単三電池


「それでリョウヤ、どこに向かっているんだ?」

「んー、やっぱネットには無いっぽいからなー」

 単三電池は、もうどこにも売っていなかった。

 それどころか、作られてすらいない。運よく使ってないものが残っていたとしても、経年劣化で使い物にならない……らしい。

 でも、もしかしたら……と思う場所が、一カ所だけあった。

「ひいじいちゃんが行ってた店があるんだよ。昔のおもちゃを売ってるとこ」

 小さいころ、ひいじいちゃんに連れられて何回か行った事がある。

 ひいじいちゃんのコレクションも、ある程度はそこに売られたハズだ。

 その店でなら、単三電池の代わりになるものを手に入れられるかもしれない。

「なるほど。もしかすると、他の仲間にも会えるかもしれんな!」

 ばさばさと、ドラガイアがオレの腕の中で翼を振る。

「ちょ、あばれんなよ! ……っていうかさー、電池ってマジで要るの?」

「当たり前だろう。電動玩具だぞ、この俺は」

「でも動いてんじゃん」

 電池が入ってないのに動いてるし、しゃべってる。

 だのに、今更どうして電池が必要になるんだ?

「ふむ……。さっきも言ったが、俺自身、自分が動いている理由はハッキリしない」

 その上で、と前置きして、ドラガイアは語る。

「俺が動くには、本当は電池が必要だ。そうでないと不自然だ。だから、必要だ」

「……ごめん、オレにはちょっと分かんない。昔のおもちゃがこうして動いてる時点で不自然だろ?」

「それは俺もそう思う」

 ドラガイアはうなづいた。

 常識とはちがう何かの力が働いているとしか思えない、と。

「だが、この俺は……『ドラグクロニクルのおもちゃ』である俺は、電池があってこそ完全なのだと、思う」

「んー……全っ然分かんねぇ……」

 ひいじいちゃんなら、理由も分かったんだろうか?

「それに、理由は分からんが、力が出ないのも事実だ。腹が減って仕方がない」

 ドラガイアはそう言ってうなだれる。

 結局、分かるのはドラガイアが空腹だという事くらいだった。

「まぁ、なんにしても電池は探すから、心配すんな」

「ありがとう、リョウヤ。優しいのだな」

「……ひいじいちゃんの形見だしな、お前」

 ドラガイアは、ひいじいちゃんが俺に残してくれた数少ないものの一つなんだ。

 そのドラガイアが望んでいるのなら、電池を探すくらいはしてやってもいい、と思う。

「うむ。やはりリョウヤは、リョウマとよく似ている」

「ひいじいちゃんと? ……言われたこと、あんまねぇけどなぁ」

 というか、どちらかと言えば似てない方だと、オレは思っていた。


「……ひいじいちゃんみたくはなれないって、オレ」


 *


「単三はもうどこにもないからね。変換器を使う事になるよ」


 店でドラガイアを見せ、電池が欲しいというと、店員はそう返してきた。

「変換器って?」

「市販のバッテリーを、単三代わりに使えるようにする道具。……っていうか、そのおもちゃ……」

 店員は、ぐぐっと顔をドラガイアに近づけ、じっくりと観察する。

 ドラガイアは、視線を真正面から受けながらも、ピクリとも動かず耐えていた。

 こういう店で好き勝手動いたら、きっと騒ぎになる。

 そう思って動かないよう言っておいたのだけれど……

「けど、このおもちゃ……」

(バレた、か……?)

 背中に、冷や汗が垂れる。

 いや、別に悪いことしてるわけじゃないんだけど……

「……もしかしてキミ、……リョウマさんの、ひ孫?」

「えっ、あっ、そうです、けど……」

「やっぱり! いや、どっかで見たおもちゃと子どもだなぁと思ったんだよね!」

 なんで言ってくれなかったのさ、と店員は楽しそうに話す。

 どうやら、ひいじいちゃんは、前にもこの店員にドラガイアを見せた事があったらしい。

「といっても、箱だけね。買い取らせてももらえなかったし……」

「ひいじいちゃん、断ったんですか?」

「うん。けっこう良い金額出せたんだけど……『これは大事なものだから、いくらキミでも無理だ』ってね」

 笑って答える店員。ドラガイアが、腕の中でひそかに震えた。

(いや、動くなって!)

 嬉しいのは分かるけど、今はガマンしてほしい。

「でも、ちょっと安心したよ。リョウマさん、『おもちゃは遊ばれてこそ意味がある』ってよく言ってたから……」

「遊ばれてこそ……?」

「うん。ただ集めて並べるのも良いけど、動かせるなら動かした方が良いって。キミもそう思うから、わざわざ電池を探しに来たんだろう?」

「ええと……まぁ」

 本当はちがうけど、うなづいておく。

 それにその言葉は、確かにひいじいちゃんの言いそうなことだった。

 実際、ひいじいちゃんは、よく自分のコレクションでオレと遊んでくれていたから。

 大事な思い出なら、壊さないよう触らせないのが普通なのに。

「リョウマさんも、キミがここに来て嬉しいだろうな。買い取りの時、キミの話なんかもよくしていてね……」

「オレの話……?」

「『学校で、ゲームの成績が一番良いんだ!』って。自慢のひ孫だったみたいだね」

「……そう、ですか……」


 オレはその言葉に、どう返して良いか分からない。


 ひいじいちゃんが、オレの事を大切に想っていた。それはうれしい事だったし、知らない人にまで自慢していたのは、ちょっと恥ずかしい。

 でも、それ以上に、オレは……

「っと、そうだ変換器! たしか今、倉庫にしか無いから……待ってて!」

 店員はそう言って、バックヤードに走っていく。

 足音が遠くなってから、ドラガイアは「もう動いていいか?」と言って首を回す。

「リョウマ、やはり俺の事が大事だったのだなぁ!」

「ん、良かったな」

「で……話を聞いてて、気になることがあったのだが……」

 ドラガイアが、不思議そうな顔でオレを見上げる。

「ゲームの成績って、なんだ? 学校でゲームをするのか?」

「ああ……昔は無かったんだっけ。今はあるんだよ、ゲームの授業」

 学校で色々なゲームをプレイして、ソフトウェアの操作や判断力……その他もろもろを学ぶ。オレが小学校に入る少し前くらいから科目に加わったらしい。

「それは楽しそうだな! しかも成績が良いのか!」

「いや……楽しくないし、今は全然だよ」

 首をふる。確かに、ひいじいちゃんが生きていた頃はそれなりに良かった。

 でも、今は全くダメだ。全然勝てないし、面白くも無い。

 だから、ひいじいちゃんの自慢を聞いて、オレはどう反応していいか分からなかった。

 ひいじいちゃんが自慢に思っていたのは、少し前までのオレだ。

 今のオレは、そうじゃない。あの時、試合に負けてから、オレはずっと……

「……リョウヤ、つまらなそうな顔をしているな?」

「ん……悪い、ちょっとイヤな事思い出してた」

「ふむ。そんな時は遊んで忘れるのが一番だ! 俺も、対戦相手さえいればもっと……」

「え、ドラガイア、対戦出来るタイプだったのか?」

 てっきり、ただのプラモデルかと思ってた。

 そういうと、ドラガイアは「失礼な!」と怒り出す。

「なんのための電動装置だと思っている! 俺はれっきとした対戦玩具だぞ! サニマ・リョウマの使うドラガイアと言えばだな、大会でもだな……!」


「――サニマ?」


「そう! サニマ・リョウマ! リョウマは強くて……いや、待て。誰だ?」

 声が響いた。店員が戻って来たのかと思ったけど、そうじゃない。

 店内を見回す。人の姿はどこにもない。

 誰が、しゃべった?


「リョウマ、リョウマと言うからもしやと思ったが……やはりサニマ・リョウマか。ああ、あの忌々しいサニマか……!」


 低く響く声には、背筋をふるわせるような暗い感情がこもっていた。

 声の出どころを探す。入口からじゃない。店員の向かった裏からでもない。


「今でも思い出す……思い出さずにいられない……! ヤツのせいで! ヤツがいなければ! ああ、悔しい、悔しい悔しい悔しい……!!」

「っ……! リョウヤ、ショーケースだ!」


 振り返り、ショーケースの一角を見る。

 立ち並んだ様々なおもちゃたち。どれも年代はバラバラで、新しいものから古いものまで、色々揃っている。

 その中でも、ひと際目を引くのは……どす黒い、墨のような何かを身にまとった、紫色のコマのおもちゃ。

 そのコマは、誰も触れてはいないのに、ひとりでにふわりと浮き上がる。

「……ドラガイア。あのおもちゃ、メカトイには見えないよな?」

「うむ。電池を使わないタイプのおもちゃだな。そして……きっと、俺と同じ……」


「叶わぬ望みと思っていたが、よもやこの恨み、晴らせる時が来ようとは!」


 ドラガイアが言い終わる前に、コマは叫び、バリンと音を立て、ショーケースのガラスを突き破った。

「ちょっ、なんの音!?」

 その時、店員がおどろいた様子で戻って来る。

 オレもドラガイアも混乱していて、何を言っていいのか分からない。

 その、ほんの少しの隙をついて、コマは……


「――借りるぞ、貴様の身体!」


 店員の手の内へと、飛び込んだ。

「うぅっ!?」 

 店員は小さくうめいてから、だらりと脱力する。

 からん、と音を立て、その手から何かが落ちた。……変換器だ。

「……サニマ……サニマの子孫よ……」

 コマと店員の口から、同じ言葉が発せられる。

 店員の目はうつろで、明らかに様子がおかしかった。


「我が名はシャドウサーペント! サニマ・リョウマに負け、その屈辱を晴らせず百年の時を過ごした『ヴァーサスピン』の玩具である!」


 ヴァーサスピン。大昔に流行った、対戦型コマのおもちゃ。

 オレも、何度かひいじいちゃんと遊んだことがある。

 いろいろなモンスターをイメージした見た目と性能、そしてカスタマイズ性が売りのおもちゃだったはずだ。

 少なくとも、空中を勝手に動き回ったり、人の身体をおかしくするおもちゃではない。


「故に、故に! サニマ・リョウヤ……今ここで、我は貴様を討ち果たす!」


 叫びながら、店員はいつの間にやら手にしたシューターに、シャドウサーペントを装着し……ばしゅんっ! 音を立て、勢いよく放った。


「さぁ、バトルだ! 我と戦え、サニマの子孫っ!」


 コマにまとわりついた黒い墨のようなものが、コマの回転と共に大きく膨れがある。

 からんっ。音を立て、放たれたコマが床に落ちたと同時に……その墨は、ぶわっとはじけ飛んだ。

「ウソ、だろ……?」


 そして、弾けた黒い墨は。

 紫の大蛇へと、姿を変えた。


「これがっ! これが我の真の姿! 玩具に秘められし『シャドウサーペントの姿』!」


 シャドウサーペントは、大きく口を開いて叫ぶ。

 その声の振動で、オレの肌がびりびりと震えた。

 映像、じゃない。作り物でもない。

 天井にぶつかりそうなほど巨大な、刃のようなウロコを持つ大蛇。

 そんなものが、現実であるはずはないのに。

「なん……いや、バトルって……!?」

「俺とコイツで戦う、ってことだろうな」

 状況をのみこめないオレに、ドラガイアは言う。

「でもヴァーサスピンってコマだろ!? ドラガイアとはちがうおもちゃじゃんか!」

「関係はない! もはや我らはツクモガングである故に……!」

「ツクモ……ガング……?」

 知らない言葉だ。

 ドラガイアも知らないらしく、オレが目を向けると小さく首を振る。

「しかし分かる。俺とヤツは同じだ。同じように『普通じゃない』」


 電池も無く動き、意志を持ち言葉を話す。

 その点において、ドラガイアとシャドウサーペントは同じ存在だった。


「……よし、じゃあ……」

 息を整えながら、身の回りを確認する。

 シャドウサーペントを放った後、店員は気を失って倒れてしまったようだ。

 店は狭くて、棚やショーケースが並んでいる。もしここでシャドウサーペントが暴れたら、店員も他のおもちゃも危ない。

 そして……ドラガイアは、少なくともあの巨体を相手に戦えるようには、見えない。


「逃げるぞ、ドラガイア!」


 思い切り振り返って、一目散にドアへと走った。

「待て、サニマの子孫!」

 当然、シャドウサーペントは追って来る。

 自動ドアを飛び出して、道路に出る。一瞬おくれて、背後からゴガンという破壊音がひびいて、何かが迫る気配がする。

「追って来るぞ! 戦わないのかリョウヤ!?」

「あり得ねぇ! 戦う理由が一つも無い! ってか勝てる気がしねぇ!」

 ちらりと後ろを見る。

 シャドウサーペントは身体をうねらせながらオレを追っていた。

 その身体は、よく見れば宙に浮いていて……地面では、シャドウサーペントのコマが回転しながらこちらに向かって来ていた。

(本体はあくまでコマなのか……?)

 考える。だったら、時間いっぱいまで逃げ切れば、いずれはコマの回転力が落ちて……シャドウサーペントも消えるんじゃないのか?

 だったら、舗装の甘い場所を狙って走りさえすれば……

 そう、思った時だ。

「逃げられると思うなよ、サニマ!」

 ぐん、とシャドウサーペントが加速した。

「我は攻撃に特化したヴァーサスピン! 速度において人に負ける理由なし!」

 やられる、と思った。

 食われるのか、叩き潰されるのか、それさえ分からない速度で、大蛇の顔がオレへと迫ってきて……

「っ、危ないリョウヤ!」

 その時、オレの腕の中から、ドラガイアが無理矢理飛び出して。

 ばしんっ! シャドウサーペントの顔に体当たりし、その動きを抑えた。

「ド、ドラガイア!?」

「ほぅ、ついに戦う気になったか……だが!」

「ぐあああぁっ!」

 ばぎゃんっ!

 シャドウサーペントが首をふるい、ドラガイアを空へと吹っ飛ばしてしまう。

 サイズも、重さも、ドラガイアでは、今のシャドウサーペントに太刀打ちが出来ないんだ。……だけど、ドラガイアは中空で身体を回転させ、もう一度シャドウサーペントに攻撃しに行く。

「ドラガイア! 無茶だって逃げろよ!」

「かまうな! 俺は対戦玩具だと言ったろう! ……それに、お前はリョウマのひ孫だ!」

 ドラガイアは全身でシャドウサーペントに飛び掛かるけれど、シャドウサーペントにその攻撃は効かない。

 ばしっ、と音がして、ドラガイアの身体から赤いプラスチック片がこぼれ落ちる。

「このままじゃぶっ壊れるぞ、お前! いいから逃げろって!」

「逃げない! 逃げればリョウヤ、お前はコイツにやられる! そんな事を、リョウマが望むはずもないッ!」

 ドラガイアは叫ぶ。オレを守るために、壊れる覚悟が出来ているとでもいうかのように。

「そんなのっ……!」

 イヤだ、と思う。それを言うなら、お前が壊れることだって、ひいじいちゃんが望むわけないじゃないか。

 けれど実際、ドラガイアを抱えては、逃げきれない。

 あるいはドラガイアを囮にすれば、オレだけなら逃げられるかもしれないけど……

(……そうなった時、またシャドウサーペントが襲いに来ない保証は……)

 シャドウサーペントは、なぜだか人を操れるようだった。

 その力があれば、もう一度誰かに自分を回させて、オレを探すことも出来る。

 結局、ドラガイアを見捨てようと見捨てまいと、オレはコイツからは逃げられないのだ。


(だったら……勝つしかない……)


 どうやって? 今のドラガイアじゃ、アイツには手も足も出ないのに?

(いやちがう。ドラガイアはまだ全力を出せていないだけだ)

 電池を手に入れれば……もしかしたら。

 だけど、電池代わりの変換器は、店に転がったままだ。手に入れるには、シャドウサーペントの横を通り抜けないといけない。

 ハッキリ言って、怖かった。

 それでも、他に方法が無いと分かり切っているなら……

「……くっそ!」

 大きく息を吸って、姿勢を低くして、走り出す。

「……!」

 オレの動きに気付いたシャドウサーペントが、標的を変えて噛みつきに来る。

「リョウヤっ!」

「ぐっ……!」

 飛び掛かるシャドウサーペントの頭部を、ドラガイアが蹴り飛ばす。

 それによって、ほんの少しぶれたシャドウサーペントのキバは、オレの腕をかすめるだけで済んだ。

 痛みが走る。でも、問題ない。二歩、三歩と地面をけって、シャドウサーペントの横をすりぬけ……

「ドラガイア、来い!」

「あ、ああ!」

 叫ぶと、着地したドラガイアが走ってオレについてくる。

 シャドウサーペントが向きを変える前に、オレは店に飛び込んで……床に転がっていた変換器とバッテリーのパッケージをつかみ、カウンターの裏へかくれた。


「姿を隠そうと無駄なことだぞ。出て来ぬなら、店ごと潰すまで」


 やがて店へともどってきたシャドウサーペントが、オレへおどしをかけてくる。

 確かに、シャドウサーペントの力ならそれも可能だろう。

「……お前、一応商品だろ。んなことしてやんなよ……」

 はぁ、と息を吐く。

 ひいじいちゃんの馴染みの店がメチャクチャだ。

 ケーサツが来たらどう説明すんだよこれ。店員もかわいそうだ。

「心配しなくても、今度こそちゃんと戦ってやる。だからさ、お前――」


「――表に出ろ」


 オレのセリフを、勝手に持っていきながら。

 びゅんっ! 風を切って、ドラガイアが飛び出した。

 ドラガイアの身体はシャドウサーペントの身体を吹っ飛ばして、一気に道路まで押し出す。後を追ってもう一度外に出ると、ドラガイアはばさばさと翼をはためかせながら、よろめいたシャドウサーペントを見下ろしていた。


 その姿は、さっきまでの小さなおもちゃのものではなく。


「……でっ……か……」


 思わずつぶやいてしまうような……

 3メートルを優に超す、巨竜のそれとなっていた。


【続く】

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