのだとしたら。


「グリフォリアっ! グリフォリアグリフォリアグリフォリアッッ! 今すぐぶっ壊そうアレを! ボクからリョウヤを取ろうとするあのおもちゃをッ! そんなのよりボクが強いって分かれば……だからッッ!」

「心配はいらない、フウラ。最初から言っているだろう? 私は、私自身を証明するために、ドラガイアを完膚なきまでに叩き潰すと」


 答えて、一瞬。

 ドラガイアの背後に回ったグリフォリアは、後ろ足でドラガイアを蹴り飛ばす。

「最強として産み出された私には……その、義務がある」

 ぎろり、グリフォリアの鋭い目がオレを見た。

「マスターであるフウラのため。そして私自身のため」

「……お前がフウラをおかしくしたのか。それとも……」

「さて。そこの所だが、私にも分かってはいない」

 平然と、グリフォリアは言い放った。

「だがどちらも真実だ。フウラの言葉も、私の目的も」

 その口調は、荒れ狂うフウラの様子とは裏腹に、あまりに静かで落ち着いていた。


『ツクモガングは、その想いを暴走させやすい。暴走したツクモガングは人間に悪影響を及ぼし、周囲に被害をもたらす』


 エニシの言っていた言葉を思い出した。

 オレはだからてっきり、グリフォリアの想いがフウラに悪影響を与えたのだと思っていた。……でも、実際の所どうだかは、分からない。

 ツクモガングが人に影響したのか、人がツクモガングに影響したのか。

 でも、きっと。どちらも本当のことなのだ。


「……ドラガイアは壊させない」


 考えて、まず返せる言葉はそれだけだった。

「それは、お前の大事なおもちゃだからか?」

「友だちだからだ。それに……絶対、んな事したってフウラは楽しくない」

「フウラの気持ちを否定すると? 私に影響されたウソだと?」

 グリフォリアに問われ、オレは首を振った。

「今本気でも、絶対後悔する。フウラはそういうヤツだ」

 フウラは、ドラガイアに初めて会った時、ドラガイアの事をロボットだとカン違いしていて……だけど、挨拶をして、握手した。

 よろしくね、と言ったんだ。そんなアイツが、ドラガイアを壊して後悔しないわけがない。……だから、オレは止める。

「ドラガイアっ! まだ平気かっ!?」

 吹っ飛ばされたドラガイアに叫ぶと、ドラガイアは大きく翼をふるい、上昇する。


「平気だと、信じているだろうお前はっ!」

「まぁなっ! だってオレとお前だぞ?」


 フウラとツクモガングたちが、互いに影響していたとするなら。

 オレとドラガイアにも、何かしらの影響はあったのかもしれないな、と思う。

 だって、きっとオレ一人なら、もうこれ以上何をしていいか分からなかっただろうから。


「今は勝ちを譲れない。オレのせいでフウラが辛い思いをしたってんなら……」


 オレは、昔の負けを一人で抱え込んでいた。

 全部オレのせい。オレが一人で暴走して負けた。

 フウラには悪い事をしてしまったと思っていたし、今でも思う。

 ……でも、そのせいでフウラと距離を取って、結果寂しい思いをさせていたのなら。


「なら、フウラ! 今日は一緒に遊ぼうな!」

「……えっ……」

「だって当然だろ? 友だちが、同じおもちゃ持ってるんだぜ?」


 ドラガイアと、グリフォリア。

 目的とか、経緯とか、そういうのは全部抜きにして。ツクモガングだとか、暴走だとか、そういうことも置いといて。


 同じおもちゃで、一緒に遊ぶ。

 それが、オレに出来る精いっぱいの戦いだった。


 *


「……勝てると、思うか?」


 カードによって生まれた別の空間で、二尾のキツネはパートナーにそう問いかけた。

「サニマたちの事か?」

「そうだ。グリフォリアというツクモガングからは、強力な気を感じた。一度私たちに勝ったとはいえ、ドラガイアたちは半人前だろう」

 言いながら、キツネは暗い空間に放たれる無数の弾丸を、平然と避け続ける。

 そして迫りくるカブトムシのツクモガングの頭を蹴り、高く跳んだ。

 キツネの周囲には、無数の青い炎が灯っている。その数は……七。

「時間はかかっても、万全の私たちが挑むべきではなかっただろうか?」

「その時間が問題だ。相性が悪い」

 少年、エニシ・クオンは答えながら、腰のケースからカードを引いた。

「オレたちには、こちらの対処の方が向いている」

 カードを地に投げると、白い紙で出来たサムライが姿を現す。

 それから更にカードを投げ、紙のサムライを増殖させるクオン。その間も、ブーストフォックスは指示も無いまま花火のような弾幕の間をすりぬけ続ける。

「それに……賭けるだけの理由も、ある」

「理由?」

「空想力。ツクモガングで遊べる力。……オレにはないものだ」

 つぶやく声に、ほんのわずかな悔しさがにじんでいる事にブーストフォックスは気付き……口の端を、気付かれない程度に持ち上げる。


「そんな事はない、クオン。確かに君は真面目過ぎる所もあるが」

「……? なんだ、ブーストフォックス?」


 キツネはクオンのそばに駆け下りると、彼を口でつかみ、背中に放り投げる。

「楽しむ気持ちが、無いわけではない。……私の背中を、気に入ってくれているだろう?」

「それは……。そう、だけれど」

 クオンは、ブーストフォックスの柔らかく白い毛をなでる。

「ならば今はそれで良い。私は君を誇りに思っている。……だから……君が賭けるというのなら、私も信じていよう」

「……そうか」

 短くうなづいて、クオンは呼び出した紙のサムライを、ブーストフォックスのエネルギーに変える。するとその分、ブーストフォックスの周囲に舞う青い炎は増え……


「オレも、お前を誇りに思っている」


 言葉と共に、クオンは一枚のカードをブーストフォックスに重ねる。


「エヴォルエフェクト。『』」


 青い炎はブーストフォックスの体内に取り込まれ、同時にその肉体を変化させる。

 白い毛はうっすらと青に染まり、二尾であった尾が更に七本、追加され。


「サニマたちが勝つ前に、彼らを止めるぞ」


 暴走したツクモガングたちを止めるため、九尾のキツネと陰陽師が、地を駆けた。


【続く】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る