俺たちの願い

「ドッ……ル、アアアアアァッッ!!」


 ドラガイアの口から放たれた火炎弾が、グリフォリアの翼から生み出される竜巻を打ち消し、爆発する。

 何度目かのぶつかり合いだった。

 爆炎が消える前に、それを切り裂くようにドラゴンとグリフォンは空を駆け、自らのツメとヒヅメを振りかざす。

 ぎぃん、という鈍い音と共に、互いの身体は大きく弾かれ、距離が出来る。

「『ガイアボルケーノ』!」

「『エメラトルネード』……!」

 そこでまた、互いに大技を放つ。

 赤い炎と緑の疾風が、花火のように暗くなった空を輝かせる。


「っ……なんで……なんでまだ勝てないんだよッ!」

「なんだフウラ、もうあきらめたのかよ?」

「あきら……めるわけ、無いだろッ!」


 肩で息をしながら、フウラはムキになって答える。

 フウラの体力は、限界が近いみたいだった。

 実際の所、これ以上戦わせていい状態じゃ、ないんだろう。

 それでも、オレは戦う事に決めていた。

「はぁー……ってか、オレもしんどいなこれ……」

 頭がふらつき、足がガタついた。

 多分、オレはオレで体力がドラガイアに持ってかれてるんだ。

「大丈夫か、リョウヤ。少し遊び過ぎか?」

 ドラガイアがオレの目の前に降りてきて、ちらりとこちらを見ながら問う。

「こっちは大丈夫だって。お前こそ、バッテリーはどうよ?」

「切れかけだ。身体が少し重い」

「あー……じゃ、その分かな、コレ」

 ドラガイアの動力はバッテリー……だと、思っていた。

 でもきっと、本当はちがう。『バッテリーが無ければ本当の意味で動けるはずはない』というおもちゃとしてのルール……ツクモガングとしての性質が、表れているだけ。

 だから、バッテリーが少なくなればその分、オレの空想力がモノを言うようになる。

 それは同時に、オレの体力がドンドン持っていかれる状況でもあるってことで……


 カンタンに言えば、オレはめちゃくちゃ疲れはじめていた。

 けど、それはフウラの場合も同じこと。いや、それ以上か。


「このままでは、決着が着いても互いの主は倒れることになるな?」

「むっ。そう言って俺の油断を誘う気か、グリフォリア」

 ドラガイアは、じっとグリフォリアをにらんで言い返す。

「いいや。私としては、お前を壊し最強の証明が出来ればそれで良い。フウラも満足する事だろう。……だが、解せない」


 なぜ、まだ戦い続けるのか。

 どうして、そんな力を保っていられるのか。

 グリフォリアは、不思議そうにオレたちへと問いかけた。


「なんだ、そんな事も分からないでツクモガングになったのか、お前は」

 オレが答える前に、ドラガイアはため息を吐きながらそう言った。

「もしやお前、人間と遊んだことが無いのでは?」

「……あるさ。フウラと似た雰囲気の子が、私の最初の持ち主だ」

 名前はもう忘れたが、とグリフォリアはつぶやく。

「彼の数少ない友が私だった。私は彼の持つただ一体の『ドラグクロニクル』で、彼は私が最強の存在であると信じていた」

 ばさり、ばさりと空に留まりながら、グリフォリアは言う。

 フウラは顔を上げて、そんなグリフォリアを見上げていた。

「貴方にも言ってはいなかったな、フウラ」

「……うん。倒したいって、それしか」

「それで良い。知る必要も無い。何がどう転ぼうと、私と貴方の願いは同じなのだから」

「そうだよね。……グリフォリア」

 行って、とか細い声でフウラはつぶやいた。

 途端、グリフォリアはぶわりと風を起こしながら、一瞬でドラガイアとの距離を詰める。

「『スピンテール』!」

 尾での対応は、間に合わない。

 再び頭上を取ったグリフォリアの、二本の前脚が振り下ろされる。ガイアクローを使う前に攻撃はドラガイアの頭部に直撃し、ずどんと音を立て、ドラガイアの体が地に倒れる。

 けれど、ドラガイアは翼を動かし、その反動ですぐに起き上がる。

 そこへもう一度、ヒヅメの攻撃がせまるが、ドラガイアはそれを前脚でつかむ。

「っ!?」

「……お前にも、分かっているではないか」

 ぐぐぐ、とドラガイアは力を籠め、振り下ろされようとしていたヒヅメを、少しずつ持ちあげていく。

「俺たちは、願いによってツクモガングとしての力を得る。ああ、きっとそうなのだろう。俺も、シャドウサーペントも、イナズマバレットもそうだった」

「願い、に、よって」

「そう。ブーストフォックスのヤツは知らんが。タートビットやヘラクレイズにもそれは在った。揺さぶられ、もしかしたら正しい状態ではなかったのかも、しれなくとも」

 昔は勝てなかった相手にリベンジしたい、というシャドウサーペント。

 どこまでもいつまでも走り続けたい、レースがしたいと叫んだイナズマバレット。

 ひいじいちゃんに選ばれなかった哀しさから、自分の強さを証明したくなったタートビットに、ヘラクレイズ。

「お前にとっての願いはきっと、その昔の持ち主の想いを、現実に証明すること、だろ?」

「……だから、どうした。私の願いなど、お前達には関係のない事。それとも、その話を聞き同情でもしたか? あえて負けるとでも言いだすか?」

「まさか! そんな事この俺はしない。だがお前は効いただ聞いただろう。なぜ戦えるのか。力を引き出せるのか」

 ふは、とドラガイアは笑い、持ち上げたグリフォリアの前脚を……思い切り、振り回す。


「俺もお前も、他のツクモガングも、みな同じだ!」


 ドラガイアはそのまま、グリフォリアの巨体を背負うようにして、地面に、叩きつけた。

 ばぎんっ! プラスチックの身体に衝撃の走る音。

 屋上の床は振動し、フェンスがぶぉんぶぉんと揺れ、音を立てる。


「グリフォリアっ!?」


 おどろいて叫ぶフウラだが、グリフォリアは「問題ない!」と返しながら、すぐに立ち上がる。……けれど、その足はふらついていた。

「願いがあり、そのためにならどこまでも戦える。それが持ち主の願いと同じであればなおの事! 倒れる理由などどこにもない。退くべき理由などどこにもない!」

「……ならば、お前の願いとはなんだ! 私に対抗しうるほど強い力を生む、それは!」

「決まっている!『楽しく遊ぶこと』だ!」

「っ……!?」

 想定していなかったのだろう。あまりにも気の抜けたドラガイアの答えに、グリフォリアは目を見開き、固まる。

「……マジか」

 というかオレもビックリしていた。

 良い事を言う流れだと思ったのに、出てくる答えが最終的にそれとは。

(でも、そうだよな)

 納得する。

 なぜならコイツは、オレのひいじいちゃんが持っていたツクモガングなのだから。


「目覚めたオレは、持ち主であったリョウマと楽しく遊べると信じていた。だがそれは叶わず……代わりに、今ここにいるリョウヤのツクモガングになった」


 最初にドラガイアと一緒に戦った時。

 自分の持ち主は誰か、とドラガイアはたずねた。

 あの時は意味がよく分からなかったけれど、今なら分かる。

 ドラガイアは、持ち主が欲しかったんだ。

 そして持ち主がいれば、ドラガイアは、自分の願いに突き進む事が出来る。


「俺は、リョウヤが楽しく遊ぶためにならなんだってしてやろう! どんな相手とも戦い、そして勝ってみせる! それが! 俺の……ツクモガングとしての、在り方ッ!」


 ドラガイアは叫び、グリフォリアに向かって一直線に走る。

「リョウヤ、俺に力をくれ!」

「っ、分かった!」

 きっと、これが最後の技になる。

 バッテリーは全然なくて、オレの体力もヤバいから。

 それは、フウラたちも同じことで。

「グリフォリア、行ける!?」

「……ああ。あんな奴に負けるわけには……!」

 互いに、理解する。

 これで決着がつくと。


「――『ガイアボルケーノ』!」

「――『エメラトルネード』!」


 至近距離で放たれた、必殺技。

 爆風がオレとフウラを吹っ飛ばし、屋上のフェンスに叩きつける。

 ぐぅ、とノドから声がもれて、一瞬、意識がどこかへ飛んでしまう。

 ふらつく頭で、立ち上がれるようになったのは数秒後の事で。

 反対側では、フウラがフェンスに寄りかかりながら、どうにか立とうとしていて。


「……ぐむ」


 声がする。けれど二体のツクモガングの巨体は、屋上のどこにも見当たらない。

 辺りを見回した。罅割れたコンクリートと、ちりちりと残る小さな火。

 その中に、小さな赤いプラスチックの身体が見えた。

「……ドラガイアっ!」

 走ろうとして、力が入らないと気付く。

 それでもゆっくり歩いて、オレは倒れたドラガイアの元へ向かう。

 やっぱり、限界だったんだろう。ドラガイアの身体はすっかり元のおもちゃサイズに戻っていて、抱き上げると、ちらりとオレのことを見て、満足げに眠りに落ちる。


「……勝てなかった、ね」


 ふり返ると、フウラもまた、おもちゃサイズにもどったグリフォリアを手に立っていた。

 グリフォリアはフウラに何かを言いかけるが、結局何も言えないまま、眠る。

 しばらくの間、オレは何も答えられなかった。

 つかれた頭で、何をどう言って良いか分からなくなっていたから。

 それでも、ようやく頭に浮かんだ言葉を、オレはそのままフウラに告げる。


「強かったな」

「……うん。でも、結局勝てなかった」

「負けてもねーじゃん。引き分けだろ、これ」

「でも、ボク……」

「勝ちたかったか?」

「……うん」

「……じゃあさ、また戦えばいいじゃん」

「……え……」


 正しい事を言っている、という自信はなかった。

 エニシが聞いたら怒るかもな、なんてちょっと頭に浮かんだけど、止まらない。

「別にさ。一回勝てなかったからって、終わりにする必要ないじゃん」

 ちょっと前までは、そうは思えていなかった。

 負けは負けだ。取り返しがつかないし、だから二度と負けたくない。

 そう思って、焦って。実際、やりなおせない戦いだってたくさんあった。

 それでも……全部が全部そうじゃないと、今では思い出した。


「遊ぶのってさ。勝ったり負けたりするから楽しいんだよな」


 きっと、絶対に勝てる戦いなら、心が熱くなったりはしないんだ。

 勝てるかもしれない。負けるかもしれない。その間でがんばるから、勝てた時、何よりうれしい気持ちになれるんだと、思う。

 だから。たった一回の勝敗で、全部終わりにしてしまうのは……もったいない。


「な、また遊ぼうぜ、フウラ。……ああでも、他のツクモガングそそのかすとか、危ない戦いとか、そう言うのはナシな。別に巨大化させなくても戦えると思うし……」

「……怒ってないの? ボクの事」

「ん? なんで? ……どっちかっつーと、謝るのオレの方だろ?」

 フウラは、ずっとオレの事を心配していた。

 オレはそれに気づいていなかったし、向きあってもいなかった。

「ホント、ごめんな。心配かけて。でももう大丈夫だからさ」

「……ボクは、リョウヤの力になれなかった」

「んじゃ、これからなってくれよ。あのさ、実はオレ、今やってることがあってさ……」


 それから、オレはフウラに話す。

 ツクモガングのこと。ツクモバトラーのこと。

 これまでの戦いや、エニシってヤツについて。それから……


「……お前のグリフォリアと戦ってて、思ったんだけどさ――」


 *


「全てのツクモガングで?」


 数日後、対策室でオレの考えを話すと、ウドウさんはびっくりした顔でそう言った。


「それはつまり……イナズマバレットのレースだけじゃなく、ということかい?」

「はい。グリフォリアみたいに、アイツに勝ちたい! って思ってるツクモガングとか、もっと戦いたい、遊びたいって思ってるツクモガングって、結構いると思うんです」


 タートビットやヘラクレイズもそうだ。

 きっと彼らだって、ひいじいちゃんが生きていたら一緒に遊びたかっただろうと思う。

 ……でも、ツクモガングの力は強すぎて、どこでも自由に、ってわけにはいかない。


「だから、出来るだけ多くのツクモガングが、好き放題遊べる場所を作りたいんです」

「……なるほど。考えは分かったし、素晴らしいとは思うが……」

「お金、かかるんですよね。だから、すぐじゃなくてもいいんです」

 ツクモバトラーとして戦って、いずれは現実にしたい。

 何年か、何十年かかかるかもしれないけれど、それでも良かった。


「しかし、大変だぞ。キミ一人ではもしかすると……」

「なぁに、リョウヤには俺がついているとも!」


 心配そうにいうウドウさんに、ドラガイアが自信を持って答えた。

 そう、オレは別に一人じゃない。ドラガイアっていう大事な相棒がついてる。

 それに……


「リョウヤ! ツクモガングの発見報告があったって! エニシ君がもう行ってる!」

「マジか! じゃあオレたちもいかないと……ってわけで、ウドウさん!」


 オレはウドウさんに一礼して、フウラと共にビルの駐車場に向かう。

「ドラガイア。今回の相手は私が先に抑えよう。お前の出番はない」

「バカなことを! そもそもそれを決めるのは俺たちではないだろう!」

 小さな体で、ドラガイアとグリフォリアがわめき立てる。

 相変わらずちょっと仲が悪いけど、お互いに相棒の言う事はちゃんと聞いてくれるから、今のところは問題なさそうだ。


「イナバレ! 現場まで乗せてって! 安全運転で!」

「その略し方よォ、変じゃねぇかァ? フツーはイナズマって呼ばねぇか?」

 駐車場では、巨大化したイナズマバレットが待っていた。

 ちょっとした改造をほどこされ、中に乗り込めるようになったのだ。

 表向きには自動運転車ってことになっていて、ナンバープレートも装着されている。

 オレとフウラは相棒をかかえ、シートベルトをしめると、行先をイナズマバレットに告げる。「分かったぜェ!」とイナズマバレットは答え……ぶぉんっ!


「ちょっ、ま、速くない!?」

「んだよ急ぎだろ!? オレ様ァ緊急車両扱いだから問題ねェんだよ!! 大体なァ……」


 アイツより遅く走るのは気に入らねぇ、とイナズマバレットは言う。

 窓から外を見ると、ビルの上をブーストフォックスが駆け抜けている最中だった。

「オラァッ! もう黙ってろ舌噛むぞ!」

「ああああっ!? マジでもう少し速度落とせお前はッ!!」

 などと、言っても聞くようなツクモガングではなかった。


「で、次の相手はどんなヤツだろうな?」

「ああー……いや、分かんねぇけど!」


 イナズマバレットの運転に冷や冷やしながら、オレはドラガイアの問いかけに答える。

「でも……面白いヤツだといいよな!」


 今回は、どんな風に遊べるだろうか?

 考えただけで、胸がわくわくした。


【終わり】

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ツクモガング!! 螺子巻ぐるり @nezimaki-zenmai

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